#037 嫌がらせ
「クソッ! なんで役人に指図されなければならないんだ!!」
「ですから、それは……」
――――オミノ商会に、今日もイーワンの怒号が木霊する――――
「理由など聞いていない! 何故! こうなる前に手を打てなかった! この無能が!!」
「…………」
――――オミノ商会はついに、街が最低限必要とする食料を調達できなかったため警告を受けてしまった。調達できなかった理由は、野菜の買取価格が原価に到達し、周辺の村が野菜の販売を本格的に拒否しだしたためが。足の速い野菜はオミノに卸すほかないが、それでも売れば売るほど損になるなら、農家を辞めて出稼ぎに出るしかない。そして丁度、近隣に人手を広く募集している景気の良い村があると来れば、結果は決まっている――――
「問題は、他所の商人がウチを無視(オミノにお金が落ちない)しているからだろ!? それなら…………その連中を粛清しろ!!」
――――イーワンに叱責されている商人も、こうなる事は分かっていた。しかしながら最終決定をするトップに、その間違いを受け入れる度量が無いので仕方ない。当初は商会にもそれなりに優秀な者は居たが、そういった者たちは、イーワンの間違いを指摘してクビになるか、早々に見切りをつけて辞職した。残ったのは辞めるに辞められない事情を抱えた者と、実情を知らずに入会した新人だけ――――
「それは無理です。もし商人ギルドを敵に回したら、本当に商会は潰れてしまいます!」
「言い訳ばかりしやがって! それなら……」
――――商人ギルドは、冒険者ギルドのように商人の活動を支える国際基幹であり、登録している商人・商会の身柄を保証することで、関所などで行う各種手続きを簡略化してくれる。そのため商人ギルドから切り捨てられると、街を出入するだけでも一般検査を受けることになり、手続きの手間と手数料が増えてしまう。そうなれば当然利益は減り、何よりオミノとの専属契約が剥奪されてしまう――――
「まぁまぁ、イーワンちゃん。ここはママに任せて」
「ママ!」
「…………」
――――割って入ってきたのは、さらに化粧が濃くなったイーワンの母親。彼女の豪遊費用は商会の経費となっており、それがなければ、まだ幾分か業績を改善する見込みがある――――
「"あの人"に相談してあげる。それでなんとかなるはずよ」
「さすがはママ! 頼りになるな~」
――――しかしながら母親は、こうみえて商会の運営に貢献している。彼女の散財は確かに重荷だが、それでも彼女が社交の場から持ち帰る話は他では得られない特別なものばかり。費用対効果が悪いのは確かだが、それでも現場に口出ししない分イーワンより遥かにマシであった――――
*
「大変です! 今度は東の関所で(馬車が)止められました!!」
「またですか。まさか、ここまで露骨な妨害をしてくるとは」
アイリスさんと事務作業をしていると、またしても悪い知らせが飛び込んできた。
最近ウチに出入りしている馬車が、"精密検査"と称して関所で強引な足止めを受けるようになってしまった。妨害の犯人はオミノ商会だと思うのだが…………妨害を受けている関所は(オミノ近辺ならまだしも)他領地へと続くものであり、オミノ商会の権力でどうにかなるとは思えないのだ。
そしてなにより気になるのが、たしかに被害は出ているものの『だから何?』って話だ。やっている事は嫌がらせ止まり。野盗を使って村を襲うなり、強権を発動させて村を強制捜査するなり、直接的な妨害・被害が無いのだ。
「その、商人ギルドの回答は?」
「それが、事件が起きているのは本当らしく、そうなるとギルドも強くは出られないみたいで」
「もしかして……」
「わざわざ事件を起こしてまで、我々を妨害したいようですね」
ともあれ、直接的な妨害が出来ない理由は分かっている。クロノ様は領主様に頼まれてキノタを指導している特別な人物であり、領主様が妨害に加担する可能性は低く、そんな状態なのでオミノの街長・役人も半端な裏金では協力しないのだ。
「しかしウチはともかく、他領地の商会まで敵に回して、報復が怖くないのでしょうか?」
「もしバレたら取引停止。そうなれば(地方商会である)オミノ商会なんて、瞬く間に潰れるでしょうね」
「ここまで来ると本当にオミノ商会の仕業なのか、考え直す必要がありそうですね。それこそ、狙いが(キノタではなく)オミノ商会である可能性も」
この妨害事件は、ハッキリ言って誰にも"得"が無い。独占契約していた商会として、意地があるのは理解できるが。それにしたってお粗末すぎる。それこそ『オミノ商会を潰したい第三者が動いている』可能性すら浮上する。
「オミノ商会の経営陣が揉めているのは本当のようですし、そんな可能性も、あるのかもしれませんね」
オミノ商会は、最近になって商会長が入れ替わっている。しかしながら商会から引き抜いた商人に聞いても、商会長の正体は分らなかったのだ。聞く話によると、その商会長はあくまで権利者と言うだけで、実際の業務には一切かかわっていないらしく、そこでも暗いお金の流れを感じてしまう。
「ところでクロノ様は?」
「えっと、まだ帰っていないですね」
「「はぁ~~~~」」
ため息が見事に重なる。クロノ様は有能で、その点はあまり心配していないのだが…………基本的に秘密主義で、私たちにも計画や意図を教えてくれない。
「もしかして……」
「??」
「オミノ商会を混乱させている黒幕の正体が、クロノ様ってことは、無いですよね?」
「それは、さすがに……」
「「…………」」
クロノ様なら、キノタに被害が出ない方法を選んでくれると思うのだが…………それと同時に非道で合理的な部分もあり、完全に否定しきれない。
「ひ、ひとまず、出入りしている商人に注意を促し、関所にはまた人を派遣しましょうか」
「そうですね。念のため、他の関所も含めて」
――――謎は残るが、ここにきてキノタは明確な妨害行為を受けるようになった。しかし彼女たちはまだ知らない。自分たちを妨害している相手が…………予想を遥かに下回るバカ、だと言う事を――――
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