#036 不作の原因

「この辺りなんてどうでしょう?」

「川(水源)があるのは有難いが、もう少し奥がいいな」


 ――――ニーナが資料を片手に、クロノとアイリスを連れて森を案内する。今日は後回しになっていたハーレム邸の予定地探しのため、3人でキノタ村の奥にある森に来ていた――――


「そうですか。その…………あまり村から、離れられると困るというか……」

「村の運営に、興味はないな」

「いや、まぁ、そうですよね」


 キノタ村は、キノタ丘陵の広大な土地を管理しているが、実のところ現状を維持しているだけで特別な活動は行っていない。それは猟や水源を管理する過程で、状況は大体把握できるからだ。


 農地として利用できないのなら『畜産業や林業などに利用すれば?』と思うかもしれないが…………危険な魔物が少ないのは、エサとなる生き物が少ないからであり、家畜を育てればソレを呼び寄せてしまう。木や水なども同様の問題があり、何より、あえて足場の悪い奥地を利用するのに手間がかかり過ぎるのだ。


「畑をやりたいわけではないから、日当たりは妥協できる。それよりも見晴らしだな」

「見晴らしなら……」

「「??」」

村長宅うちなら、条件は満たしていますけどね」


 私の家は、集落を一望できる高台にある。帰宅するのに毎回あの坂道を登るのは憂鬱だが、それでも村を管理し、もしもの時は避難所として村民を受け入れられるよう、必要があってあの形にしているのだ。


 そこに加えて、収穫祭などの各種行事に必要な道具を保管する蔵や、領主様が訪れた時に滞在してもらうための施設など、利用頻度は低いものの責任をもって管理しなければならないものが沢山ある。


「あっそ」

「その…………一応、用意していたんですよ? クロノ様の寝所とか、歓迎の宴とか」


 クロノ様が貴族でないのは聞いていたが、だからこそ加減が分からず、結局準備に丸3日費やしてしまった。用意したものは交易所に運んだので完全に無駄になったわけでは無いが…………キノタには代々伝わる"歓迎の舞"があり、村の若い女性が総出で踊る決まりになっている。その衣装は正直に言って露出が多く、恥ずかしい思いを我慢して必死に練習したのだ。


「それは当然か。勘違いさせてしまったな。すまない」

「え!? いや、その、謝る必要は。村側こっちもバタついていましたし」


 クロノ様は稀に、頭を下げる事があるので心臓に悪い。貴族では無いので問題無いのだろうが、本来、上に立つ者は、その品位を落とさぬよう身分差のある相手にへりくだる事は許されない。これは階級社会を維持するため、法律に記されている規則となる。


 私も現在の貴族制に異論は無いし、何よりクロノ様のような知識人が社会を管理するのは賛成だ。逆に問題になるのは、兄さんのような知識も良識も無い真正のバカが権力者になってしまうパターン。貴族社会ならまだ、派閥争いや跡目争いが自浄作用を発揮してくれるのだろうが…………キノタは閉鎖的な環境で、淀み、見事に破綻した。一応『結婚は外部の者と』と言う決まりはあるが、お人好しで決断力の無い父さんに、あの女はあまりにも……。


「「…………」」

「し、しかし、保全員の方は居ないんですか?」

「はい? 保全ですか??」


 ――――妙な空気に耐えきれず、アイリスが思わず話題を逸らす――――


「木や森を管理する者が居ないようだな。村でも、木は(村外へ向けて)販売していなかったし」

「それは…………今はいませんね。一応、木を売る話は何度かあがったんですけど、買取を拒否されてしまって」

「それは、まぁ、当然か」

「ここまで状態が悪いと、仕方ないですよね」


 木は、真っすぐで、ある程度の太さがないと売れない。そして植林などはおこなっておらず、綺麗に育つものは稀。大抵は間隔や傾斜の問題で曲がってしまう。


「やっぱり、そうですよね」

「木は、加工や運搬の手間がかかるから専門業者しか扱えない。だから突発的な話は、まず間違いなく断られるし……」

「丘陵地帯なので仕方ない部分もありますが、それにしてもここまで曲がったものが多いと」


 私も当初は『村の木を買い取ってもらえないのは"嫌がらせ"』と思っていたが、遠方の、それもわざわざ曲がった木を欲しがる商人は居ない。それは考えればすぐにわかる事なのだが…………経験が無いと、なかなかどうして、想像し、それに気づくのは難しいのだ。


 それは木に限った話ではない。幸いな事に私は、街に出て学ぶ機会を得たから助かったが、兄さんは閉鎖的な環境で、あの女に洗脳され、あの女の世迷言を本気で信じる真正のバカに育ってしまった。あの女…………私の母は、街長の家に生まれた末娘。一応、格は向こうの方が遥かに上だが、散々甘やかされて育った結果、手の付けられない問題児に育ち、勘当同然でキノタに嫁ぐ事となった。


「その…………森は先祖代々守っていくものと、無暗に手を加えられない決まりになっていまして」

「まぁ、水害対策なんだろうな」

「そうだと思います」


 しかし、クロノ様は本当に博識だ。冒険者は秘境で活動することも多いので、森に詳しいのは理解できるが…………魔法・自然・武術・商い、はては倫理観など、全てにおいて私の知り得る知識人を超越している。もちろんクロノ様も完璧超人ではないが、ダメな部分も含めて、それで良いように思えてしまう。


 私は幼い頃、父を尊敬していた。あの女は、継承権の無い私に全く興味を示さなかったが…………父さんは村の皆に慕われ、何より私にも優しくしてくれた。もちろん村の仕来りは優先だったけど、そこは私も納得していた。


「あっ、ここなんか良いんじゃないですか?」

「あぁ。見晴らしもいいし、悪くないな」


 ――――森を抜けると、岩肌が見え隠れする場所に出た。ここから先は、山頂まで何もない岩場。迂回すれば他にも土地はあるが、さすがに村から離れすぎてしまう――――


「近くに水源はありますか?」

「えっと、ここからなら、畑に流れる水源(の源泉)が近いですね」


 しかしながら私は、成長につれて父さんの考えにも疑問を抱くようになった。傲慢なあの女を擁護するつもりは無いが、お人よしであることや、仕来りを守ることが常に良い結果につながるとは限らない。時には既存の仕来りルールでは計れない事案を柔軟に対応することも必要で『その判断をくだすために村長が居る』と言っても過言ではない。


 しかしながら父さんは、大切な局面でも『問題を先延ばしにする』選択を選ぶ。村のでは『村民を最後まで見捨てない良村長』と謳われたが、その実態はただの優柔不断。親に言われるがまま後を継ぎ、その意味も理解せずに仕来りを守るだけの人形になっていたのだ。


 私がソレを明確に理解できたのは、学園に留学して本格的な勉強を始めてから。私に優しくしてくれた父さんを悪く思うのには抵抗があったが…………村長として、権力者として、彼を尊敬する気持ちは、その頃には無くなっていた。


「ありました! この小川沿いに下っていくと、村の畑に出るんですよ」


 ――――茂みをかき分け、現れたのは苔むした岩の割れ目から水がしみ出す水源。水源は他にも幾つかあるが、ここは1番標高が高い水源であり、村の階段畑に水を送る重要な水源となっている――――


「…………」

「どうかしましたか?」

「これが何か、わかるか?」

「えっと、袋? 結構、大きいですね」


 ――――クロノが近くの茂みから引きずり出してきた物は、風化した袋の残骸であった――――


「忘れたか? ヒノルタで販売している塩の袋だ」

「え!? それって……」


 不作の原因が塩害だったのは聞いている。そしてココは畑へ繋がる水源。


「今年は大丈夫なようだが…………念のため、見まわった方がいいだろうな」

「……はい。そうですね」


 犯人は、間違いなくあの女だろう。しかしあの女が、こんな山奥まで重い塩袋をかついで登ってこられるとは考えにくい。つまり実行犯は別にいて、その者がまだ村に残っている可能性があるのだ。




 ――――謎は残るものの、これで不作の原因は判明した。今更ではあるが、これでもしオミノ商会が強行手段にうって出た場合でも早急に対応できるだろう――――

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