#035 キノタ商会

「……で何故、業績が落ちるんだ!!」


 ――――キノタ村から1番近い街・オミノ。その街を拠点として、街と周囲の村々を繋ぐ役割を担っているのがオミノ商会となる。そしてその商会の会長室には、今日も商会長・イーワンの怒号がこだまする――――


「えっと、それが…………担当していたヤツが、突然辞めてしまって」

「担当はお前だろ!!」

「そ、それは」


 突然だが、僕は運が悪い。父親は村民に慕われる名村長だったが、その実情は、ただただ甘いだけの無能。おかげで家は貧乏で、僕やママを大いに苦しませてくれた。


「たく! 本当に無能揃いだな。そうやって下っ端に丸投げしているから、現場が何も見えなくなるんだ!!」

「…………」


 このままでは取り返しがつかなくなると思い、なんとかアイツは失脚させたが…………時すでに遅しと言うか、村長が無能なら村民も無能。せっかく僕がいくつも改善案をだしてやったのに、そのことごとくを台無しにされた。本当に、アイツラのバカさ加減は救いようがない。だから賢い僕は、村を売り払い、その資金でこのオミノ商会を買い、商会長となった。


 まぁ、個人的にはキノタを売ったお金で不労生活をおくりたかったのだが…………とある目的には資金が足りなかったので、仕方なく、こうして働いている。


「せっかく、再開発に絡むチャンスだったのに。連中は甘やかすと際限なくつけあがる害虫だ。決して手綱を緩めず、限界まで締め上げろ!」

「……はい」


 しかしながら誤算だったのは、所属していた商会員も無能だった事。聞けば納得、前商会長も無能の部下に泣かされ、その結果、商会を丸ごと売却する結論にいたったのだ。いい迷惑であり、返品したいところだが…………もとより、無能の部下も含めた破格値だったらしく、付き合いもあって返品できずに、こうして商会長の僕が、わざわざ商会に出向いて指導するハメになってしまった。


「はぁ~。まったく、なんで商会長の僕が、こんなに苦労しなくちゃいけないんだ」


 ――――商会員の去った会長室で、イーワンが愚痴を零す。しかしながら彼はズブの素人であり、商会にはなんの貢献もしていない。それどころか、彼の間違ったやり方を指摘した有能な商会員を解雇する形で、商会の状況を悪化させている。そんなオミノ商会は、現在、退会者が続出して、売り上げどころか存続の危機にひんしている状況だ。しかしながら売り上げしか見ていないイーワンに、その絶望的な状況を把握する能力は無く、それどころか『僕がいるから維持している』と本気で思っていた――――


「イーワンちゃん。お疲れ様」

「あぁ、ママ! 大丈夫、これで何とかなるはずだよ!!」


 ――――商会員と入れ替わる形で会長室にやってきたのは、化粧で顔を塗り固めた中年女性。その格好は壇上の役者を思わせるほど派手で、商会どころか、この街の雰囲気にさえ似つかわしくない。言うなれば『痛々しい若作りのBBA』であった――――


「本当に、イーワンちゃんだけが頼りよ」

「うん、任せてよ!」


 ママは高貴な生まれで、本来ならば貴族社会で華々しく活躍するはずだった。しかし家の都合で嫁がされたのが、ド田舎の貧乏農村キノタ。地方でも、まだ土地や民を有効に使って稼げていれば良かったのだが…………村長はあの無能。


 僕はまだ、高貴な暮らしをよく知らないからイイけど、ママにとってあの生活は地獄であり屈辱だった。だから僕は、ママと共に成り上がり、ママを本来居るべき、"高貴な世界"へ返さなければならないのだ。


「それじゃあ、私はいつものお店(高級接待酒場)に行ってくるから、後はお願いね」

「うん!」


 今も無能に囲まれて、仕事は大変だけど。僕にはママがいる。





「おい! なんだそのガキは! 畑に余所者を入れるんじゃあない!!」

「ひぇ!? その、えっと、ごめんな……」

「おい! いいだろ、子供に手伝ってもらうくらい」


 ――――その日、村の畑には、クロノが連れてきた孤児の姿があった――――


「しかし!!」

「イイじゃないか。それにこっちは息子が出て行って人手不足なんだ。なによりオラは"共和派"だぞ?」

「ぐっ。それは……」


 ――――村の過疎化は深刻だ。農業は肉体労働であり、大変なばかりで収入は底辺。もちろん、農家にも利点はあるが、若者がその利点を理解し…………華やかな街での生活や、輝かしく活躍する冒険者の夢より、寂れた農村での生活を選ぶ可能性は低い――――


「お前さんもさ、頭を柔らかくした方がいいぜ? この子たちに何の罪があるって言うんだよ? この子たちに意地悪して、いったい何が変わるよ??」

「それは……」


 ――――子供たちは、クロノが連れてきた(買った)安価な労働力で、『同じ被害者』と言えなくもない。それを置いても、相手を利用するのは共和派の作戦の範疇だ――――


「年税だって上がるんだ。今年は豊作の兆しだが…………その分作業も増える。意地張ってる場合かよ。うかうかしていると、今度は命の保証だって無いんだぞ?」

「あぁもう! 勝手にしろ! (先祖から受け継いだ)とちを乗っ取られても知らんぞ!!」

「「…………」」


 ――――癇癪をおこすも、男はそれ以上言い返せず去っていく――――


「さぁ、再開するぞ。ココが終わったらメシだ。いっぱい食って、いっぱい働き、いっぱい休め。誰が何を言っても遠慮する事は無い。お前が望むのなら…………こんな畑くらい、いつでもくれてやる」

「えっ?」

「今の話は、村の連中には内緒だぞ」




 ――――農夫が孤児の頭を優しく撫でる。彼の息子は村を出たきり音信不通。魔物に襲われて死んだか、生きていても、帰れば農家を継がなければならない。本人が望んでいればそれに越した事は無いが…………彼自身も、農家の長男に生まれたから家業を継いだだけで、外の世界に憧れが無かったと言えば嘘になる。だから望まぬ者にこの厳しい仕事を押し付けるつもりは無く、この仕事は自分の代で畳むつもりであった――――

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