#034 上に立つ者
「お、おぃ! ニーナ!!」
「ヒィ! なんですか、突然」
――――夕方。帰り際のニーナの前に、血走った表情のサンボが立ちはだかる――――
「きょ、今日は俺の家に来い!」
「いや、何を言っているんですか? そんな事、しませんよ」
いつになくストレートな物言い。当然ながら今までもハッキリ断ってきたつもりだが…………本当にこの男、人語は喋れるものの、理解する能力が無さすぎる。
「分かっている。まだ早いって言うんだろ? しかし、いつアイツが襲ってくるかも分からないじゃないか!」
「ちょっと、冷静になってください。私は……」
要領を得ない話だけど、多分これは"例の作戦"の話なのだろう。共和派の人たちの情報では、対立派の人たちが私絡みの策謀を巡らせているそうだ。実際、私も村の皆からサンボ絡みの妙な質問を何度も投げかけられていた。
この作戦、当然ながら私は反対だ。それは相手がサンボ以外でも曲げるつもりは無いが…………それにしたって『なんでサンボを選んだ!?』と一晩みっちり問い詰めたい。百歩譲って私の好みは置いておくとしても、私と結婚するならサンボやその子供が次期村長になるわけで、性格的にも能力的にも、村長を任せていい相手ではない。本当に、血統を重視するにしても限度がある。
「ううう、うるさい! 本当ならとっくに結婚しているはずの俺が! なんで未だに独り身なんだ! いいからヤラせろ!!」
「それ以上近づかないでください! 人を呼びますよ!!」
口では愛だの村のためだのと言っても、結局本音はコレ。いや、コイツはもっと質が悪い。あの人たち………母さんや兄さんと同じで、悪いのは全て他者のせい。自分に対してはどこまでも甘い。私は当初『欲深い悪人』と思っていたが、実のところ彼らは、それほど明確な悪意は持ち合わせていない。下手に権力を持った家に生まれ、甘やかされ(全て肯定されて)何も学ばずに育ってしまったために、自分たちがバカであることも分からない、真正のバカに育ってしまったのだ。
彼らの厄介なところは2つ。1つは、ただの悪人と違い、本気で周囲が悪いと思っているので、失敗から学ぶ事が無い点。そしてもう1つが、自尊心や承認欲求が異常に高い点。本当はただのバカなのに、それを理解していないから自身の評価が納得できず(黒幕として暗躍し続けることも出来ずに)期を見て表舞台に立とうとする。せめてバカならバカなりに、身の丈にあった場所で納得してくれていたらココまで問題が大きくなる事も無かったのに。
「煩い! うるさい、ウルサイ、五月蠅い!! いいから…………ぅっ!!」
「え?」
喚き散らすバカが、突然倒れた。まだ首は繋がっているが、その陰からは血が流れ、あの時の光景が脳裏をよぎる。
「まったく、煩いのはどっちだ」
「クロノ様!!」
意外と言っては何だが、助けてくれたのはクロノ様だった。その姿を見た私は、安堵するとともに思わず駆け寄ってしまう。
「鬱陶しい」
「あっ、すいません。つい」
相変わらず、クロノ様はクロノ様だった。彼に色目を使う女性は多いが、下心に異常に敏感なのか、須らく一蹴していく。(オミノ商会に雇われた美人局だったと思うが)ソレでも引かない相手には、容赦なく拳が飛んでくる。
「お嬢、大丈夫か!?」
「やっぱりサンボのヤツ、暴走しやがったか」
「あ、皆」
遅れて駆け付けたのは、共和派に属する人たち。クロノ様を呼んでくれたのは、彼らだったようだ。見ればその後ろに、警備を担当しているシアンさんたちの姿もある。
「すいません。彼の報告(サンボの動きが不審)は受けていたのですが……」
「気にするな。ここまでのバカでは、仕方ない」
本当にソレ!! 時が来れば村民と協力して私を襲う作戦だったみたいだけど、まさかこんな唐突で無意味なタイミングで、しかも単身で襲いに来るなんて。本当に、真正のバカの考える事は予測できない。
「それで
「それは…………村の事だ、任せたぞ」
「え!?
平然と判断を私に丸投げするクロノ様。私も村長代理なので、間違ってはいないけど。
クロノ様は基本的に独善的な権力者だが、威張り散らす事はなく、現場の判断や担当の希望を尊重する。彼の判断は信用できるので、私としては彼に決めてもらいたいのだが…………それは甘え。年齢や経験を言い訳にせず、村長代理として、合理的に最良の判断をくださなければならない局面なのだ。
「「…………」」
「それでは…………彼をこのまま家に帰して、今回の一件を村や周辺の長に通達してください」
無罪放免に見えるかもしれないが、これは村流の極刑・村八分だ。これでサンボは村民から完全に無視され、商店すらも利用できなくなる。猟師(自給自足が可能)なので即座に死ぬ事は無いだろうが、それでもキノタでやっていくのは不可能。かと言って他の村に移り住もうにも、こんな犯罪者を庇い、受け入れてくれる村は現れない。最終的には自殺か、あるいは自給自足の末に魔物に喰われて死ぬ事になるだろう。
本音を言えば、そしてコレが母や兄さんだったら、処刑を言い渡していただろう。しかしここで迂闊にサンボを殺せば、『他者への継承を恐れたクロノ様が(村長家の)分家の長男を殺した』と言いがかりをつけられてしまう。だから生き証人として、しばらく見せしめになってもらう。こうすれば真相を伝えるのに役立つし、対立派の基盤を崩すのにも使える。
「それなら、"3人"を付けてやってくれ」
「そうですね。ヤケになった彼が、更なる暴挙に出る可能性もありますし」
「え? その、助かります」
3人と言うのは、警備隊に所属する女性班の事だろう。村の警備には様々な人が関わっているが、その中に孤児の女性で組織された3人1組の多目的戦闘班がある。その構成は…………①戦闘に特化したアタッカー。②作戦の立案や捜索を担当するスカウト。③救護や食事、場合によっては護衛対象の心もケアするメディック。彼女たちは私と同じくらいの年齢で、当然ながら『何でもできるプロフェッショナル』では無い。しかしながら一芸に特化しており、その分野だけなら一人前の働きが出来る。そして足りない部分は3人が協力する形で補うのだ。
もちろん、ベテランの兵士や冒険者を雇えば、1人で3人以上の働きをしてくれるのだろう。しかしながらそんなお金は無いし、何より頼んでばかりでは人材が育たない。彼女たちは生まれや教育のハンデを背負ってもなお、何か役に立とうと、若くして危険で過酷な道を志願した。その決意や努力は、尊敬と信頼にあたいする。
「まぁ、3人でようやく1人前の連中だから、期待されても困るが…………代わりに割と何でも頼めるから」
「はい。助かります」
彼女たちもそうだが、やはりその体制を考えたクロノ様は凄い。人材でも、食材でも、環境でも、あるものを最大限活かし、不要な部分を冷徹に排除する。
私の父は、皆に慕われる良い村長だった。それは事実なのだろうが…………優しさだけで"変える力"、そして何より冷徹さが無かった。我儘放題の嫌味な権力者を認めるつもりは無いが、やはり集団を預かる者には優しさよりも優先しなければならないものが多すぎる。そしてクロノ様は、知識、実行力、決断力、人望。全てを兼ね備えており、私は彼以上に『権力者に相応しい人物』を見た事が無い。
「よし。それじゃあ、そういう事なんだが……」
「「??」」
「そこで倒れている
「「あっ!」」
――――サンボの人となりは周知されており、クロノが指摘するまで誰一人として彼を心配するものは居なかった――――
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