#033 計画

「あっ! 美味しいですね。これは是非! 大々的に売り出しましょう!!」

「お、おぉ」

「ニーナちゃん、今日は一段と熱心ね」


 ――――クロノが手掛ける事業は多岐にわたるが、その一柱として利益や評判の向上に貢献しているのが"食品開発"だ。それは商業化を強く意識したものであり、なにより足元を見られがちな一次産業(農業)の依存を脱却する効果が期待される――――


「それは…………村で採れた作物が使われているので」

「たしかに、農家の人たちの収入が増えるのは望ましいですね」


 あれからニーナは、一段と頑張っているというか、何か憑き物が落ちたかのようにイキイキと仕事に取り組んでいる。まぁ、ニーナに限らず一部の村民も協力的になったので…………ようやく、次の段階に進んでくれたのだろう。


 無駄に結束が固すぎるせいで予想の遥か下をいかれて戸惑ったが、村民がこうして肯定的な態度をとって懐に侵入してくるのは想定通り。そう、ヤツラは刺客。そうでなければ、とっくに村八分か、それこそ全面的に対立しているはずだ。


 しかしながら対策はすでに整えてあり、早くも成果報告があがっている。正直、順調すぎて怖いくらいだが…………閉鎖的な地方の農村では、これでも良い方なのだろう。そうでなければ、あんな"バカ"に騙される事も無かったはずだ。


「たしかに美味しいですけど、どうなんでしょう? 癖が強いので、どこまで売れるか」

「そう? 案外、何にでも合いそうな味じゃない??」


 ちなみに出来たのはゴマダレだ。地球のゴマの生体は知らないが、ソレに酷似した植物が栽培可能とわかったので、利用手段として考案した。


 しかしながらゴマは薬味的な立ち位置で、ぶっちゃけ無くても困らない。そのため市場に出回る事は稀で、そもそも『(貧しい)平民がわざわざ買うのか?』って問題がある。


「エルフの私から見ても、かなり美味しいですね。これなら料理人向けに売れるんじゃないでしょうか?」

「よしッ! 決まりですね!!」


 ゴマダレを選んだのは、ゴマが栽培できるからだけではない。特産品を作るのはいいが、ヒットすれば間違いなく真似される。そのため味や保存期間だけでなく『マネのしにくさ』も重要になってくる。


 ゴマダレは、当然ながらゴマが目立つが、重要なのはベースとなっているキノコ(の旨味成分を含む)ソースであり、真似てただのゴマソースを作っても味に明確な差がうまれる。


「まぁ、売り出すにしても、まだ(本格的に流通させられるほどの)生産量は知れているから…………まずは身内の料理人におろして、その反応を見ながらって形になるだろうな」

「そうでした。そうなると本格稼働するのは1年後になってしまいますね」


 ニーナの表情変化が目まぐるしい。村の産業・将来に関わる事なので当然なのだが、それとは別に、商売人としての適性があるようだ。現在、交易所での商いの最高責任者はアイリスだが、将来的にはニーナに任せるのも良いかもしれない。


「1年なんて、加工方法や活用法なんかを考えていたら、あっと言う間よ。ほかにも、やる事は幾らでもあるんだし」

「たしかに、そうですね」


 商業関係はニーナに任せるとして、あとは職人関係と料理関係の担当者も欲しいところ。とくに職人は、内向的な性格の者たちを集めたせいで適任者がまったく居らず、マゼンダに任せている。


 職人は普段、それぞれ作業に没頭しているだけなので担当者の業務は知れている。しかしながら需要に合わせた生産数の調整や…………たまに出てくる(やりたい事を見つけての)転属願には、どうしても人望や権限が必要になってくる。その点マゼンダは、畑違いながらも上手くやっていると思う。


 いや、シズを巻き込んで怪しい実験を繰り返しているので、そこは問題だが……。





「それで、お嬢の反応はどうだった?」

「あ、あぁ、大丈夫。俺は昔から、アイツに慕われているから!」


 ――――集会所では今日も、秘密の会合が開かれていた――――


「そうなのか? ハタから見ていると、ギコちなくも見えるが」

「ななな、なに言ってんだ。俺はアイツの幼馴染だぜ!」


 ――――サンボはニーナに嫌われている。しかしながら当の本人は、それを自覚していない。それはサンボが、自分勝手で空気を読めないのもあるが…………閉鎖的な地方の農村であるキノタでは(選択肢の少なさから)結婚相手は生まれた時から決まっているようなものであり、それが嫌な者は村を出てしまう。そのため個人的な好み・恋愛感情で相手を選ぶ習慣がそもそも欠落しているのだ――――


「まぁ、作戦が成功してくれるなら、何だっていい」

「そうだ。タイミングは間違えるなよ。上手く、死神の子供だと思わせるんだ」


 ――――とは言え、事は単純なものでは無い。その気になればサンボは、いつでもニーナを押し倒し、村民もそれを後押しする手はずになっている。しかしながらニーナはまだ未成年であり、2人の間に肉体関係はない。そんな現状でニーナが妊娠すれば、その子が『別の誰かとの子供』だとすぐにバレ、即座におろされてしまうだろう――――


「しかし死神は、いつになったらお嬢を娶るんだ?」

「まさか、結婚式を開かないつもりじゃないだろうな?」

「いや、村長を継ぐんだ。成人する収穫祭に合わせて、大々的に(結婚式を)開くはずだ!」


 ――――この世界で"暦"を正確に判断するのは難しく、年齢は収穫祭を始まりとした"数え年"が基準とされている。そしてニーナが成人するのは、半年後のその日となる――――


「しかしそれなら、そろそろ発表が無いと、他所への連絡が間に合わなくなるぞ? 個人の結婚じゃあるまいし」

「それは……」


 ――――この作戦は『2人が結婚"直後"に子作りをする』のが前提となっている。サンボは結婚の"前"にニーナと関係を持ち、妊娠させる。当然ながらニーナは非処女になってしまうが、そこはニーナに演技させる形で対応する。彼らはニーナをそれほど信用していないが、それでも結婚直前にそんな事が発覚すれば、結婚どころかニーナの生命すら危うくなる。つまり協力する以外の選択肢は、そもそも存在しないのだ――――


「いくら死神がやり手の商人でも、交易所や作物の問題を年内に(完全に)解決するのは不可能。だから結婚は、来年以降と考えているのかもしれんな」

「そうだな。まぁ最悪、先をこされても1発で妊娠するとは限らん。後追いになっても……」

「それだ!」

「「!??」」

「下手に先手を取ろうとするから話が難しくなるんだ! だったら先にクロノに仕込ませて…………その後、ナカをキレイに洗い流して、代わりにサンボの種を仕込めばいいんじゃないか!!?」

「「おぉ!!」」


 ――――実際にそんな事が可能なのかはさて置き、ここに来て彼らの知識・想像力で"最良の案"が持ち上がった――――


「ままま、待ってくれ! それじゃあニーナの初めては……」

「そんなもん、死神にくれてやれ!」

「重要なのは村の将来だ。子作りも、勝手にヤルんじゃないぞ!」

「そうだ。産婆にも立ち会わせて、確実に……」


 ――――恋愛感情軽視の矛先はサンボにも向く。サンボは楽観的に『時が来ればニーナと好きなだけヤリまくれる』と考えていたが、当然ながらそんな事は無く…………仕込みさえ終われば、しばらく用済み。クロノに真相を悟らせないため、その後はニーナに会う事さえ許されなくなる――――





「ふふふ、ふざけるな!! 処女もダメ! その後もヤレない! なんで俺が、そこまで我慢しなくちゃいけないんだ! ニーナは俺の! 俺のオモチャなんだぞぉぉオオ!!」

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