#031 内心

「それで、実際のところどう思っているの?」

「はい?」


 ――――クロノ不在のキノタ村。その事務所でシアンが、茶菓子を持参してアイリスに漠然とした質問を投げかける――――


「今更だけど、ほら、これから本格的にハーレム建設が進めば、その…………妻って立場の人が、増えるわけじゃない?」

「あぁ~」


 ――――クロノの目的はあくまでハーレムであり、村の経済改革はその基盤固めにすぎない。そのためクロノに最終的な役割はなく、時期が来れば交易所にすら顔を出さなくなる――――


「エルフって、一夫一妻制なのよね? その、不満と言うか、言いたい事もあるんじゃないかな~って」


 ――――現在、確定しているハーレム要員はアイリス1人。ハーレム入りを希望する者は多いが、性格的に志願者をあまり良く思っておらず、現在は(ハーレム用の屋敷が完成していない事もあって)スカウト作業を一時中断している――――


「たしかにエルフは一夫一妻ですが、人族が思うほど夫婦の繋がりに固執しません。結婚して子供がいる間は人族に近いと思いますが…………子供が巣立つと、あとは自由って言うか、それよりも自分の趣味や仕事、あとは友人などとの繋がりを重視しますね」

「そうなの? 100年単位で、仲睦まじく連れ添うものだと思っていたわ」

「それだと寿命的に、人口が増えすぎて集落が維持できなくなるかと」

「あぁ~」


 ――――人間の社会も(国単位での)社会構造がある程度確立した時点で出生率は下がり、同性愛者や自身の趣味嗜好を最優先に考える者が増加する。エルフは(血の濃さにもよるが)寿命は1000年にも達するので、より、その傾向が強く、自由な生き方に寛容であった――――


「ですが…………そうじゃないですよね?」

「はい?」

「知りたいのは、エルフの事情では無いですよね?」

「え? あぁ、まぁ……」


 ――――シアンはクロノの活動に賛同してキノタに来たものの、ハーレム要員にはなっていない。それはあくまで活動に賛同したからなのだが…………論理的に説明できない部分で惹かれるところはあり、そのことをアイリスは察していた――――


「私はご主人様の計画に賛成しています。私の体では、1人でご主人様を支えていくことは出来ませんし、私も、街のように人が多い環境は苦手ですから」

「それは、そうかもだけど……」

「つまりアナタは、交際相手を独占したいんですよね?」

「ぐっ……」

「その気持ちは理解できますが…………私の場合、子供を授かれる確証は無いですし、そもそもまだ、子供だの家庭だのに、そこまで憧れは無いと言うか。まだ早いかなって」

「え? あぁ、それはそうか」


 ――――アイリスは純粋なエルフでクロノは人族。ゆえに妊娠確率は非常に低く、加えて成人していないので、まだ家庭を持つことに抵抗もある。加えてシアンも、恋愛や結婚には漠然とした憧れはあるものの、(恋愛はともかく)まだまだ仕事や夢を優先したいと考えており、そこも躊躇する理由になっていた――――


「私としては、他の方と気が合えば……」

「結局、仲良くなれるかよね。共同生活する事になるわけだし」

「はい。幸いご主人様は、同性愛にも寛容ですから」

「はい?」





「おぉ! これはなかなか。酒によく合うじゃないか」

「うっ! ごめんなさい!!」


 俺が作った料理を食べ、対照的な反応を見せるニーナとロークスさん。


「ハハッ! 子供にこの味は、まだ早かったようだな」

「本来なら、もっと漬け込んで好みの馴染み具合を見計らって食べるものになりますね」

「うぅ…………その、すいません」


 作ったのは塩辛。酒盗ともよばれる魚の内蔵を使った料理なので好みが分かれるのは分り切っていた。


「よし! それじゃあ次は……」


 俺たちはヒノルタの村長宅に滞在して、そこで今後の商談や交流計画について話し合う事となった。まぁ、半分は酒盛りになっているが、そこはヒノルタの風習ってことで郷に従っておく。


「こっちなら、食べやすいはずだ」

「生魚入りのサラダですか。……あれ? これは美味しいですね! すごく食べやすいです!!」

「それどれ。ん~、ワシとしては、イマイチかのぉ。油がなぁ」


 マリネでは反応が逆転した。しかしながら基本的にニーナは生系が苦手で、加熱、とくにムニエルは好評だった。俺としてはどちらも食べられるが、やはりロークスさんの味覚は稀で、商品開発や仕入れはニーナの反応を参考にすべきだろう。


「しかし、本当に何でも出来るんですね」

「ワシも、魚料理には自信があったが…………世界を渡り歩いた男が相手では、手も足も出んかったようだな。魚だけに!」

「「…………」」


 この世界よりも、前世の経験の方が大きいのだが…………それはさて置き、やはり問題は(食への関心もあるが)調味料の種類だ。だからこそそこに商業チャンスが眠っているのだが、それはそれとして、やはり醤油が無いのが痛すぎる。一応(醤油に限らず)代用品は見つけたが、それでも発酵食品に関しては地球のクオリティを再現するのは難しい。


「えっと、知識もそうですけど…………結局、調味料は塩だけ、調理法は焼くか煮るかでは、出来る事は増えないですね」

「たしかに!」

「それで、取引もそうなんですけど、できればヒノルタに塩以外の加工所も置きたいんですよ」

「おう! まかせた!!」

「「…………」」

「え? あぁ、それじゃあ。よろしくお願いします」


 まぁ、酒が入っていない時に改めて正式な契約書は用意するが、この調子ならスムーズに進みそうだ。この村に限った話では無いが、地方の村は基本的にどこも出入りしている商人・商会の言いなり。嫌な顔をするのは出入りしている商人であり、主要産業(この村なら漁業や塩)の権利を侵害しない限り歓迎される。





「それじゃあ、おやすみ」

「え? あ、はい」

「「…………」」


 商談と言う名の飲み会も終わり、客間で就寝する事になったのだが…………相変わらずクロノ様は、私には無関心。相部屋になってしまったのに、普通に寝に入ろうとする。


 いや、襲われたいわけではないのだが、一応、私は妻になる立場なのだから、その辺ハッキリさせて欲しい。


 あれ? もしかして私、違うの??


「その、クロノ様?」

「ん? なんだ」

「すこし、お話をしても、いいですか?」

「好きにしろ」


 相変わらず淡泊で、分かりにくい回答だが、クロノ様は同時にハッキリとした性格なので本人が"いい"と言うのなら、本当にいいのだろう。


「私って、クロノ様の嫁…………と言うか、書類上は私の婿養子になるのですよね?」

「それは、初耳だな」

「やっぱり……」


 薄々は気づいていたが、知らぬは本人ばかりだったようだ。


「前々から言っているが、村の実権に興味はない。最低限の事さえ守ってくれればソレで良いし、別に、誰と結婚しようが……」

「そういう訳にはいきません。時代遅れの考えなのかもしれませんが、それでも血筋は重要です。"監督だけ"では、筋が通りません」


 クロノ様がキノタの長の血を継ぐのは、(直接聞いた訳ではないが)領主様が決めた事であり、当然、クロノ様も理解していると思っていた。しかしそのあたり、伝達が上手くいっていなかったのか、あるいは先に外堀を埋める作戦だったのか。


「そうか。それで…………ニーナおまえはどうしたいんだ?」

「え?」

「好きな相手や、憧れていた将来の1つや2つ、あったんじゃないのか?」

「えっと、私は生まれた時から村長家の娘として、政略結婚が……」

「形はどうあれ、理想や好みはあるだろ?」

「…………」

「あるいは、これだけは嫌、みたいな」

「それなら! いえ、何でも……」


 とっさにサンボの顔が浮かび、気分が滅入る。『好きと嫌いは紙一重』なんて言葉もあるけど、サンボに対しての"嫌い"は生理現象であり、アレルギーに近いものなので反転する事は一生無いだろう。


「俺は、俺の夢を諦めるつもりは無い」

「…………」

「しかし支障が無いのなら、幾らか協力してやる。名目上、俺と結婚する必要があるのなら、そう公言すればいいし…………好きな男が出来て、その間に出来た子供を、俺の子供と言い張ってもいい」

「それは……」

「俺の血に拘るのなら、子作りだってしてやるぞ? 俺は女好きだからな」

「え?」


 ハーレムなんて言っているのだから、その通りなんだろうけど。少なくともクロノ様は、良識や節度はわきまえている。実際『ハーレム入りを希望する女性たちを味見している』なんて話も聞かないし。


「正妻面して束縛するお荷物や、財産目当てでよってくる寄生虫は願い下げだが…………そうじゃないなら、男側が問題視するものは無いだろう。女はそうもいかないが」

「えっと、その、逆に、クロノ様は、嫌じゃないんですか? 私みたいな、田舎娘で……」

「ん? さっきも言ったが、お前は問題無いだろう。そもそもこうして同室を認めているんだ。俺は神経質でな、抱けない相手と同室で眠るなんて、絶対に無理だ」

「……えっ」


 顔が物凄い勢いで発熱していくのを感じる。てっきり私みたいな子供に興味はないのだと思っていたが…………考えてみればアイリスさんも年齢は同じくらい。分かりにくすぎるので気づかなかったが、ちゃんと性的対象として見られていたようだ。


「「…………」」




 ――――その後は…………クロノはそうは言ったものの結局他者の気配が気になって眠れず、ニーナも意識してしまい眠れず、共に朝まで無言で過ごす事となった――――

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