#030 さびれた漁村ヒノルタ
「ようやく出られたな」
「ぜ~、は~。やっと……」
――――涼しい顔で獣道から出てきたのはクロノ。そしてその後を、険しい表情のニーナが追う――――
「まだ、もう1回残っているけどな」
「ちょっと! なんでまた森に!?」
――――引き返そうとするクロノに、涙目のニーナが縋りつく。ニーナも田舎育ちで体力には自信があったが、それでも冒険者界隈でトップに君臨していた相手とでは比べるべくもない――――
「何でって、いきなり余所者が(村内に)現れたら問題だろ? 立場もあるし、正規の入り口から入り直す」
「そ、それは…………そうかもですけど~」
もう何度目かの後悔。やってきたのはキノタ丘陵を海に向かって突き抜けた先にある漁村"ヒノルタ"。ここは昔、キノタとも取引があった村なのだが…………もう十年以上やり取りは無く、道なんて自然に回帰していたほどだ。
「いうほどキツい道のりでもなかっただろ? 多少は使っていた者もいたようだし」
「え?? いや、それはよく分かりませんけど、そもそもペースが速すぎるんですよ」
「ゴタクはいいから、村の代表として、恥ずかしくない姿勢を見せろ」
「え? あ、はい」
クロノ様は、逆らった村の人を躊躇なく殺した冷血漢だ。しかしながら私はと言えば不思議な事に、そこまでこの人に"恐れ"を感じていない。その理由はやはり、野盗や変質者と違って『合理的で、考えれば理解できる思考・行動をとっている』からだろう。
あの時も、悪いのは感情的になった皆であり…………私だ。私は代理と言っても村長。村長は村民を指導し、時には裁く事も必要になる。あの事件は、それが出来ていなかった私の責任であり、クロノ様は私に代わって彼らを裁いただけなのだ。
――――迂回してヒノルタ村の玄関口へと向かう2人。本来ならば、馬車などの乗り物に然るべき旗を掲げて訪問するのが礼儀なのだが、今回は互いに貧乏な地方の農・漁村と言う事もあり略式で、正装のみとした――――
「すいません。今日、挨拶に伺う事を伝えていたキノタ村のニーナです。お取次ぎを」
「おぉ~、よく来なさった。ちょっとお待ちを」
――――質素な櫓に腰掛けていた老兵が、気さくな口調で2人を対応する。ヒノルタは一言でいえば"寂れた漁村"。食うには困らないが、万年貧乏で外界との交流は無いに等しい――――
「あ、手伝います」
「おぉ、すまんねぇ。ニーナちゃん、大きくなって」
「え?」
「覚えておらんか? ワシじゃよ。まぁ、前に会った時は、まだお前さんが、こ~んな小さい頃じゃったが」
「え? あ? えぇ!?」
「えっと、話が見えないのだが……」
「あ、すいません。この方がヒノルタ村の村長"ロークス"さんです」
――――久しぶりに会った親戚のお爺ちゃんのようなノリのヒノルタ村・村長ロークス。彼は紛れもなく村長だが、だからと言ってこの村ではとくに仕事は無く、見張りを兼任していた――――
「こちら、キノタ村に派遣された指導員のクロノ様です」
「様って事は、お貴族様かい? 失礼いたしました。こんな……」
「いえ、貴族では無いので敬称はお気になさらず。キノタの財政再生を請け負っているクロノです。ロークスさん、よろしくお願いいたします」
「それは助かります。……。……」
冒険者として慣れた部分もあるのだろうが、やはりクロノ様は階級や教養で人を見下さない。相手が無知な田舎者や奴隷でも、対等に接し…………それでいて無作法者には毅然と対応する。
父さんも平和や平等を愛し、皆に慕われる人格者として村を治めていた。しかしながら厳しさは無く、村は破綻してしまった。そして留学中、厳しさを持った権力者を大勢見てきた。彼らは確かに成功していたが…………結局のところ富や権力に魅入られた商人であり、彼らにとって民は家畜に等しい存在であった。
「……で、生魚や海藻も手に入ればと思っていまして」
「ほぉ、若いの(そこまで若くない)。生魚もいけるクチか?」
「もちろん。一応、漁や裁くのも出来ますよ」
「…………」
――――その会話を聞き、険しい表情を浮かべるニーナ。この国で魚食はあまり浸透していない。彼女はまだ焼き魚なら食べられるが、それでも魚は寄生虫の宝庫であり、生食となれば心理レベルで敬遠される危険な行為となる――――
「ほぉ、それはいい。しかし、海藻も食うのか? そっちは、ん~。よぉ分からんなあ」
――――そして海藻を食べる文化は地球でも珍しく、消化に必要な腸内細菌を持っているのは日本人のみ。そのためこの世界でも生食は難しく、非食用の雑草と同じ扱いとなっている――――
「乾燥させれば保存しやすいですし、旨味も出るので便利ですよ。消費していないのなら……。……」
そしてクロノ様は博識だ。それも学園に通っていた私が、存在すら知らなかった知識を幾つも持っている。正直に言って、今、話している内容も、半分も理解できないが…………それが重要で役立つ知識であり、村の発展の助けになっているのは紛れもない事実。ヒノルタと聞いて、干物と塩くらいしか思いつかなかった私が恥ずかしい。
「まぁ、買い取ってくれるなら、コッチも助かるばかりだ。塩だけじゃ、金子が全く入らんからな」
――――こうしてクロノたちは、疎遠になっていた漁村ヒノルタに足掛かりを築いていった――――
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