#029 サンボ

「えっと…………はい」

「あぁ、出来たか」


 ――――クロノとシズが短い言葉を交わす。場所は開発中のエリアの端。そこには作物関連の研究を行う施設があった――――


「「…………」」

「やはり直接の問題は"土"か」


 キノタは場当たり的な経済対処がアダとなって財政破綻した訳だが、その引き金となったのは"不作"だ。しかしながらキノタ丘陵は(利用できる農地こそ少ないが)水や天候に恵まれた土地。一応、災害に備えてダムは欲しいところだが…………一見してここまで不作になる理由は見当たらない。


 そんな中で判明した不作の原因は、連作と塩害だ。連作はこの世界だとありがちな失敗であり、対処法も分かりやすいのでいいとして…………問題は塩害。キノタは直接海に面していないものの、山に登れば僅かに海岸が見えるくらいには近い。


 しかしながら、それだけ離れていれば問題なさそうにも思える。まぁ、そのあたりは追加で調査するとして…………ひとまず原因は判明したので、これで対処や方針も定められる。


「じゃあ」

「あ、あぁ」


 ――――追加の指示が無いと判断し、勝手に苗小屋(ビニールハウス的なもの)に戻っていくシズ。彼女はアイリスの義体のメンテナンスも受け持っているが…………職人として特に専攻は無く、現在はこの施設に籠って苗や土壌の研究を受け持っている――――


「まぁ、助かるからイイけど」


 出来る事なら本格的な科学調査をしたいところだが、そんな大そうなものは(この世界には)存在しないので仕方ない。最悪、俺がやるしかないと思っていたところ、シズが志願してくれたので非常に助かっている。まぁ、ここなら他者と接点が少ないので、それが理由なのだろうが。


 シズはその中でも極端な部類だが、職人はコミュ障の割合が高い。いわゆる頑固職人タイプであり、俺はそんな客商売に馴染めない職人を『閉鎖的な村でそれぞれの作業"のみ"に専念できる生活』を謳い文句に勧誘した。


 もちろん、やりたければ商人と価格交渉や専属契約も出来るが…………村では素材の買い付けや、出来た商品の販売を代行している。まぁ、農協の亜種ってところだ。この方式は、金さえ手に入ればって商売人タイプの職人には逆効果だが、黙々と素材や自分の腕と向き合いたい職人とは相性がいい。そのあたりの感覚は日本人に近い部分があり(効率はさて置き)俺的には応援したいと思っている。


「しかし、塩か……」





「それとお嬢、コレ。家内が作り過ぎたから持っていけって。良かったら晩飯の足しにでもしてくれ」

「あっ、助かります」


 ――――村の者が交易所に出入りする。これまでも幾らかやり取りはあったが、スパイ作戦もあり、交流は活発になっている――――


「良いって事よ。それじゃあな!」

「はい、奥さんにもよろしく、伝えておいてください」


 共和派としてクロノ様に協力するのは"演技"なのだが…………実際のところ、演技とは思えないほど雰囲気は良い。私もそうだけど、多分『本当は素直に協力したかったけど顔色を窺って出来なかった人』が多いのだろう。


「ニーナさん、そろそろ閉めましょうか」

「はい! 今……。……」


 それに、村に新しい風が吹き込み、発展する姿は見ていて気持ちいい。いや、若干、問題のある建物もあるけど…………エッチな仕事や変わった娯楽も、人が人らしく生活するには必要なんだと思う。大切なのは、自分とは違う価値観も認め、共存していく事。何事も閉鎖的になれば、その先に待っているのは袋小路だ。


 ――――仕事を終え、家路につくニーナ。彼女の家は村長宅であり、それは村を見渡せる高台の上にある――――





「お、おい。ニーナ!

「キャッ!」


 思わず悲鳴をあげてしまった。現れたのはサンボ。そして誇らしげに掲げるのはブラックマウスの頭。エモノを自慢しに来たのだろうけど……。


「へへへ。怖いのか? 相変わらずだな」

「いえ、そんなことは」


 私が驚いたのは、ブラックマウスの頭が、一瞬、人の首に見えたからだ。数日前、ココで何が起きたのか、知らないはずはないのだが…………そんな配慮、この男に出来るわけがない。


 サンボは私の従妹のお兄さんで、昔から変なイタズラで泣かされた記憶しかない。一応、親戚なので我慢して付き合っているが、出来れば関わりたくない相手の筆頭だ。


「ししし、しかし大変だな、お前も。いきなり呼び戻されて」

「それは、まぁ」


 どもった喋り方に、脂ぎった顔、酸味を感じさせる体臭、知性の感じられない言動、そして何より、自分が嫌われている事を察せない無神経さ。全てが不快であり、それが今日、最後に見た顔になると思うと泣きたくなる。


 よし、忘れ物をしたってことで、引き返そう。


「本当に災難だよな。ああ、あんなクロノヤツと、無理やり結婚させられて」

「それは……」

「別居してるみたいだけど…………結局アイツは、お前の事を性欲処理の穴としか思っていないクズなんだ!」

「あ、穴って。クロノ様は紳士的な方で、お相手もすでにいます。未成年の私が出る幕なんて……」


 色々あり過ぎて有耶無耶になっていたが、そのあたりクロノ様はどうするつもりなのだろう? この調子だと、成人するまでは何もなさそうだけど。


「え!? ってことはお前、処女なのか!!?」

「しょ!? 言うに事欠いて、本当に貴方って人は……」


 あと、声がデカすぎるのと、存在そのものが生理的に無理だ。


「でゅふふ。ま、まぁ、困ったことがあったらいつでも言ってくれ。俺たち、"幼馴染"だろ?」

「いや、その時は絶対に! 来る事は無いので。それでは、私は用事を思い出したので失礼します!!」




 ――――こうしてニーナは、帰宅途中に不審者を見かけるようになり、単独行動を控えるようになった――――

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