#027 農奴

「うぅ、村の玄関が……」


 正確にはすこし入ったところだが、それでも主要道路から見える位置に、奇抜で派手な建物がお目見えする。まぁ、つまり娼館だ。


「その、区分けは守りますから……」

「うぅ……。お願いします」


 ――――引きつった顔のニーナを、クロノの秘書として活動するアイリスが対応する。ニーナは村長代理であり、基本的には村や農民を相手にしているのだが、そちらの仕事はニーナよりも詳しい年配が幾らでもおり、クロノや、開発している新区画との"橋渡し"が主な業務となっていた――――


「報告っす。商人が来たんですけど、"また"責任者に合わせてくれって」

「またですか。せめて、事前に予約してほしいんですけど」


 またしても行商人がやってきた。もともと生活必需品や作物を売買するために商人の出入りはあったが、クロノ様はわざわざ追加料金を払って遠方から商人を集めた。当然ながらその購入費用は高額で、金額を聞いたときは卒倒しかけたほどだ。


「一応、4日待ちだって伝えたんですけど、そんなに待てるか! 俺を誰だと…………ってな感じで」

「はぁ~、その人は出禁にしてください。所属している商会があれば、正式に抗議文章も送るよう、通達してください」

「うっす」


 多額の追加料金を払ってはいるものの、にも拘らず収益はむしろ黒字化している。それは考えてみれば当たり前の話なのだが…………それまでは近隣の街"オミノ"の商会に一任していたのだが、実のところオミノで生産しているものは僅かで、大半は周辺の村や遠方から物品を輸入している。つまりオミノの商会は、その仲介料で儲けているわけで、それが直接取引する形になったことで大きな節約に繋がったのだ。


 そこに加えてもう1つ大きな違いがある。それは取引している商人が村にお金を落とすようになったこと。それまでは、ただ取引の為に立ち寄るだけだったところが…………村に宿泊する必要性が生まれ、飲食店や娼館が利用される。そこに加えて帰りも儲けるために、空いた荷台を埋めるべく職人が作ったアイテムが(無理にお願いしなくても)飛ぶように売れるのだ。


 村の評判も上々で(注文はしていなくとも)飛び込みで村を訪ねる商人も増えてきた。ただ、(特殊な商品・サービスを取り扱っている事もあり)専属契約を結びたがる商人・商会が増えているのが悩みの種となっている。


「また(行商人が)案内を要求しているみたいですね」

「いっそ、私たちで案内しちゃう?」

「娼婦がガイドって、村を潰したいのですか?」

「えぇ~、いいアイディアだと、思うんだけどな~」


 ――――やってきたのはシアンとマゼンダ。シアンは警備、マゼンダは娼館と(移民用)居住区を監督している――――


「えっと、一応、商談や警備の問題もあるので、然るべき人にお願いする方向で、お願いします」

「仕方ない。それじゃあ案内は、下半身だけにしますか」

「「はぁ~」」


 皆で大きなため息をつく。しかしながらマゼンダさんは、どうにも憎めないと言うか、あれで面倒見はよくて人望もあつい。真面目なシアンさんと言い争っている場面も見かけるが…………根っこの部分では馬が合うのか、何かにつけて共に行動している。


「それで、クロノさんは? 彼が出張ってくれれば話は早いのですけど」

「えっと…………個人の行商人に、いちいちトップが出張っては、軽くみられるって言って」

「はぁ~。体よく逃げたわね」

「いや、まぁ、ご主人様の言う事も確かですし」


 ちなみにクロノ様は、職人の取りまとめや村の開発を担当している。多忙で頭も使うのは間違いないのだが…………あれで案外、我儘で協調性が無く、村や来客関係を遠ざけている。あれだけの商才と人望を持っているものの、本質的には(商人ではなく)行動で示す職人タイプのようだ。


 それはまぁ、いいのだが、出来る事ならもっと村に顔を出し、皆と親睦を深めて欲しいと思ってしまう。


「「……反対! 村を守れ……! 先祖代々……!!」」

「あら、また来たみたいね」

「「はぁ~~」」


 ――――一同から深いため息が漏れる。来客に合わせてやってきたのは、クロノの改革に反対する村民たち――――


「すぐに排除をお願いします。力尽くでも構わないので」

「「うっす!!」」

「その、すいません」


 ――――警備員に村民の排除を指示する――――


 正直なところ私も、皆の気持ちは痛いほど分かる。しかしそれでも、まずは納めるものを納めなければ始まらない。今は領主様やクロノ様の温情で今までと変わらない生活を維持できているが…………次の年税を滞らせるような事になれば、それも無くなってしまうだろう。


「すんません。せめて話をさせろって暴れて」

「「はぁ~~~~」」


 ――――老害と言うべきか、彼らの扱いは精神をすり減らす。体力的な脅威は無いものの、無茶をすれば大怪我、そして何より話が通じない――――


「仕方ないですね。私とニーナさんで対応します」

「え~、私も手伝うよ?」

「アナタは居るだけで逆効果だから」

「えぇ~~」





「だから! そんな勝手が許されるか!!」

「そうだそうだ! この土地は……! ……!!」


 分かっていた事だが、皆の主張は精神論ばかりで折れる事を知らない。せめて建設的な代案をだすなりしてくれれば、まだ議論の余地もあるのだけど。


「そのやり方で、然るべき額面を納税するのは不可能です」

「だから! あんな無茶苦茶な金額! 払えるわけないだろ!!」

「「そうだそうだ!!」」


 年税は確かに上がったものの、それでも適法の範疇におさまっている。それはつまり、今までが安すぎたわけで、だからこそ改善を怠ったツケがまわってきたのだ。


「今までは同じ(生産)量でも先代が上手く"調整"してくれていたんだ! 悪いのはソレが出来ないソッチだろ!!」

「それは!!」


 調整とは、村の蓄えの取り崩しや、代償として不利な契約を交わしていたからであり、そのせいで村の財政を余計に圧迫していた。それは負の連鎖であり、借金地獄のようなもの。現状を維持するために、その場しのぎの解決を繰り返した結果、首が回らなくなったのだ。


 その結果、村は財政破綻したわけだが…………村長家ウチも一家離散。お父さんは確かに人格者だったのだが、残念ながら商才は無く、何より(時には身を切る)決断力の無い人だった。


 そのせいで両親の喧嘩は絶えなかったが…………まぁ、お母さんの考えにも問題があったので、私は兄さんと違い『どっちもどっち』だったと思っている。


「現実を見てください! いつまでも……」

「よそ者は黙ってろ!!」

「「!!」」


 ――――たまらず声を荒らげたアイリスを、癇癪を起した老人が突き飛ばす。それは白熱した口論の場では度々見られるものかもしれないが…………相手は手足を失う障碍者であり、場所は足場の悪い坂道。受け身をとるのは難しく、最悪の場合も想定される――――


「……うぎゃぁぁ!! 腕が、腕がぁあ!!?」

「「え??」」


 とつぜん宙を舞う腕に、私の思考は真っ白に染まる。


「その、ご主人様。お手数を……」

「まったく、見に来て正解だった」


 ――――そこに現れたのはクロノ。彼は職人たちとやり取りしていたのだが、この騒動の報告を受け、様子を見に来た――――


「ひ、人殺しだ!!」

「やはりコイツは死神だ! 噂は本当だったんだ!!」

「…………」

「はっ! それより、止血を!!」


 必死に止血を試みる私の横を、クロノ様は冷めた顔で通り過ぎていく。見ればアイリスさんたちも『このくらい慣れっこ』といった表情だ。


「この人殺し! いくら監督役と言っても、こんな横暴が許されると思っているのか!!」

「すぐに領主様に連絡して、コイツを……」


 お爺ちゃんにも非はあるが、それでもやったのは突き飛ばしただけ。それに対して剣を抜くのは"過剰"であり、正当防衛などは適応されないはずだ。


「そんなもの、聞き入れられる訳が無いだろ。自分の立場を理解したらどうだ?」

「なっ! これがコイツの本性だ!!」

「直接会えないとしても、(領主様に)書状を送る事だって出来るんだぞ!!」

「いや、出来ないだろ?」


 違和感を感じる。たしかにクロノ様の言動は無慈悲で横柄だ。しかしながらその言葉からは『お前たちはさっきから何を言っているんだ?』と言わんばかりの"疑問"が感じ取れる。


「ご主人様。もしかしてこの人たち。ご自身の立場を理解していないのでは?」

「いや、そんなはずは無いだろ?」

「奴隷のガキが何を! これは犯罪だ! いくら隠そうとしても……」

「いや、隠さなくても、最初からそんな権利、お前たちには無いだろ?」


 ――――クロノの言葉を聞いたニーナの体に電流が走る――――


「ハッ!! ちょっと皆! 身分証は!? 身分証はどうしたの!??」

「え? 身分証? 収穫祭の後に貰えるやつなら、えっと…………何処にやったかな~」

「場所はいいの! 色は、色はどうだったの!?」

「え? たしか白地に緑の枠……」

「おいおい、今年から変わっただろ? たしか黄色地に赤と緑の……」

「あぁぁぁぁぁ!!」


 思わず叫んでしまう。年齢的に仕方ない部分もあるけど、それにしてもコレは致命的過ぎる。


「お前たち、税金を納められずに"農奴"になっただろ? つまり奴隷だから、訴えるとかそんな権利はないんだよ」

「はぁ? 何を言ってんだ??」

「そうだそうだ。 ちゃんと身分証だって!」

「農奴は奴隷の一種で、人権も同様に剥奪されますが、管理する土地を証明するために"権利書"が発行される場合もあります」

「はぁ? なんだそれ」


 すこし前から漠然とあった霞が、ようやく晴れていく。そう、この村は税金を納められなかったから破綻したわけで…………つまり去年の税金を、皆は納めていないのだ。


「納税の時に、何か言われなかった? 用紙が変わる理由とか」

「え? なんだったか……」

「たしか……。……」


 要約するとこうだ。お母さんたちは『年税を安くするために農業に専念する契約にした』と嘘をついて奴隷落ちを了承する書類にサインさせたのだ。たしかに農奴は、農地を持てるし、生活も基本的に今までと変わらない。しかしながら奴隷なので権利者の所有物として扱われ…………権利者が必要だと判断したらいつでも自由に処分できる。


 そしてその権利者はクロノ様であり、クロノ様は『いつでも自由に村民を殺すしょぶんできる』のだ。


「そんなの無効! 俺たちは騙されたんだ!!」

「それなら改めて(去年の)年税を納めれば!」

「もう、とっくに期限は過ぎているだろ?」

「それでも!!」


 理由はどうあれ、ひとたび奴隷になってしまえば手遅れだ。なにせもう、全ての権利を失った後なのだから。


「諦めろ、もう手遅れだ。今後、逆らう者は容赦なく……」

「若造が! ふざけた…………ッ!!」

「処分するから」

「「!!????」」


 ――――クロノに掴みかかろうとした老人の首が、坂道を転がり落ちていく――――


「その、もう少し、ご自身が恵まれている事を理解してはどうでしょうか。ご主人様が、ここまで寛大な対応を、してくださっているのですから」

「「ヒィ…………」」




 ――――ようやく現実を理解し、皆が静かに震える。そして気がつけばニーナが介抱していた老人も、息を引き取っていた――――

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