#024 アルコ

「待て! お前たちの通行許可は取り下げられている」

「え? そんな、何かの間違いじゃ??」


 ――――早朝、クロノ一派がいつも通り行商人特区へと渡ろうとしたところ、警備兵に止められてしまった――――


「おいおい、冗談はよしてくれよ。これから朝の準備があるんだ。急がないと……」

「異議があるなら役所に問い合わせてくれ。ひとまず(無効になっている)手形は回収させてもらう」

「待て!」

「「!!?」」


 ――――仕方なく指示に従う者たちを制止したのはクロノ。しかしながら彼は(この一派の代表ではあるものの)特別な権限は有しておらず、役人や兵士に逆らえば処罰の対象となる――――


「今、役所と言ったな?」

「はぁ? それが……」

「行商人特区は商人ギルドの管轄だ。それなのに何故(商人ギルドではなく)街が介入する?」

「はぁ? そんな事、俺たちに言われても。それに、この関所を管理しているのは街側で……」


 ――――行商人特区で稼いでいるクロノ一派を、手っ取り早く妨害するなら何が有効か? それは手形を取り上げてしまう事だ。まずは難癖をつけて手形を取り上げ、問い合わせに対しては知らぬ存ぜぬを貫く。最終的に再発行となるだろうが、そこでも街側が手形の同意を拒む事でかなりの時間を稼げる――――


「お前たち下っ端では埒が明かないな。コレを命令した班長と、この関所の責任者。それとその支持をだした責任者を呼べ。俺はギルドに顔がきく。もしこの指示が違法なものなら…………お前たちのクビを纏めて切ってやる。いや、クビくらいで済むと思うなよ。全員、犯罪者として鉱山送りだ」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってろ!!」


 ――――警備兵が慌てて詰所へと駆けだす。その間、朝の混雑時もあって人が集まり、話は見る見る大事になっていく――――


「その、お手数をかけます」

「さすがクロノさん! そんな権限まで……」

「いや、ただのハッタリだ」

「「えぇ……」」


 ――――最高ランクの冒険者として顔がきくのは事実だが、あくまで冒険者のクロノにそのような権限はない。ともあれ相手も違法行為をしているので、事は公にできない――――


「すいません。どうやらコチラの手違いで、他の指名手配犯と混同してしまったようです」

「指名手配犯? それなら警備隊の隊長に……」

「いえいえ! 違います。その、単純な伝達ミスでして!!」


 ――――さらなる追い打ちをかけていくクロノ。相手は適当な嘘をついてその場をやり過ごそうとしているのだが、問題はこの場だけに止まらない。ハッタリでも、そのリスクを周知させなければ同様の妨害を受け続けるだろう――――


「……。……じゃあ、他の方々にも迷惑だから今日のところはこれまでに。しかし、今回の一件はギルド経由で正式に抗議させてもらう」

「いや、それは、その…………お手柔らかに」


 ――――権力者なら幾らでも無理難題は通せてしまう。しかしながらそれが違法行為である以上、通せる無理にも限度がある。そしてそこから、相手の大きさを測る事も可能となるだろう――――


「安心しろ。あのバカは、もう間もなく裁かれる」

「え??」





「アルコさんですね。突然ですがお邪魔します。……突入しろ」

「「はぁ!!」」

「な、なんだお前たち! なぜ軍人が!??」


 ――――教会長・アルコ神父の屋敷に、突然押し掛ける大勢の軍人。彼らは有無も言わさず神父、そして屋敷を取り押さえていく――――


「アルコさん。貴方には身柄の確保と家宅捜索の命令が出ています」

「ふざけるな! 私は領主様とも……」

「この命令は、領主様も承諾しております」

「そんなバカな!? 何かの間違いだ!!」


 ――――もちろんアルコは役人と密約を交わしており、本来なら裁けない状態にあった――――


「それと、教会からも送還要求がなされています」

「おぉ! そうだ。私はこの街の(教会の)トップだ。簡単に……」


 ――――教会の権力はすさまじく、一部ではあるが司法に介入する権利まで有している――――


「勘違いされているようなので補足しますが、今回の一件は教会も合意しております」

「はぁ? なぜ、冒険者あがりのチンピラにそこまでする!!?」

「はて、何のことでしょう」


 ――――アルコには1つ、大きな誤算があった。相手は最高ランクとは言え、隠居した一般冒険者。冒険者ギルドを敵に回すような派手な動きさえしなければ問題無い。そしてこの街の冒険者ギルド・ギルドマスターにも少なくない謝礼は渡していた。しかしながら…………クロノが頼った相手は別。あろう事か教会本部だったのだ――――


「えぇい! お前のような下っ端では埒が明かん! すぐに責任者を出せ! 私にこのような無礼を働いた責任、軽くは済まさんぞ!!」

「もう貴方に、そのような権限はないのです。連続"令嬢"暴行・および殺人の容疑で、アルコさん、貴方を拘束します」

「はぁ? ……はぁ!!!!」


 ――――アルコは貴族では無いものの、それに準ずる地位を持っていた。権利勝負になった場合、クロノでは太刀打ちできない相手なのだが…………それとは別に、アルコにはとある悪癖があった。それはネクロフェリア。死者に対して性欲を催す異常性癖の持ち主であった――――


「離れの地下室に、まだ居らっしゃられるのですよね? 奥様"たち"が」

「なぜ、それを……」


 ――――結婚するまでのアルコは、散財や女遊びに現を抜かす事のない勤勉な人物であった。変わってしまったのは結婚後。彼のもとに嫁いだ妻はほどなくして、強姦され、そのまま死亡した。そして明け方、屋敷の裏手で惨たらしく死んだ妻を発見したその瞬間、アルコは自分の性癖を初めて理解した。こうしてアルコの最初の妻は"失踪"となり、それ以降の再婚相手もまた失踪する事となった――――


「ペースが、早すぎたんですよ。いくら娼婦でも、あれだけ失踪すれば流石に足がつきます」

「…………」


 ――――アルコがマフィアの利権を欲したのは、金銭的欲求からくるものでは無かった。それは性欲。死んだ女性、それも惨たらしく死んだ相手に、より興奮する。それまでは死体を魔法で保存してジックリ長く楽しんでいたが…………手軽に入手する手段を得て、その欲求は加速し、それと同時に事後処理が雑になった――――


「それでは、参りましょうか」

「私は! ……いや、なんでもない」


 ――――力をなくした"ただの"アルコが、軍に連行され、人知れず街を離れる――――





「正直に言って私、直情的に首を落としに行くか、あるいは脅して傀儡にするものだと思っていました」

「お前、俺を何だと思っているんだ?」

「いや~、こればっかりは、私もシアンに賛同しちゃうかな?」


 ――――アジトの復旧作業も終わり、休憩がてら話題が…………猟奇犯罪者のアルコに移る――――


「相手は教会長だぞ? マフィアのボスと一緒にするな」

「その、かなり大きくなっているんですよね? 問題が」

「末の子とは言え、貴族の娘を3人も殺したんだからな」

「「…………」」


 ――――クロノは出張と称して教会本部におもむき、そこでアルコの暴走と、近いうちに事が隠しきれなくなることを告げた。そうなれば教会は、権力を総動員して事件のもみ消しに動く。クロノは教会に対して特別な権利を持ち合わせていなかったが、それでもギルド経由で重役に会い『集めた証拠を見せる』くらいは出来た――――


「さて、それじゃあ俺は……」

「その! 本当に、この街を……」

「最初から言っていただろ?」

「それは……」


 ――――クロノの目的はハーレムであり、この街は足掛かりにすぎない。そして今回、クロノは教会と貴族の仲介役を買って出た。その際に謝礼として(管理に困った地方の)領地の管理を任される可能性もあるだろう――――


「付いてくるかは自分で決めろ。教会に戻りたいなら、口利きをしてやってもいい」

「え、それって……」


 ――――現在、この街の教会は重役が全員失脚しており、代わりに教会を仕切る事となったのが孤児院の院長。つまり孤児院のトップの椅子が空いているのだ。そこに座っても教会本部の意向に逆からうのは難しいだろうが、それでも出来る事はあるはずだ――――


「まぁ、すぐに決める必要は無い。こっちも、コレから調整で飛び回らなくてはいけないからな」

「…………」

「それじゃあ…………アイリス、行くぞ」

「はい!」




 ――――こうしてクロノは、購入した奴隷と共に次の段階へと進む。そしてそれにつづく者は、少なくなかった――――

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