#023 襲撃
「ほんとうに大丈夫なんだよな?」
「心配性だな。裏も取れている。間違いなく、死神は(この街に)居ない」
――――闇夜に紛れ、男たちがスラムの一画にある孤児の宿舎を観察する――――
「しかし、死神以外にも手練れがいるんだろ?」
「そっちは娼婦の用心棒をやっているから、この時間は大丈夫だ」
「でも……」
――――男たちは悪党といった風貌だが、その表情からは心もとなさを感じる――――
「嫌なら辞めてもいいんだぜ?」
「そうだな。頭数が減れば分け前も増えるってもんだ」
「いや、そこまでは……」
「連中、そうとう儲けているらしいが…………そのカラクリは簡単。戦闘員に金を回していないんだ。裏稼業は暴力抜きでは語れない。そこをケチればどうなるか、今、教えてやろうじゃないか」
――――彼らはこの街で活動する窃盗団。あくまで泥棒であり、このような危険な組織に手出しする事はなかったのだが…………その事情も、マフィア崩壊に伴って変化した――――
「ぐへ、ぐへへへ。女! 1人グらい貰っデも、バレないよな?」
「それはイイが、頼むから仕事の事も、忘れないでくれよ」
「おう! 敵はミナ殺す! 女は犯す! オレ、最強!!」
「「…………」」
――――マフィア以外にも危険人物は居る。いや、マフィアも"組織"であり、マフィアなりの規律に縛られている。だから本物の狂人は、マフィアにも居場所はない――――
「はぁ~~。他の連中もいいな? 突入するぞ」
「「おう!!」」
――――賊がそれぞれの配置につく。まずは1人ずつ出入り口に陣取り、残りが2階に登って窓から侵入する――――
「魔法を」
「あいよ!」
――――防音の魔法を展開し、斧で窓を破壊する。魔法で音は消せても、中に人が居れば気づかれてしまうのだが…………彼らは入念な計画を立てており、侵入経路や警備体制を把握していた――――
「(ガキは後だ。まずは1階を制圧して隠し金庫を探す)」
「「(おう!)」」
――――賊には3つの目的がある。1つは躍進するクロノ一派への妨害。そしてもう1つが(1つ目とも重なるが)一派が稼いだであろう資産や権利書。それらは基本的に商店通りにある事務所に保管されているものの(リスクを分散させるために)一部をコチラに移している事を察知していた――――
「(やはり事務所は無人だったな。それじゃあ……)」
「そこまでです!!」
「「ぐぁぁぁ!!」」
――――防音の魔法を吹き飛ばす閃光が、油断していた賊の目を潰す――――
「はぁ~。本当に、攻め込んでくるとは……」
「ウチが何処の誰なのか、知らないわけでもないでしょうに」
――――苦しむ賊の前に、シアンとマゼンダが姿を現す。本来2人は娼婦と共に行動しているのだが、不穏な情勢を察知し、子供たちが待つこのアジトに詰めていた――――
「目が~、めがぁ~~」
「大人しくしてください。今、拘束を……」
「おっと、そこまでだ!」
「「!?」」
――――しかし賊もバカではない。見張りが事務所の異変を察知し、即座に飛び込み…………たまたま近くにいたマゼンダにナイフを突きつける――――
「動くな! 俺たちは本気だ。動けばこの女の命はないぞ!!」
「ぐぅ……」
――――もともと数的不利を背負っていたが、そこに加えてマゼンダを人質にとられてしまった。それでもこの場にクロノが居れば何とかなったかもしれないが…………クロノは現在、商談のために街を出ている――――
「私の事はイイから! 子供たちを連れて逃げて!!」
「そうは言っても……」
「へへへ、諦めろ。仲間はまだ居るんだ」
「そうそう。大人しく投降すれば…………良い夢を、見せてやるぜ~」
――――逃げるだけなら幾らでもチャンスはあったが…………2人にはソレが出来なかった。ここには肉体や精神に欠損を抱えた子供がおり、それを守らなくてはならない――――
「うオぉぉぉ!! もう! 我慢できナイ!!」
「え? キャ!!」
――――賊の1人が、緊張に耐えかねて暴走する。それは賊としても望まぬ展開であり…………事務所に置かれていた机や棚をお構いなしに跳ね除け、暴れまわる――――
「ダメ! その子は! 私はどうなっても良いから!!」
「ウおォォォぉ!!!!」
「ちょっと、何なの、この人!?」
「おい、誰かそのバカを止めろ」
「ダメだって。一度こうなると、もう止められないから」
――――シアンの服が、またしても引き裂かれる。しかしながらその賊を止める者は居ない。それどころか彼本人も、この状態を制御出来ずにいる。彼は重度の〇チガイであり、既に敵味方の区別さえつかない状態にあった――――
「いや、止めて、くだ…………さい!!」
「うおォ、女! オンナぁ!!」
――――必死に抵抗するシアンだが、あまりにも酷い状況に魔力を練り上げる猶予さえない。いや、もし出来たとしても、彼は止まらないだろう。見れば彼の体は、先ほど壊した家具の破片が刺さり、出血している。それすらも気づけない彼は、薬物中毒者か、それこそ死しても戦い続けるアンデッドに近い状態であった――――
「ダメだって……」
「嫌ッ! それ以上は!!」
「……ダメだって! 言ってるでしょ!!」
「ブフ!?」
「「!!?」」
――――突然、人が宙を舞い、暴走していた男に激突する。あまりの展開に周囲は唖然とするが、シアンはその隙をついて拘束を逃れる――――
「ぬぁ!? ジャま、を…………するなァ!!!!」
「やめろ、俺は…………ぐふっ!!?」
「今度は、この人も!!」
「え? ちょまっ!??」
――――またしても人が飛ぶ。それはマゼンダを拘束していた男であり、彼女はその細腕で大の男を投擲して見せた――――
「ようやく本気になってくれましたね」
「出来ればこの力は、(性行為以外には)使いたくなかったんだけどね」
――――マゼンダの容姿はダークエルフを思わせるものだが、その体には淫魔の血が流れており、高い性欲とともに並外れた体力を有していた――――
「娼婦風情が、調子に……」
「させません!!」
――――形勢逆転。シアンが魔法で相手を怯ませ、マゼンダが力任せに相手を投げ飛ばす。そして暴走した男がソレを受け、トドメをさす――――
「くっそぉ! このイカレ野郎! 放せ!!」
「うぉぉぉぉオオ!!」
「やめ、それ以上は…………グフッ」
――――ついに最後の1人が倒れ、残すは狂った男1人――――
「ぐウゥ…………女、血、戦ウ、オかす!!」
「なんの! ……って! 嘘っ!!?」
――――男の突進を受け止めるマゼンダだが、彼女の体力をもってしても受け止めきれずに跳ね飛ばされてしまう。純粋な腕力は迫るものを持っていたが、それでも体格の分、男に分があった――――
「私だって!!」
「ぐぉぉぉおおお!!」
「ちょ、利いて…………キャ!!」
――――シアンの魔法を受けるも男は怯むことなく突進し、それを受けてシアンの体が宙を舞う――――
「ねぇ、生きてる?」
「なん…………とか、ね」
――――死体の山がクッションになり、致命傷を免れたシアン。しかし状況は何も好転していない。2人は生まれながらの才能に救われ、何とかここまで持ちこたえたが…………肝心の戦闘訓練を積んでおらず、暴走した彼を無力化する手段を持たない――――
「私に考えがあるの」
「え?」
「1度だけ彼の動きを止めるから…………その間に逃げて」
「ちょ!? 正気? アレに掴まれたら……」
――――しかしながらマゼンダには、現実が見えていた。スラムでの生活は取捨選択の繰り返し。そして捨てられる番が、マゼンダへと回ってきたのだ――――
「長くは…………持たないから!!」
「グぉぉぉぉぉオオオオ!!!!」
――――男の股下に滑り込み、マゼンダは目の前にぶら下がる急所を鷲掴みにする。するとソレまでまったく怯む事の無かった彼が、ようやく苦しむ姿を見せる――――
「たまには、入れられる快楽も…………感じな、さい!!!!」
「あ”ぁぁぁぁぁぁぁアアア!!!!」
「早く! 長くは持たないわ!!」
――――続けて空いた手を、今度は男の肛門に突き入れる――――
「くっ、ごめんな……」
「「!!?」」
「え? なんで??」
――――振り返るシアンが見たものは、2階に隠れていたはずの子供たちの姿であった。他の賊は全滅しており、人質にとられたわけでは無いものの…………子供たちは度重なる衝撃音に不安を感じ、そしてそれ以上に……――――
「私たちも……」
「「うん!!」」
――――無謀にもマゼンダに続こうとする子供たち。子供たちは2人に救われ、その恩に報いよう。そして自分たちには、その力があると考えた。しかし実際には、そんなものは存在しない。いや、あるかもしれないが、足手まといになる確率のほうが圧倒的に高いだろう――――
「ちょ、ダメ……」
――――手のつけようのない相手に対し、逃走を決断したシアン。それはマゼンダを見捨てたことになるのだが、それでもマゼンダなら逃げおおせる可能性が残っていた。しかし子供たちは違う。あの嵐のような暴力を受ければ、その体はひとたまりも無いだろう。瞬時にソレを悟ったシアンの思考は、ただただ、白く染まっていった――――
*
「…………え?」
気がつけば体は返り血で赤く染まり、男に馬乗りになっていた。
「なんだ、やれば出来るじゃない」
「え? これって……」
手には賊が持っていたナイフ、そして切り裂かれた男の首すじ。
「「うぅあぁ~ん!!」」
――――満身創痍の2人に子供たちが飛びつく――――
「えっと、皆、怪我はない?」
「うん、大丈夫だけど……」
「私たちはこのくらい、平気よ。だってドMだし」
「ちょっと、一緒にしないでよ」
――――シアンが無意識に切り裂いたのは、クロノが教えた急所であった。アンデッドを思わせる暴走を見せた彼だが、それでも人であり、その限界には抗えずに絶命した――――
「あはは。でも、本当に疲れちゃった。あと…………凄く、臭い」
「「…………」」
「ぷっ! まずは、その手を洗いましょうか」
「お互い、見事に汚れちゃったわね」
「いや、私は…………あっ」
そういえば私、人を殺したんだった。まぁ、でも……。
――――その日、聖女は初めて人を殺した。そこには当然、後悔や罪悪感もあったが…………周囲は笑顔に包まれており、それ以上に誇らしい気分に満たされていた――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます