#022 失踪

「痒いところはあるか?」

「いえ、特には……」


 ――――売春奴隷の主要業務は性処理なのだが、当然それ以外の仕事も任される。そこには主人の身の回りの世話や配膳などの雑務が挙げられるが…………アイリスは手足を失っており、生活にはクロノの手助けが欠かせない――――


「どうせなら、デカい風呂にゆっくり浸かれたらいいんだけどな」

「大きなお風呂ですか?」

「そう言えばエルフって、湯船に浸かる習慣は無いんだったな」

「基本的には水浴びですませちゃいますね」


 事務所の2階は居住スペースになっており、そこには魔法式のシャワー室も設置した。残念ながら大人向けの泡風呂と違って実用一辺倒の設備だが…………それでもこうして若い少女の裸体を合法的に触れられるのは役得であり、毎日の習慣となっていた。


「そういう所はワイルドで淡泊だよな。俺としては(体だけでなく)心をリフレッシュする場所でもあるから、お湯に肩まで、ゆっくり浸かりたいんだよな。もちろん、足を延ばせる広さも譲れない」


 前世はシャワーで済ませてばかりだったが、それでも温泉の良さは理解している。しかしこの世界ときたら、基本は水拭き。お湯すら使わないのが一般的だ。


「その、深いのは……」

「違う違う、泉ベースで考えるな。広くて浅い湯船で、椅子やベッドに寝る感覚。体を洗ったら終わりじゃなくて、リラックスするための空間なんだ」


 カルチャーギャップと言うべきか、そもそも風呂の習慣が無い相手にその感覚を伝えるのはなかなか難儀だ。しかしながら基本的な感性に大きな違いはないので、風呂でも食事でも、大抵は実際に体験させればその良さを理解してもらえる。


 つまりハーレムには、混浴の露天風呂が必要だって話だ。


「その、もしかして…………マゼンダさんが言っていた、体を使って洗って、そのまま、その……」

「もちろんそういう事も、出来るようにするつもりだ」


 やはり、教育係にマゼンダを選んだのは正解だった。もちろん実戦は俺が直接教える予定だが、その前の土壌。心構えを作るのに、マゼンダや娼婦の何たるかを見せておくのは有効だ。アイリスも思春期なので、目の前に性の知識があれば自然に心構えも整っていく。


「その…………私は、ご主人様には感謝しています。それに、本分も理解して……」


 ――――アイリスの頬が一層赤らみ、その視線がクロノへと向けられる。しかし当のクロノは…………険しい顔をしていた――――


「静かに。誰か来た」

「え!?」

「大変! クロノさん!!」


 ――――響き渡るシアンの声を受け、アイリスの瞳から輝きが消える――――





「それで探し回ったんですけど、見つからなくて」

「…………」


 要点をまとめると、どうも数名の娼婦が行方不明になっているそうだ。行商人特区で活動している連中は護衛もあるので無事だが…………失踪したのは2軍や3軍相当の連中で、一応庇護下にはあるものの、面識さえない末端となる。


「そう言えば、巷では失踪事件が問題になっていたな」


 最近、街では女性の失踪事件が多発しているそうだ。しかしながらココは日本ではない。変死体でも見つかれば話題になるだろうが…………失踪止まりでは、まだ『そのくらい、よくある事じゃね?』程度の認識に留まってしまう。


「やはりマフィアの残党が、ついに仕掛けてきたのではないでしょうか!?」

「どうだろうな。現状ではコッチの過失も考えられるが」

「………………」


 スラムや酒場の裏手に死体が転がっていても不思議のないこの街では、娼婦が客とのトラブルで殺される事も珍しくない。それでも不審者への警戒は徹底するよう言っていたが…………末端にはまだ、ヤバい橋を渡っているバカが残っている。


 それは自業自得と言えばそれまでの話だが、世の中にはそんな生き方しかできないヤツもいる。それは俺も同じであり…………だからこそ俺は、そんな連中の生き方を矯正しない。たとえそのせいで、死ぬ事になったとしても。


「とにかく、何か対策を!」

「ん~。気乗りしないが……」


 正直なところ、解決策はある。なにせ黒幕は判明しているのだ。そこを如何にかすれば済む話。しかしながら(スラムの一部をあけわたしているのも含めて)場当たり的に頭を潰しても、散り散りになって返って対処に困る事態になりかねない。


「シアンさん。ご主人様の言う通り、現状維持でいいのではないでしょうか? すでに充分な対策はとっていますし、治安を考えれば特別視するほどでは無いように思えます」

「いや。だからと言って!」


 気のせいか、アイリスの当たりが強い気がする。


 それはさて置き、俺としてはアルコ神父を買っている。いや、アルコ神父個人は知らないが、少なくとも街のチンピラよりは頭がよく、俺を恨んでもいないはずだ。つまり、表立って俺と敵対する理由がない。今回の一件にアルコ神父が絡んでいたとしても、それは不可抗力であり、『知らずに襲ってしまった』可能性が高いのだ。


「はぁ~~。仕方ない、すこし探りを入れてみるか」

「えぇ!!!!??」

「驚きすぎだ。事業も軌道に乗ってきたし、次の段階に進む頃合いが来ただけだ」




 ――――クロノの最終目標は、この街には無い。そこに加え、クロノにはもう1つ、アルコ神父を野放しにする理由があった――――

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