#021 商才

 ――――この国に懲役刑は存在しない。それには生産性が無い事や、再犯率などの問題があり、つまりは非効率で確実な解決につながらないためだ。では、代わりにどんな刑罰があるかと言えば…………基本的には奴隷落ちとなる。重犯罪者は鉱山などに送られ死ぬまで強制労働。軽犯罪の場合は財産の没収や拷問、性器の切り落としなどで償い、それでも賠償しきれなかった場合に一般奴隷として市場に流される形になる――――


「……今なら娼館から募集があって、男娼奴隷になる事も出来るがどうする?」

「おぉ! やるやる!!」


 チンケなミスでとうとうパクられてしまった俺だが、ここに来てようやく運が向いてきたようだ。


「それなら、この書類にサインしろ。ちなみに、後から変更は出来ないから…………考え直せるのは、これが最後だぞ」

「ん? あぁ、サインだな。誰が断るかっての」


 たしかに抱く相手は選べないし、無茶なプレイもやらされるのだろう。しかしそれでも、鉱山奴隷と比べれば天国なのは間違いない。


「それじゃあこの後は……。……」


 それに男娼なら、客に買い取ってもらう選択肢もある。金持ちの女に取り入って開放金を払わせたら…………あとは縁を切ってもいいし、なんならそのまま結婚してもいい。





「ふぅ~。やっぱり、ここのメシは美味いな。いったい、何が違うんだ……」


 俺はしがない行商人。行商は危険と隣り合わせで、中には利益を優先して頑なに宿を利用しない者も居る。しかしながら俺は、可能な限り宿や飲食店を利用するようにしている。


「その、食器をお下げしましょうか?」

「あぁ、頼む。あと…………"裏冊子"も」


 裏冊子とは、この屋台広場で配っている宣伝用の冊子の中で、売春関係の情報を取り扱っているものになる。入り口には無料の冊子も幾つか置いてあるが、コレは有料であり、購入すると購入費用分、該当店舗の利用料が値引きされる。つまり、実質タダと言うヤツだ。


「はい、コチラが最新版です」

「また、厚くなったな」


 ただの売春店の冊子と侮ることなかれ。娼婦のコラムや読者投稿のレビューなど、宣伝以外の部分にも力が入っており、読みごたえがあって暇つぶしにもつかえる。


「それでは、失礼します」

「あぁ、ちょっと待った」

「はい?」

「ここの経営者は、今居ないのか?」

「すいません、そういう質問には……」

「あぁ、無理に聞くつもりは無いから。気にしないでくれ」

「はい」


 商売もそうだが、営業形態や組織構造も独自で面白い。商人として是非、経営者に会ってみたいものだが…………やはりこの規模の商会になると、紹介状なしで役員に会うのは不可能のとなる。


「おっ、新サービスか。……見るだけ? ストリップショーみたいなものか??」


 加えて、売春店は商談場所の定番なのでおさえておいて損は無い。もちろん、俺も男なので純粋な興味もあるが。


「しかし酒は出さないのか。本当に、これで儲かるのか?」


 踊り子をツマミに酒を飲む店なら、何度か商談で利用したことはある。しかしそれは高級酒場のサービスであり、それがないのならただの生殺し。わざわざ金を払ってまで見たいとは思わない。


「しかし…………ここの経営者が、そんなバカな事を考えるか? この商売、何か裏があるな」


 宿やその地の料理を食べるのは経験であり、経験は商人の武器になる。そう! これは勉強なのだ。性欲処理を兼ねた。





「この魔道具で観覧できますので、時間になるか、途中退出するさいは返却してください」

「あぁ」


 ――――夜も更け、行商人特区の空き地に、商人たちが自前の馬車を並べていく――――


「なるほど。これなら落ち着いて一人で見られるし、一度に大勢をさばけるから効率もいい。おまけに、劇場でありがちな遠くてよく見えないって問題も解決している」


 ――――料金と引き換えに配られたのは、冒険者が仲間同士で指示を交わすために用いる魔道具。本来この魔道具は双方向通信なのだが、コチラは(クロノが抱え込んだ職人により調整された)一方向の通信に特化した特別仕様となっていた――――


「しかし、本当によくこれだけのアイディアを思いつくものだ。……ん? 隣の舞台が騒がしいな。ん~。(冊子の紹介文を見る限り)とても見たいと思える内容ではないのだが……」


 冊子には大まかな公演内容が記されている。それを見て迷いなくコチラを選んだのだが…………俺としては"あんなもの"を見たいと思うヤツが居ること自体に驚いてしまう。しかし、こうして人が集まっているのだから、つまりは俺の見る目がないって事なのだろう。


『それでは、お時間なのでそろそろ始めます』

『えっと、私は……。……』


 おっと始まった。まぁ、考えてみれば闘技場に近い感覚なのかもしれない。


 ――――演者として初々しい少女が2人、そこに加えてサポート役と思われる女性が1人。公演は受け手と攻め手に分かれており、そこに加えて両者を引きで観察できる3人の視点を自由に切り替えられる――――


『また、ちょっと胸が大きくなったんじゃない?』

『それは、その…………お姉様にいっぱい、揉まれたから……』


 当初は半信半疑だったが、やはり、俺の予想は正しかった。これは実に素晴らし。最高だ。ただ眺めているだけなのに…………いや、ただ眺めていられる! この美しくも尊い光景を!!


「しかし、欠点があるとすれば…………俺の馬車の防音か。なにか、耳栓になりそうなものは……」


 ――――すこし離れた場所から汚い男の悲鳴と、それを面白がる観衆たちの声が漏れ聞こえる――――


「……やめろ…………で男と! そこは…………あ”アァァァァァ!!」




 ――――彼は女性同士のショーを選んだが、中には犯罪者の男を同性愛者の男に襲わせるショーも存在する――――

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