#020 2つの道
「最近、通り魔事件が多発してるらしいんだ。まだ、ウチに被害は無いが…………臭うっていうか、そろそろ危ない気がする」
「あれだけやられて、まだ懲りないか」
スラムを中心に活動していたマフィアは壊滅した。そしてそこに入れ替わる形で俺たちが陣取り、スラムの治安や求職率は跳ね上がった。その、不本意ではあるが、街の者は俺たちの事を"新生マフィア"と認識しているそうだ。
「その、彼らの目的は何なんでしょうか? 金銭目的なら、スラムを襲う必要は、無いと思うんですけど」
「まぁ、半分は私怨というか、メンツを守る為だろうな」
スラムの支配者の入れ替わりに伴って、現在この街は(スラムよりも)街中の方が危険な状態になっている。しかしそれは、浮浪者の生活が改善されたからではない。いや、良くなっているヤツもいるが、それはウチで働く事になった一部の者だけであり、それも就職に伴って住処を変更している。
そう、街中の治安が悪くなっているのは、俺たちに追い出された連中が原因だ。もちろん、拠点や利権を失って大きく弱体化しているものの、それでもこのまま放置すれば、力を蓄え、何処かの段階で反撃してくるだろう。
「利点ならあるさ。街中では大っぴらに拠点を構えるのは難しいし、何より資金源になっていた本格的な裏取引をおこなう場所が確保できる」
「あぁ……」
「今のヤツラは、本当にチンピラ。せこいシノギで細々とやっている感じなんだよな」
高利貸しでも奴隷の仲介でも、案外、悪事には金や場所が必要になる。そしてそれらの犯罪は犯罪率に直接影響しない。つまり犯罪率こそ上がっているが、相対的な危険度はむしろ低下しているのだ。
「それで、どうしますか? もう目ぼしい拠点は既に潰してしまったはずですけど」
「草の根分けて1人ずつ潰していくのは、面倒そうだな~」
「反撃する必要は無い。どうせウチの活動はスラムから離れているし、幾らか返却してやれ」
「「えぇ……」」
どの道俺は、長くこの地に留まるつもりはない。それにウチの活動も、行商人特区が中心になってスラムに拘る必要が無くなっている。もちろん、全てあけわたすつもりは無いが、全域を守るのも手間がかかるので、ここらで活動域を整理するのもいいだろう。
と言うか、ぶっちゃけた話…………もう、スラムに埋もれていた優秀な人材は確保しつくしてしまったので、他はどうでもいい。
「もちろん、直接ウチに仇なすなら徹底的に分からせてやれ。いくら学習能力のないバカでも、首を落とせば思い知るだろう」
「それ、むしろ絶対的に学べないと思うぞ」
「そうかもな」
ともあれ、実のところ主犯は既に判明している。今、マフィアの残党を束ねているのは教会のトップ、"アルコ"神父だ。ヤツは更なる権力を得るために、残党に資金や隠れ家を提供している。それが無ければ、残党はとっくに役人に捕まるか、この街を去っていただろう。
「分かりました。それではその様に調整します」
「あぁ、任せた」
「りょうか~ぃ」
話は逸れるが、早くもアイリスが秘書ポジションに馴染んでいる。アイリスも、どちらかと言えば平和な環境で真っ当に育ったシアン寄りのタイプなのだが、案外、荒事は淡泊に対応している。そのあたり種族的な価値観も影響しているのかもしれないが、コチラとしては思わぬ収獲に助かっている。
*
「うぅ、神よ、私の罪を許したまえ……」
「また神にお祈り? 神は信じていなかったんじゃないの??」
「これは信仰と言うよりは、自分への言い訳や癖みたいなものですから」
――――新たな事業の準備のため、行商人特区を訪れたマゼンダとシアン。2人の性格は真逆に見える部分もあるが、根は子供好きで献身的。シアンから見れば、この街に来て初めて出会った(問題もあるが)人格者であり、気の許せる相手であった――――
「そう。それはいいけど、教会を怖がる子も居るから、口に出すのはお勧めしないかな?」
「そうですね。気をつけます」
――――教会の孤児とスラムの孤児では、どちらが幸せなのか? 衣食住の心配が無いのは前者だが、後者には自由と協力しあえる仲間が居る。クロノは購入した子供にそれほど愛情を注いでいないものの、それでも買われた者は一様に感謝し、孤児院(教会)にトラウマを抱えていた――――
「すんません、この箱は……」
「あぁ、それは裏の倉庫で……。……」
――――クロノが手掛けた事業は好評であり、収益だけみれば現状のままでも安泰だ。しかし彼の最終目標は自分専用のハーレムであり、娼婦を量産するのは意に反する。(ウエイトレスやマネージャーとして雇える人数には限りがある)加えて、付き合いもあって男性の奴隷や孤児も購入・活用する必要に迫られ…………クロノ独自の発想で、新たな事業の準備と開発が進められていた――――
「それじゃあ、クロノのダンナに宜しく伝えといてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「アナタもご苦労様。はい、お茶」
――――作業も一段落し、2人が開店前の店舗で休憩をとる――――
「ありがとうございます。しかしクロノさん、皆さんに慕われていますよね」
「本人は自覚が無いって言うか、社交辞令としか思っていないみたいだけどね」
――――もちろん、クロノの考えや人格を理解できない者は少なからずいる。しかしながら一部の迷える者を救っているのは事実であり、この活動を支えられるほどの賛同者が居るのも事実であった――――
「本当に。もう少し、心を開いてくれても良いと思うんですけど……」
「なに? アナタ、彼と仲良くなりたいの??」
「え? いや、そういう話ではなく!!」
――――揚げ足を取られ、顔を赤く染めて反論するシアン――――
「まぁ、彼に見初められてハーレム入りしたいって子は多いわね。おかげで娼婦希望が減って、商売あがったりだわ~」
「それは職業として体を売るよりも…………楽、でしょうからね」
「「…………」」
――――クロノのもとに集った者には、共通の悩みがあった。それはクロノに着いていくか。そもそもソレに足る能力を見せられるかだ――――
「私には夢があります。1人でも多くの子供を救いたいですし、この地や、教会の今後も気になります」
「彼に着いていけば、ココに残る子や、孤児院を改善するのは出来なくなっちゃうわね」
「はい。分かっているんです。クロノさんに着いていくのが、確実で、合理的だって。でも……」
――――クロノがこの地を離れれば、この街は元の状態に戻ってしまう。そしてハーレムは、シアンが居なくても回るだろう。つまり多くの孤児を救いたいのなら、残るべきなのだ――――
「まぁ、好きな方を選べばいいと思うけど…………私は、彼に着いていくつもり」
「…………」
「もともと、大して救えていなかった。だから彼には感謝しているの。趣味と言うか、自己満足みたいなもの、だったから……」
「「………………」」
――――2人は優しかった。だからこそ悩み、感謝もしていた――――
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