#019 軋轢

「私ならあんな浮浪者よりも良い働きが出来ます! これを見てください! これが彼らに……」

「お引き取りを」

「ぐっ……」


 行商人特区の事業も軌道にのり、必要にかられて(スラムでは無く)商店通りのはずれに事務所を構えたのだが…………さっそく、金の臭いに敏感なヤツが、募集もしていないのに"幹部待遇"での雇用を持ちかけてきた。


 ――――取り付く島もないクロノに対し、渋々引き下がる就職希望者。彼の退室に合わせて、控えていたアイリスとシアンが意見を述べる――――


「その、よかったんですか? あの人、かなりの経歴だったみたいですけど」

「意欲も実力も、その、今の人たちよりも……」

「経歴や意欲なんて、いくらでも取りつくろえる。それにそんなに優秀なら、わざわざウチを訪ねる必要は無いだろう。今後、あの手の輩は門前払いにするように」


 そもそも俺は、実力主義なんてクソ食らえ。信用第一なので、そもそも出来ますアピールをしてくる輩は信用していない。


「はい、分かりました。それで……」

「あぁ、そうだった! それで、クロノさんにお願いがあって」


 来客で有耶無耶になっていたが、もとはシアンの話を聞くために時間を作ったのだ。


 現在シアンは、マゼンダの補佐として孤児の教育と売春事業の補佐を任せている。そして娼婦が使う衣装の管理や事務作業をこの事務所で行っており、俺とアイリスは(他に出来る者が居ないので)事務所中心の生活になってしまった。


「なんだ? メシの件なら……」

「そうじゃなくって! その、皆も頑張っているし、だからご褒美と言うか……」


 相変わらずのお人好し。王都の孤児院は、アピールの為にもオープンで健全な運営だったようだ。くわえて、孤児にも"ランク"がある。教会の花形業務は治癒であり、シアンのような適性者はそれなりに優遇され、幸せに暮らせるようだ。対して全く利用価値のない者は、早い段階で地方に飛ばされ、躾部屋で心を破壊し、都合の良い人形に作り替えられる。


「その皆って言うのは、"選抜組"の事か? それともスラム組も含めてか??」

「出来れば両方で。その、靴とか、使い切りでないものがいいかなって」


 選抜組とは、俺が選んだ見込みのある1軍で、俺やマゼンダの下につき、各種業務を補佐するチームリーダーやエリアマネージャー的なポジションを任せている。


 そう、俺は囲い込んだ孤児や浮浪者を平等には扱っていない。そこは実力主義に見えるかもしれないが、評価の基準は"信用"であり…………将来、ハーレムに連れていくメンバー候補となる。


「それは命にかかわるから、出来ないな」

「えっ?」

「この街の治安を甘く見過ぎだ。それこそ靴を盗むために、足ごと持っていかれるぞ」

「そ、それは……」


 浮浪者の防衛方法は『持たざること』。襲っても得るものが無いから襲われないのであって、それを得てしまえば当然のように襲われる。もちろん、俺の存在があるので多少は襲われにくくなっているだろうが、それでも何も考えていないバカや、本気で俺に喧嘩を売ってくる輩が現れない保証は無い。


「もちろん、アイリスは別だ。俺の奴隷であり、何かあっても守ってやれる距離に置いている」

「は、はい」


 浮浪者は非納税者であり、奴隷と同じく人権の保証はない。しかしながら持ち主の所有物として間接的に権利が保証されている。奴隷持ちは金持ちであり、貴族やそれに近い稼ぎと権利を持っているので、そこらのチンピラも奴隷を襲うのは躊躇する。


「それじゃあ、選抜組だけなら……」

「すでに充分な待遇だと思うぞ?」

「それは……」


 選抜組は衣食住に加え、学びと仕事が保証されている。あくまで家事手伝いなので給料こそ小遣い程度だが、それでも他者に買われた者たちと比べれば、破格の待遇と言えるだろう。


「愛情と言うか、その、ご自身の子供として……」

「アイリスも含めて、俺は性奴隷として彼女たちを買っている。子供として引き取りたいなら、それは頼る相手を間違えているとしか言えないな」

「「…………」」


 俺としても、教育に愛情が必要なのは否定しない。才能や金があっても、心の貧しいヤツに魅力は感じない。しかしソレはあくまで俺の価値観であり、他人に押し付けるつもりは無い。いや、全くの他人とも言い切れないのだが…………俺にとって2軍以下は、他人であり、同僚程度。プライベートまで共有したいとは思えない。


「その、私は貴方が分かりません。悪を憎むものの、正義感はなく、子供を助けるも、深くかかわる事はしない。何と言うか、他者に対して大きな壁を感じます」

「そうか。まぁ、お前の考えを否定するつもりは無い。だから…………お前も俺の考えを害するな。ハッキリ言って目障りだ」

「「…………」」


 シアンは人格者であり、才女である事は認めよう。しかしだからこそ、陰キャである俺としては相容れない部分が多い。ハッキリ言って『良き同僚』止まり。仕事ぶりは信頼できるが、付き合いだしたらソリが合わなさ過ぎて即座に別れるタイプだ。


「まぁ、俺のやり方に文句があるなら…………すこし待てばいい。どうせ俺はこの街を去る予定だ。引き継いだ連中のやり方に口出しするつもりもない」

「「…………」」




 ――――静まりかえる事務所。シアンの言う事ももっともだが、この悪意が満ち溢れる世界ではクロノの非情さも必要となる。表面的には上手くやれている2人だが、見えざる壁は思いのほか強固であった――――

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