#017 領分
「なっ! 止めてください! こんな辱めを受けるなら、死んだ方がマシです!!」
「いや、ソレ、私の普段着なんだけど?」
――――痴女を思わせる装いで現れたのはシアン。場所はクロノたちの拠点であり、その装いは、破かれてしまった修道服の代わりにとマゼンダが用意したものであった――――
「なんだ、意外と似合っているじゃないか。これなら、娼婦と言い張れるな」
「ちょ! クロノさん、私は!!」
とりあえず、問題のシスターは保護した。本来ならば教会に送り返すべきなのだろうが…………殺しの依頼者は教会の誰か。まぁ、まず間違いなくトップは絡んでいるだろうが、具体的なところは不明だ。
「それでご主人様、これからですけど……」
「ひとまずそのシスターは放置でいい」
「「えぇ……」」
一応助けたが、殺されても俺に不都合は無いし、直接的な利益もない。しいて言うなら、街や教会内部のパワーバランスの変動が気になるくらいだ。
「頭は良いんだろ? 子供たちの勉強を見てやってくれ。読み書きや、基本的な算術を」
「え? いや、それは構いま…………いえ! 構います! ここの子供たちも気になりますけど、それよりも教会が!?」
シスターを襲ったのは、壊滅させたマフィアの残党だ。それが教会に組みする形で現れた。教会からしてみれば、荒事を頼める相手なら誰でもよかったのだろうが…………問題は教会の立ち位置が変化しているところにある。
教会も腹の中は真っ黒な組織だが、それでもマフィアや野盗とは性質が大きく異なる。つまり、住み分けがあったのだ。しかしマフィアの崩壊で、いくらかの利権が教会側に流れたのを確認した。マフィアのボスを殺してもお咎めが無かったのはそのため。もともと権力者にとって、ボスの死は都合が良かったのだ。
「気になるのは教会じゃなくて、孤児院だろ?」
「え? それは……」
「孤児院の孤児は、順次、俺が引き取る事になっている」
「え?」
「まぁ、女優先ではあるがな」
「えぇ!??」
準備は着実に進行している。幸いな事にこのスラムは人材の宝庫だった。もちろん、天才と呼べるほどの逸材はマゼンダくらいだったが…………それでも権力や治安の悪さに敗れた優良経験者が、行く当てもなく浮浪者になっていた。もちろん、落伍者であるのは変わらないので不安もあるが、まぁ、その時は入れ替えるまで。替え玉は言葉通り、野垂れ死ぬほどいるので安心だ。
「俺は快適な隠居生活をおくるため、人材を集めている。今、孤児院に居る子供たちも大勢引き取り、ゆくゆくは辺境に土地を買って移り住む予定だ」
「そんな事!? いや、子供だって1人ずつ買っていたら……」
「問題無い、すでに準備は整っている。マゼンダ」
「はぁ~い」
――――クロノの合図でマゼンダが、別室に用意していた衣装の一部を見せる――――
「え? これって……」
「子供用のバニー服だ」
「はい????」
――――理解が追い付かないシアンに対し、クロノとマゼンダは大真面目でやっていた――――
*
「それで、シスター・シアンの死体は、どうなりましたか?」
「そ、それが…………手違いで(死体)掃除屋に回収されてしまって」
――――人気のない教会の片隅。そこには柵越しに言葉を交わす、神父とローブ姿の男の姿があった――――
「それはいけません! 死体は何としてでも回収してください!!」
「そんな、死体くらいで……。それに、死体置き場ならソッチの方が顔がきくんじゃないですか?」
――――ローブの男はマフィアの残党。そして彼は、シアンの暗殺を"成功"と報告していた。もちろん真実は異なるのだが、それでもシアンが表舞台に現れなければ同じ事。いや、それでも1つだけ、問題が出てしまった――――
「そうもいきません。契約では、死体を引き渡してもらう事に、なっていましたよね? それがどんな惨たらしい姿に、なっていても」
「それは、そうなんですが……」
――――残党の予想に反して、神父は死亡確認に固執した。もちろん残党も(顔を潰した)代わりの死体を用意する事も考えたが…………しかしながら『念のための成功確認』程度の認識だったため、嘘がバレた場合のリスクも考え、先の嘘にいきついたのであった――――
「やはり、スラムの荒くれ者に、期待した私がバカでした」
「それは! その、それじゃ、そういう事で」
「待ってください。コチラが報酬です」
「……え?」
――――後金は踏み倒されるものだと思っていた残党が、思わず驚きの声を漏らす――――
「貴方方には、今後も大いに働いてもらわなければなりません。そして我々は、その働きに見合った報酬を、お支払いします」
「えっと、どうも」
――――神父としても、せっかく手に入れた手足をここで失うわけにはいかない。これまではマフィアの領分として不可侵にしていた領域に、今後は踏み入れて、いけるのだから――――
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