#016 収穫

「っう。……こ、ここは?」


 ――――薄暗い廃墟で、シアンの意識が覚醒する――――


「なんだ、起きたのか? 残念だったな」

「へ? ……キャ! ちょっと、これは!??」


 ――――気がつけば衣服は剥ぎ取られ、木箱の上で拘束されている。そして周囲には嫌らしい笑みを浮かべる男たち。世間知らずの生娘でも、この後どうなるのかは容易に想像できる状況だ――――


「さぁ~て、それじゃあ、まずは~」

「おい、後がつかえてるんだ、早く済ませろよ」

「やめてください! 今ならまだ……」

「まだ、何だって言うんだ? 神様だか奇跡だかが起きて、俺たちをどうにかしてくれるってか?」

「それは……」


 私だって分かっている。他はどうか知らないけど、少なくとも私が所属している聖光教会に神や正義は存在しない。お金儲けのために宗教や治癒魔法を利用しているだけ。権力者は崇高な意思を持ち合わせていないし、なんなら奇跡どころか大した魔法すら使えない有様だ。


「おい、それよりも膜を見せろ! シスターなら、当然、処女なんだろ!?」

「やめっ!?」

「おっと、大人しくしておいた方がいいぜ。そうじゃないと…………こうだ!!」

「キャッ!!」


 ――――全力の平手打ちがシアンの頬を赤く染める。あくまで叩いただけなので生命の危機に瀕する事は無いだろうが、それはあくまでこれから楽しむため。最終的な生死の保証にはつながらない――――


 しかし真っ黒に染まった教会でも、存在する意味はある。それは曲がりなりにも孤児を引き取り、病んでいる人を治療する場を提供しているからだ。問題なのは運営であり、そこを正しい方向に導いていければいいのだ。


 だから私は必死で勉強し、魔法を覚え、聖女の称号を得て、更なる高みを目指した。目指したのだが……。


「しっかし、良い体してるな。胸もデカいし。殺しちまうのが……」

「おい、余計な事を!」


 私は非情になれなかった。教会で上を目指すなら、真っ黒な組織に馴染まなくてはならない。大切な孤児院の皆はもちろんのこと、名前も知らない街の人たちでも私は踏み台にする事は出来なかった。だったらせめて、地方でもいいので孤児院を受け持ち、1人でも多くの子供たちを救おうと思った。


「おっと、いけねぇ。素直に言う事を聞いて俺たちに奉仕すれば……」

「もう遅いって」


 しかしながら結果はこの有様。転勤してみれば孤児院にすら入れてもらえず、犯罪者に犯されて死ぬ。確証は無いけど、多分、これは望まれた展開。教会からすれば、正義感を振りかざす私が邪魔で仕方なかったのだろう。


「私は、見ての通りシスターです」

「はぁ? それがどうしたよ??」

「まだ、神様でも信じてるのか?」

「私を襲えば、教会を敵に回す事になるのは、分かりますよね?」

「「…………」」

「ぷっ! 敵って、そもそもお前を襲うよう命令してきたのは……」

「おい! それ以上は!!」


 やっぱりそうだ。あまり嬉しくはないけど、これで彼の世に持っていく土産ができた。


「分かりました。それでは私が死ぬまで、全身全霊でお祈りをしたいと思います」

「「??」」

「あの、クソ神官たちの不幸を」


 ――――男たちの笑いに包まれながら、シアンは祈る。これまで乗り越えてきた苦労や、これから降り注ぐ不幸を、すべて余さず、教会を黒く染め上げてきた権力者に返すために――――


「はぁ、笑った笑った」

「それじゃあ、そろそろお邪魔しま~っす」

「ッ!!」


 ――――股が強引に開かれ、シアンはとっさに視界を逸らす――――


「おい、コッチを見ろよ。お前の初めてを奪う男の顔だ。しっかり覚えておかなきゃな~~」

「ぐゅ……」


 ――――男の手が、シアンの顔を強引に向き直させる。それでも目を閉じていれば見なくても済むのだろうが、反射的に、シアンは見てしまった――――


「せっかくだ、まずはキスから…………ヒデッ!!」

「えっ??」


 ――――突然、眼前を埋め尽くしていた男の顔が…………吹き飛んだ――――


「そこまでだ。全員、首を置いて投降しろ」

「しま!? なんでこの場所が??」

「クソッ! 死神か…………これは、覚悟を決めなくっちゃな」

「ご自由に。結果は、変わらないさ」

「…………」


 ――――千切れた首から鮮血が噴き出し、シアンの白い肌を赤く染め上げる。しかしその展開はあまりにも急であったため、理解が追い付かなかった――――


「おっと、こっちも行き止まりだよ。観念しな」

「くそっ! いつの間に……」


 ――――絶対的な暴力が、更なる暴力に駆逐されていく。男たちもまだ、装備が万全だったなら善戦できたかもしれないが、これから女を犯すため大半が丸腰。いや、それを通り越して下半身を露出し、急所をあらわにした状態であった――――


「た、助けてくれ! 何でもするから!!」

「俺たちは教会に雇われただけなんだ!!」

「聞く前に全部、話してくれるじゃないか」

「当然だ! 俺たちだって好きで…………フベシ!」


 ――――命乞いも空しく、首が乱れ飛ぶ。残念ながらこの場に現れた死神は、慈悲や捕虜と言った言葉を持ち合わせていない――――


「お前たちの戯言に価値や信用が、あると思うか? あるとすれば、首にかかった賞金くらいだ」

「ヒィィ……」


 ――――完全に勝負がついたところで、ようやくシアンが我に返る――――


「えっと、その、助けていただいた……」

「勘違いするな。俺たちはお前を助けに来たわけじゃない」

「へぇ?」


 ――――彼がシアンを救ったのは事実だが、彼はソレを肯定しない。それは彼が正義感を持ち合わせていないのも理由に挙げられるが……――――


「よぉ~し、みんな、首拾いの時間だよ~~」

「「はぁーい!!」」


 ――――地獄に雪崩れ込んでくる子供たち。そこに転がる死体も、シアンの姿も、子供に見せるのは憚られるものであったが…………子供たちの表情は晴れやかであった――――


「え? なんで子供たちが??」

「貴重な収入源だからな。これだけ居れば、賞金も期待できるだろう」

「しょう、きん?」

「おっ! コイツの指輪、高そうじゃない!?」

「そんなの後にしてヨ。受付が閉まるまでに(生首を)持っていかないとダメなんだから」


 ――――子供たちが首や遺留品を拾い集める。そしてその光景が、シアンの記憶と重なる。それは菜園に実った野菜を収穫する様と同じで…………不意に懐かしさと、忘れていた嫌悪感が湧き上がる――――


「うぅ…………オェェぇぇぇえ!!」

「うわっ、キッたね! ネェちゃん、死体くらいで吐くなよな!!」

「うっ、ダメ、ワタシも……」




 ――――子供たちが次々に貰いゲロをしていく。血とゲロが散乱し、死神が闊歩する。それはまさしく地獄であり、シアンはそんな地獄の住人に…………拉致される事となった――――

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