#014 献身
「ねぇ、クロノ"様"!」
「ん? なんだ??」
――――拠点の一室、クロノが1人で資料や権利書に目を通していると、1人の少女が訪ねてきた――――
「その、お願いがあって……」
「そうか。作業しながらで良ければ聞いてやる。そうでないなら……」
「大丈夫! そのままで聞いて」
「そうか」
――――嫌な気配を感じ取り、クロノの口調が若干、他人行儀になる――――
「クロノ様って、ココを出ていっちゃうんだよね?」
「いつかはな」
「その! クロノ様が望む事なら何でもするから、私を、連れていってほしいっていうか……」
「それは、俺が必要だと思えば、その都度声をかけるつもりだ」
何度目だろうか。スラム暮しの少女が就ける職業は、娼婦・冒険者・犯罪者の3択だ。そんな中で俺が、新たな選択肢として現れた。俺のもとで働けばソレラよりも安定した良い生活がおくれる。それこそ俺の嫁になって家に入れば、働かずとも暮らしていけるだろう。
別に、その事自体に問題は無い。俺もハーレム要員や、その環境を整えるための人員を必要としている。コイツも、俺を信頼し、恩を返そうと言う気概があるのは認めよう。しかしそれでも、コイツが信頼できるかは別問題だ。
「そうじゃなくて! その…………私、まだ子供だけど、クロノ様のものに、いや、クロノ様"だけ"のものにしてほしいの!!」
スラムの孤児の良いところは、非情さや勤勉さを持っている点。汚れ仕事でも必要なら文句は言わないし、生きるため協力する事の大切さや、マゼンダの授業の必要性も理解している。
しかし欠点もある。それは…………現実が見えており、金への執着が(年齢のわりに)強い点だ。ハッキリ言って俺は、愛想が無い。まぁ、メシを作ってやっているので、その辺は気に入られているだろうが、それで相手を好きになるか? そもそもそこまで分かり合えるだけのコミュニケーションをとったか? って話だ。
結局コイツは、俺の人となりに惚れ込んで付き従うのではなく、単純に、優良物件が転がってきたから飛びついただけなのだ。だから俺の思想や目標に興味はなく、そのあたりの詮索が後回しになる。そしてこう言うヤツラは…………裕福な生活を体験すると途端に怠惰になり、傲慢になる。もし俺に何かあったら平気で乗り換えるし、何も無くても肥満化やメンヘラ化して害悪を撒き散らす。
「安寧は人を腐らせる」
「え?」
「お前に何か、目標や拘り、あるいは命よりも優先できるものはあるか?」
「え? その、えっと……」
まぁ、俺を頼るほかなかったのはアイリスも同じだが、アイリスは奪われた側。捨てられ、捨てながらココまで来た孤児と違い、家族の温かさや無償の愛を知っている。つまり"献身の心"を持っているのだ。
「
「…………」
――――黙りこくり、静かに部屋を出ていく少女。しかしその顔に、悲しみの涙は浮かばない。何故ならこの行動は打算から来るものであり、悔しさや憤りが勝っていたからだ。しかし、まだ諦めるのは早い。なぜならクロノは、拒絶していないからだ。ココからひた向きに努力し、自分を高めていければ、改めて声がかかる事もあるだろう――――
*
「その、神父様。私の配属の件なのですが……」
「その事ですか。それなら本部に確認をとっているので、今しばらくそのまま働いてください」
――――場所は教会の講堂。そこには掃除道具片手に神父に詰め寄る、若いシスターの姿があった。この街の治安は悪く、特筆するものもない地域なため、人事異動が起こる事は滅多にない。しかしながら中には物好きがおり、何を隠そう、彼女はこの街に志願してやってきた――――
「ですが! 本堂の仕事も掃除ばかり。それならせめて、孤児院の清掃や、何でもいいので子供たちの世話を!!」
「シスター・"シアン"。清掃も立派な仕事です。そしてその役目を守り、互いに……。……」
――――またしても神父の説教が始まってしまう。シスター・シアンは家庭の事情で若くして王都の孤児院に預けられた。つまりは捨て子だ。そのため親と呼べる存在は孤児院の保母であり、孤児に囲まれ、やがては同じ境遇の者たちを助けるべく、保母を目指し、修行に励んだ――――
「……はい。その、出過ぎた発言でした」
「まったく。その様な振舞では、"聖女"の称号が泣きますよ」
――――しかし幸か不幸か、シアンは優秀であった。これがまだ、高貴な血筋であったり、人を統べるに相応しい打算的な性格であったりすれば良かったのだが…………シアンは悲しみと愛に囲まれ、清廉潔白の聖女へと成長してしまった――――
「お言葉ですが、聖女は治療師ではありません。回復魔法の……」
「また言い訳ですか? シスター、貴女は……。……??」
――――聖女とは、最優秀新人賞だ。涙を誘う境遇、そして境遇を跳ね除ける勤勉さと献身。そして教会の主要業務である治癒魔法の才能。そう、シアンは教会の広告の為に担ぎ上げられた存在。しかしながら彼女に、その意向に従う意思は無く、なかば左遷される形であえて経済状況の悪い僻地にやってきた――――
「神父様が何と言おうとも! そこは曲げられません。1人でも多くの子供たちを救うべく、私は……。……!!」
――――保母譲りの頑固さを見せるシアン。彼女は間違いなく、聖女の資質を持っている。しかし、それを必要とされるかは別問題であり、彼女は無駄に理想の高い厄介者として、ここでも爪弾きにされていた――――
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