#013 モグリの実情

「手の角度は、こうッ! そこっ! もっと(股を)開いて!!」

「もう、これ以上は……」

「M字開脚は基本よ! 柔軟は怠らないように!!」

「「はい!」」


 ――――スラム街の一画にあるモグリの拠点。ここではスラムに流れ着いた少女を保護し、仕事の斡旋と娼婦の技術向上のため、マゼンダが教鞭を振るっている――――


「ほら、メシが出来たぞ」

「もうそんな時間? それじゃあ、ゴハンにしましょうか」

「「やったぁ~~」」


 ――――クロノが食事を運び入れ、少女たちがソレに群がる。普段は娼婦(見習いも含む)として、青春と体を犠牲にしている彼女たちだが、その姿には年相応のものが感じ取れた――――


「うぅ、まさか、ここまで大変だったとは」

「でも、なかなか見込みはあると思うわよ」

「いや、褒められても……」


 意外ではあるが、アイリスとマゼンダは上手くやっている。同じ精霊系って言うのもあるのだろうが、アイリスはスラムの事情や娼婦の仕事に理解を示しており、マゼンダも仲間思いで(尻軽ではあるが)好感が持てる性格だ。


「クロノさん。こっちも……」

「ワタシも、ワタシも!」

「あぁ、安心しろ。多めに用意してあるから」

「その、ありがとうござい、ます」

「アリガトー」


 かく言う俺も、スラムの子供には好感を持てている。もちろん、信用できるかと言われれば微妙な部分もあるが…………生きるだけでも命懸けの環境で、ちゃんと苦労していると言うか、危機感と感謝、そして向上心を持てているのは良いことだ。


「ふふっ、モテモテね。これなら…………この子たちの開通もスムーズに出来そうね」

「開通って、何の話ですか?」

「それはもちろん、バージンろ……」

「わぁ! もう、分かりましたから!!」


 ――――頬を赤らめつつもマゼンダの口を塞ぐアイリス。アイリスはクロノの性奴隷として、マゼンダの講義を受け、羞恥心もある程度薄れてきたものの…………近まる実践の日を意識し、過剰反応してしまう部分があった――――


「いいから、さっさと食え」

「あっ、すいません」

「アハハッ、ごめんなさい。しかし、本当に凄いわね。まさか、"死神"に料理の才能があったなんて」

「自炊出来ない冒険者は居ない」


 死神ってのは、冒険者としての俺の通り名だ。活動に不都合があるので迷惑していたが…………これは周囲の連中が勝手に決めるものであり、俺もソレに見合う行動をとっていたので結局どうにもならなかった。


「でも、私も凄いと思います。本当に」

「皆にも好評だし、何より、日に日に体調がよくなっているみたいで、本当に助かっているわ」


 俺が用意したのはクリームシチューと出来合いの黒パン。やっている事は野菜スープに小麦粉とミルクでトロみをつけただけ。本当はカレーを作りたかったのだが、香辛料が用意できなかったのでコチラになった。


 しかしこの世界では、簡単な料理でも何かと賞賛される。自分的には『早い・安い・簡単を重視した男料理』のつもりなのだが…………それでも日本人の知識や価値観は、この世界の一般的な料理人を凌駕し、『王宮料理人に匹敵する』とまで言われてしまう。


 いや、この世界と言うか、地球でも『日本人の食への拘りは異常』と言われていたが。


「こんなもの、覚えてしまえば誰でも作れる。感謝したいのなら、覚えて代わりに作ってくれ」

「それはそれ。私は稼ぐから…………アナタは家事を、お・ね・が・いっ」

「嫁ズラするな、このビッチ」

「…………」


 ――――マゼンダの投げキッスを、冷静に叩き落とすクロノ。その流れは夫婦漫才の空気感であり、アイリスはソレを見て複雑な表情を浮かべてしまう――――


「ふふふ、残念でした。私は娼婦としての自分に誇りを持っているから…………ビッチは! 誉め言葉にしかならないわ」

「あっそ」


 マゼンダの講義は、もとは俺が潰したBBAの指示だったそうだ。金のため、娼婦を量産するためにマゼンダに命令して、孤児の少女を次々と娼婦にした。それは一般常識からすると悪い事なのだろうが…………こうして持たざる者であるスラムの孤児に、教育と仕事を与えている事自体は善行であり、マゼンダから悪意は感じない。


「えっと! 午後は、午後の予定は、どうしましょう!?」

「ん? あぁ、今日も"淫紋"の刻印かな」


 淫紋とは、下腹部に刻む魔術刻印で、避妊などの効果を付与できる。これは魔術師に頼むと高くつくので、モグリは妊娠のリスクを理解しながらも省いてしまうのだが…………俺はハーレムを作るにあたって必要になるので習得した。


 まぁ、出来るからと言ってタダで刻印するのは魔術師ギルド的には禁忌なのだが、今回は囲っている孤児だけなのでセーフ。それに金銭はもらっていなくとも、土地や人材的利益は充分得ている。


「そっちも、本当に助かるわ。でも、本当にタダで良かったの? これ、かなりのグレードよね」

「問題無い。それに見合ったものは返してもらっているからな」


 当初の予定では宿に泊まり、ハーレム要員の増加に伴って借りる部屋を大きくする予定だったが…………マフィアが確保していた物件を格安で入手できたため、そのあたりの問題は一気に解決できてしまった。孤児の少女も、マゼンダが勝手に集めてくれるので、あとはそこから見込みのある娘に声をかけるだけ。簡単で金もかからない。


「グレードって、淫紋に違いがあるんですか?」

「ん~、基本は避妊なんだけど、濡れやすくするとか、負担を軽減するとか、効果を追加していくと料金が跳ね上がるのよ。(モグリは無しで)安い娼館だと避妊だけ。高級店だと基本は2つで、売れっ子だと3つって人も居るかな? でも、この淫紋は5つ。5つなんて、出来る人がいる事自体、知らなかったわ」

「淫紋を学ぶ魔術師は、エリートコースから脱落した落ちこぼれの集まりだ。それ以上出来るなら、もっと華々しくて稼げる道が、いくらでもあるからな」

「そんな! 三大欲求である性欲を、何だと思っているんですか!!」


 ――――わりと本気でキレるマゼンダ。彼女は捨て子であり、出生は本人も知らないのだが…………どうやら淫魔の血が混じっているらしく、倫理観や体のつくりはソチラ寄りとなっている――――


「その意見には、俺も同意だな」

「えぇ……」

「しかし、淫紋はあくまで補助だ。過信せず、無茶な営業や、体の安売りは控えろ」

「それは……」


 ――――もちろん彼女たちも、娼婦の仕事がハイリスクであるのは理解している。しかし生きていくため、"安くても"奉仕しなければいけない。この世界では、未成年の売春は稼げない。それは発育が不充分であると同時に、足元を見られやすい立場にあるためだ。中には、一口の食べ残しでも構わず体を売る者までいる始末――――


「難しいのは分かっている。出来る部分は俺も協力してやるから、出来るだけ…………自分を、大切にしろ」

「はい」




 ――――マゼンダをはじめとするスラムの少女にとって、クロノの存在は、早くも掛け替えのないものになっていた――――

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