#011 罪と罰

「ひっ、ぐふ…………その、すいま、せん」

「気にするな」


 ――――彼は武骨なその手で、少女の背中を優しくさする――――


「さてお前たち。この落とし前は、どうつけてくれるんだ?」

「ぐっ、それは……」


 ――――この一件、言ってしまえば部下の不始末だ。根本的な治安の悪さもあり好き放題やっていたら、とんでもない相手に喧嘩を売ってしまった――――


「俺も鬼じゃない」

「えっ!?」

「黙れバカ。選ばせてやる。全員、自分のイチモツを斬り落とせ。そうすれば命ばかりは見逃してやる」

「なっ! ふざけんな!!」

「嫌なら死ね。お前たちも、ヘマをした部下や客を、今まで散々シメてきたんだろ?」

「それは……」


 ――――余所者に言われるのはシャクだが、実際のところ彼らは部下でも平然と殺してきた。中には拷問でイチモツを切り落とし、それを肛門に詰めた事もある――――


「ほら! 師匠が珍しく慈悲をくれたんだ! さっさと斬り落としな!!」

「珍しくは余計だ」


 まぁ、皆殺しにしても良いのだが、これでもコイツラは街を仕切るマフィア。パワーバランスが崩れることで何が起きるか予測できない。


「グッ…………こんな事をして、ただで済むと思うなよ」

「領主にでも、顔が利くって話か?」

「そ、そうだ。俺は……」

「そりゃ、街を仕切っているマフィアなら権力者と通じているだろうな。まぁ、泣きつきたければ好きにすればいい。助けるどころか、口封じされるのがオチだと思うが」

「ぐっ、それは……」


 領主に泣きつかれるのは実際のところ困るのだが、その場合は領地を出るだけ。それ以上に何かされるほど俺の名前は軽くない。ともあれ、実のところ俺も本気ではない。悪党との交渉の基本は『いかに自分を高く見せるか』。報復なんて考えないよう、しっかり恐怖を刻み付けておく必要がある。


「……せない」

「「??」」

「ゆる、せない!」


 ――――重い空気が立ち込めるその場に、少女が怒りを乗せた言葉を放つ――――


「たしかに、コイツラは生かす価値の無いクズだな」

「まぁ、そうっすね」

「「ぐっ……」」

「コイツラ! コイツラが…………私の家族を! 村の皆を……」

「はぁ? なんで俺たちが!??」

「なに言ってんだこのガキ!? 俺たちは関係無いぞ!!」


 妙な話になってきた。コイツラの言う通り、マフィアと奴隷狩りは別組織のはずだ。


「私、見た! この人たちが…………私たちを奴隷にした黒幕!!」

「違う、それは! むしろ俺たちはお前の仇を……。……!!」


 ――――実のところ少女の仇は、すでに死んでいた。奴隷狩りはその後、奴隷を売却するためにこの街の仲介業者を訪ねた。しかしながら持ち込まれた奴隷の数は予定数を割っており、状態も酷いものだった。そのためマフィアは…………奴隷狩りを皆殺しにして、代金を踏み倒したのだ――――


「なるほど。事情は理解した」

「それじゃあ!」


 ――――マフィアが彼に期待の眼差しを向ける。仇の件が無くなってもイチモツの問題が残っているのだが、それでも酌量の余地となるものはアピールせざるを得ない――――


「悪いがお前」

「はぁ?」


 ――――彼がの視線が、マフィアのボスへと向けられる――――


「ちょっとこの娘の為に死んでくれ。そうすれば気持ちの整理を"つけやすくなる"はずだ」

「はぁあああ!???」


 ――――理不尽な理由で言い渡される死刑。彼はボスが直接関係していないことを理解したうえで、"代理人"として殺すというのだ――――


「そこのバカは…………お前と同じで賊に家族を殺された。それで仇討ちの為に剣を取ったんだが……」

「「…………」」

「しかし仇討ちってのは、なかなかどうして終わりが見えない。何せ世の中、色々なものが繋がっていて、実行犯だの黒幕だのと、調べ出したらキリなく色々出てくるんだ」


 アニメだと分かりやすい黒幕が居て、それを倒したらハッピーエンド。しかしながら現実はそうもいかない。今回の一件で言えば…………実行犯である奴隷狩り本人。そして彼らに金を渡す仲介業者たちに、奴隷商や顧客。そしてその仕組みを管理する役人に、奴隷制度を認める国や国民。


 あえてアニメで例えるなら、問題なのは『誰をラスボスにするか?』だ。手っ取り早いのは、直接の犯人である奴隷狩りになるのだが…………すでに退場しており、物語をしめくくるには物足りない。そうなると次は、非合法の奴隷を買い合法化ロンダリングしている仲介業者マフィアとなる。


「ほら、コレ」

「えっ?」


 ――――おもむろに彼が、少女に短剣を渡す――――


「後悔しないよう、納得できる終わり方を選べ」

「…………」


 未成年の少女に、仇とは言え人殺しをさせる。社会通念上の問題があるのは理解しているが…………しかしながら俺は、復讐肯定派だ。


「待ってくれ! 無関係だって理解したんだろ!? それなら……」

「黙れ!!」

「ヒィ!?」


 ――――凍てつく一声がボスを黙らせる――――


 『殺しても何も解決しない。一生かけて償わせる』みたいな綺麗事はクソ食らえ。反省や精神がどうとかって問題も正直どうでもいい。そもそもそれで仇が改心したとして、それで晴れやかな気持ちになるか? 正直俺は『気持ち悪い』としか思えない。


 結局のところ求めているのは"罰"であって償いではない。罪人にあえて手間暇かけて改心をうながし、償わせるよりも…………さっくり殺してその分の手間暇をもっと有意義に使う方が、よっぽど建設的で確実に世の中を良くできる。と、俺は思っている。


「できるか?」

「……………………はい!」


 ――――少女の瞳に決意が宿る。正直なところ少女も、ボスの話を聞き、揺らぐ部分はあった。しかしながら彼が言う通り、憂いを背負ったまま前に進むのも辛い話――――


「それじゃあ……」

「待ってくれ! 欲しいものなら何でも……」

「黙れ!」

「「…………」」


 ――――あっさり気絶させられるボス。取り巻きは、その光景をただただ静観する――――





「…………」


 ついに私は、仇討ちを成し遂げた。


 しかし、なんだろう。思っていたよりも釈然としないというか…………人を殺した嫌悪感がせめぎ合って、よく分からない感じだ。


「もう、いいだろう」

「え? あ、はい。……あれ??」


 掴んだ短剣が、手から離れない。自分では落ち着いているつもりなのだが…………どうにも体はそうでもないらしい。


「目を閉じ、深呼吸をしながら額の感触に集中しろ」

「はい」

「「…………」」


 ――――彼の手が少女の視界を妨げる。しばらくすると…………カランッと音をたて、短剣が地面に落ちた――――


「もう、良さそうだな」

「あっ……」


 ――――離れていく手に、思わず少女は切ない声を漏らしてしまう――――


「さぁ、選べ。死ぬか、斬り落とすかを」

「「ぐぅ……」」


 ――――少女の仇討ちも終わり、彼は残ったマフィアに決断を迫る。その光景はあまりにも残酷で、どちらが悪人か分からなくなるほどだ――――


「この娘を頼む」

「あいよ!」

「あっ…………はい」


 ――――悪党がすすり泣き、自身のイチモツを斬り落とす。そんな地獄の片隅で、女剣士が少女に語り掛ける――――


「ふっ、憑きモノがおちた顔になったね」

「え? そうですか??」


 自分では分からないが、そう見えたのならそうなのだろう。あまりにも急な展開だったけど…………私の手は、ちゃんとあの時の感覚を覚えている。これがあれば、あの悪夢も振り払えるだろう。


「ちょっと、羨ましいよ」

「そう…………ですよね」


 同じ境遇の先輩。私は幸いな事に、早々に解決できたが…………あれ?


「ん? どうかしたかい??」

「いや、それが…………ふふっ、あははははっ」

「「????」」


 ――――笑いだす少女。突然の出来事に彼も振り返る――――


「もう、ぜんぜん、終わってないじゃないですか!」

「え? そうなの??」


 考えてみれば私、奴隷としてご主人様に買われたんだった。


「ご主人様!」

「え? あぁ、なんだ??」

「私の名前! 私の名前は"アイリス"です。ちゃんと、覚えてくださいね!!」

「お、おぉ。そういえば自己紹介、まだだったな。俺は"クロノ"だ」

「はい!」




 こうして私の復讐劇は終わり、奴隷としての人生が始まった。しかもご主人様は平然と人を殺す危険人物。本来ならば絶望するべきところなのだろうけど…………不思議と私の心は、晴れやかだった。

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