#010 実力差

「その頭は飾りか? まったく」

「ボス、そろそろ」

「あぁ、わかっている」


 ――――話も一段落つき、ボスとその取り巻きが現場を引き上げはじめる――――


「先生。先生もコチラに」

「なんだい? コレからってトコロじゃないか」

「先生には、本部やボスの守りをお願いしたいので」


 ――――最高戦力である女剣士を下げてしまうマフィア。なぜなら相手が素直に取引に応じる保証は無く、それこそ本部が襲われ、ボスが人質に取られる事態も想定されるからだ。そうなれば取引どころか、組織自体が終わってしまう――――


「ふぅ~ん。それならなおの事、残った方がイイと、思うけどね~」

「「??」」


 ――――この場でただ一人、女剣士は気づいていた。先ほどよりも血の臭いが…………濃くなっている事を――――


「なんだ、田舎マフィアと侮っていたら、骨の有りそうなヤツも居るじゃないか」

「「!!?」」


 ――――何食わぬ顔で話に混じってきたのは、渦中の冒険者。組織の者が厳重に包囲する倉庫内に、彼は気軽な雰囲気であらわれた――――


「おっと、これはお早いお着きで。ところで、迎えの者は?」

「ん? あぁ、なんか安っぽいチンピラに絡まれたな。迎えを頼むなら、もう少し人選を考えた方が良いぞ」

「それは失礼」


 ――――冷静に対応するボス。しかしながらその心の内は、最大限の警戒と策謀を巡らせていた――――


「くそっ! 見張りの連中はどうした!?」

「ん? あぁ、外にいた連中なら、みんな寝ていたぞ」

「なっ!? そんなわけ……」

「落ち着け。まったく、予想していたパターンの中で、"最悪"を引き当ててしまったようだ」


 ――――ボスが静かに片手を掲げ、取り巻きがボスを守る体制を整える――――


「悪いがその娘を返してもらえないか? ソレは、俺が買った奴隷なんだ」

「そのようで。そこで、1つ我々と取引をしませんか?」

「…………」


 ――――予想外の事態ではあったが、幸か不幸か、この場には組織のトップが居る。当初は身代金を要求する予定であったが…………相手はマフィアに単騎で攻め込む猛者。人質は健在であり、まだ勝機は残っているものの、ボスは柔軟な対応でこたえる――――


「よければ貴方の商売を、我々にも手伝わせてもらえないでしょうか? こう見えて我々にも様々なコネクションや、自由に動かせる人員があります。悪い話では、無いと思いますよ??」

「ん? 何か勘違いをしていないか? その娘を買ったのは、本当に偶然なんだが」

「ご冗談を。貴方なら他にもっと都合の良い奴隷を、幾らでも買えるでしょう?」

「…………」


 ――――少女は珍しい純潔のエルフだ。しかし状態は最低であり、売れ残り。金銭的に不自由しているのなら分からなくもないが、ここまでの強者があえて選ぶには相応しくない。すなわち…………少女には『一流の冒険者が本気で救おうとする、なんらかの"価値"がある』と、ボスは考えた――――


「我々を警戒する気持ちは分かりますが…………ここはビジネスとして、腹を割って話し合おうじゃありませんか。我々なら、必ず貴方のお役に立てるはずです」


 ――――ともあれ、実のところボスはダメもとであった。ただクエストの一環で立ち寄っただけの街、そこのマフィアのコネに、どれほどの利用価値があるというのか。しかしながらコレで無かった事に出来るのなら儲けもの。ボスはマフィアであるものの、その価値観は"商売人"であり、面子よりも損得や効率を重視する思考の持ち主であった――――


「くだらないな。ビジネスの基本は信用。人質に剣を突き付けた相手を、どうやって信用しろって言うんだ?」

「はぁ~~。ご理解いただけないようで、残念です。おい!」

「武器を捨てろ! このガキがどうなってもいいのか!!」

「うぅ……」


 ――――当初の予定通り、人質を盾に身代金を要求する作戦に切り替わる――――


「本当にバカだな。その娘は、お前たちの"命綱"だぞ。丁重に扱わないと……」

「何をふざけた…………」

「「!!!!??」」


 ――――その刹那、閃光とともに少女を拘束していた男の頭が吹き飛んだ――――


「お前たちは、既に俺の間合いに入っている。生かすも殺すも……」

「先生! そろそろ、お願いします!!」

「ん? あぁ」


 ――――圧倒的な実力差を理解し、ボスは奥の手である用心棒に声をかける。ボスから見てこの2人、レベルが高すぎてどちらが上なのか予想できない。しかしながら勝てなくとも、対等以上に戦ってくれればそれでいい。そうすれば交渉の余地が生まれるのだから――――


「「…………」」


 ――――用心棒が静かに歩み出て、そこにあった木箱を手でなぞる。その空気感は武を極めた者同士が放つ独特のものであり…………周囲の者たちは、ただただ息をのんで見守る事しかできなかった――――


「まったく、楽な仕事だと、思っていたんだけどね~」

「楽な仕事にも、責任と代償は付き纏う。それも込みの料金は、貰っているんだろ?」

「ごもっとも」


 ――――互いに、一瞬で人を屠る技術を有した者たち。凍り付く空気の中で…………先に動いたのは女剣士。彼女はおもむろに懐から短剣を取り出し……――――


「はぁッ!!」

「「!!!!??」」

「どうか、これで勘弁を」


 ――――その刃で自身の左手の薬指を切断し、彼に頭を垂れて差し出した――――


「迷いのない、良い斬り口だ。腕はまだ落ちていないようだな」

「"師匠"も、御変わりないようで」

「「なぁ!!!!」」


 ――――予想外の展開に、誰もが言葉を失う――――





「どうなってるんだ!!」

「すこし、黙っていろ」

「「ヒィ~~」」


 再度、頭を粉砕してギャラリーを黙らせる。これは金属片を魔法で加速させながら飛ばす技。まぁ、簡易式レールガンってところだ。


「相変わらず、お前は変なところで思い切りが良いな。まぁ、これなら俺の(回復)魔法でも何とかなるか。ほら、手を出せ」

「うっす」


 このバカは、半年ほど前に置手紙1つで飛び出していった不肖の弟子。一応、剣の腕"だけ"は一流だが、それ以外、とくに頭脳方面はどうにもならなかった。


「それで、"目的"は達成したのか?」

「それが…………その」

「まぁ、そうだろうと思っていたが」

「「…………」」


 痛みもあり、頬を染め、目を潤ませて俺の治療を受けるバカ。はからずしもプロポーズのような構図になってしまったが…………まぁ、絶望的に殺伐とした状況なのでソレは無いだろう。


「それで、まだ続ける気か?」


 今はバカの治療中。繋げるだけなので時間は掛からないが、それでもチャンスがあるとすればコレが最後だ。


「ぐっ…………俺たちの負けだ。ガキを放せ」

「へ、へい」


 ――――頼みの綱も途切れ、降伏するマフィア。その原因はあまりにも理不尽であったが、それでも不幸中の幸いなのは、相手が余所者であり、裏社会と直接繋がりのない人物である点だろう。ボスは役人に突き出されても、秘密裏に保釈される密約を交わしている。あとは謝罪とともに部下の首を並べ、上手くその展開に誘導するだけだ――――


「すまない。待たせたな」

「うぅ……。う、うぁぁぁぁぁ」




 ――――女剣士の指をつなぎ終え、彼が少女を抱き上げる。感情を殺し、これまで声を抑えてきた少女だが…………彼の胸の内に帰ると、押さえていたものが決壊し、涙がとめどなく零れた――――

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