#008 仲介業者

「このガキにそんな価値、本当にあるんすかねぇ~」

「金銭的な価値とは限らないぜ? 親元に返せば、貴重なマジックアイテムが謝礼として貰えるとか」

「あぁ、相手はエルフだもんな。なるほど、流石アニキ、あったまイイ~」

「…………」


 ――――スラムには、マフィアが取引などに利用する廃倉庫が幾つもある。ここはその1つであり、そこには手足を失った少女を前に、不穏な会話を繰り広げる下っ端の姿があった――――


「しっかし、暇だな~。酒も飲むなって言われているし」

「事が片付くまでの我慢だな」

「そうだ! このガキを味見しても、いいっすよね?」

「そうだなぁ……」

「「…………」」

「ヒィ」


 ――――肯定とも否定ともとれるやり取りに、少女は怯えながらも必死に声を抑える。体は震え、噛み締めた唇からは血がにじむ――――


「ん~、好みでは無いが…………とりあえず、ひん剥いてみるか?」

「そうこなくっちゃ! もし穴が使えそうになかったら、歯を折って口でさせましょお!!」

「クゥ……」


 ――――犯罪者は驚くほど愚かで短絡的、そして何より加減を知らない。だから生き残るには、何よりも刺激しない事が求められる。たとえそれで…………四肢を切断されたとしても――――


「そうだな。とりあえず酒を流し込んで…………って、酒はないんだった」

「それじゃあ、殴って弱らせましょうか?」

「そうだな」

「うぅ……」


 ――――少女の中で様々な思いが渦を巻く。家族を失った悲しみ、犯罪者に対する憎しみと恐怖。そして無力な自分に対する絶望――――


「まったく誰だ? こんなバカを見張りに選んだのは」

「「ボ、ボス!!」」


 ――――そこに現れたのは肥え太ったマフィアのボスと、その取り巻き。本来、このような取引にボスが出向くことは無いのだが、今回は他の用事もあって様子を見に現れた――――


「ち、違うんですこれは! ちょっと大人しくさせるために脅しただけっていうか」

「そうですよ。元気過ぎると、なにかと危険じゃないですか!?」

「危険って、このガキがか?」

「「…………」」


 ――――相手は両足と片腕を失っており、逃走の心配はない。ボスもソレが言い訳なのは理解しているが…………それとは別に、1つ、気づく事があった――――


「なんだ、このまえ仕入れたエルフのガキじゃねぇか。客の客を襲うとか、まったく……」

「え? そうなんですか??」

「…………」


 ――――ボスが頭を抱え、それに反して少女の瞳に小さな炎が灯る。マフィアと奴隷商、そして奴隷狩りはそれぞれ別組織なのだが、それでも同じ裏の組織として繋がりがあり…………仕入れの奴隷狩り、仲介(非合法な手段で入手した奴隷を"表向き"合法奴隷にロンダリングする役目)を担当する各地のマフィア、そして販売を担当する奴隷商と言った構図になっている。つまりマフィアは奴隷狩りに直接関与していないのだが、そんな理屈は当事者にとってはどうでもいい話。同じ仇として恨み、何度も夢に見た相手であった――――


「まぁいい。オマエラ、これは重要な取引で、そのガキはそのブツだ。だからまだ死なれちゃ困るし、商品価値を勝手に落とされても困るんだ。わかるよな?」

「「はい!」」

「まったく、念のため来て正解だった。いいか? 相手は単独だ。ってことは、一人でもやっていけるだけの実力を持ってるって事だ」


 ――――冒険者は普段、人よりもさらに強い魔物と戦っている。そうなると戦闘能力で、街の小悪党がかなうはずもない。だからこその人質であり、ボスに油断は無かった――――


「それはそうですが、コッチには人質もありますし……」

「その話はもういい。俺が来たのは別件だ」

「はぁ……」


 ――――視線が自然と、後ろに控えていた異質な人物に集まる。赤髪の東方風女剣士で、片目は眼帯で覆われているものの、隠しきれないほどの大きな傷跡が顔を横断している。顔や肌の質感はまだまだ若そうに見えるが、放っている気配は歴戦の戦士のソレであった――――


「先生。先生の腕を疑っている訳じゃないが…………コッチも大金を積んで雇っている身だ。雇用主として、ここらでちょっと、腕前を披露してはくれませんかねぇ?」

「「…………」」


 ――――女剣士は、最近マフィアが雇った用心棒であった。口では先生と敬う言葉を選んでいるが、まだボスは彼女を信用しきっていない。今回は、その品定めも兼ねてこの場に連れてきたのだ――――


「ふぅ、仕方ないね。アタシの剣は、そんなに安くないんだが…………まぁ、雇用主様の頼みだ。ちょっとだけ……」


 ――――のらりくらりと用心棒の体が左右に揺れる。酒を持っているのか、チャポチャポと響く水音が妙に印象的だ――――


「もしかしてコイツ、酔っ払ってるんじゃないですか?」

「マジかよ。それなら俺にも……」


 ――――気が緩み、軽口を垂れ流す下っ端2人――――


「酔っている? そうさね、この世の中、シラフじゃとても、渡っていられないからね」

「なんなんだよ、ホント」

「それで、どうだい? アタイの腕は」

「はぁ?」

「何言ってんだ、このおん……」


 ――――次の瞬間、下半身の上に乗った上半身が、その動きについていけずに落下する――――


「え? なんで、いつの…………まに……」

「ハハッ! これは予想以上。良いものを見せてもらった」

「そりゃどうも」


 ――――薄汚れた倉庫の床を、下っ端から零れ落ちた鮮血が広がっていく――――


「…………」





「アンタ、名前は?」

「…………」

「つれないね~。まぁ、仕方ないけどさ」


 ――――人質を見張っていた下っ端に代わり、女剣士が少女を監視する。マフィアのボスたちは現在、隣の部屋でこの後の段取りを話し合っている――――


「「…………」」

「まぁ、やりたいなら止やしないけどさ。さすがに無理じゃないかい?」

「!!?」


 ――――少女の手には、先ほど拾った金属片が隠されていた。それを"凶器"と言うにはあまりにも頼りないが、それでもこの状況では、最善にして唯一の武器であった――――


「ともあれだ、敵討ちってのは早めにやっておくのが良いらしい」

「??」


 ――――先ほどから含んだ言い回しに、少女の関心が引き寄せられていく――――


「せめて、相手がもう少し、分かりやすい相手だったら、良かったんだけどねぇ~」

「????」




 ――――女剣士は裏社会の住人であり、顔色一つ変えずに人を殺す危険人物だ。しかしながらマフィアとは違うものを感じる。そしてなにより、少女にはその独特の雰囲気に覚えがあった――――

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