#006 孤児院

「おい、なんだこのシケた額は?」

「景気が悪くて……。まぁ~、それでも、利子分は用意できたんだから、イイじゃないですか~」


 ――――宿屋の店主が、おしかけて来た強面の男たちに金を渡す――――


「おい、分かってんのか? 利子だけ払っていても、借金は無くならないんだぜ?」

「えぇ、それはもう」


 気に入らないな。コイツ、いつもは利子を払うのも散々ゴネるのに、今回は余裕と言うか、妙にヘラヘラしてやがる。


「いいじゃないですか、アニキ。その方が組織は儲かるんだし、俺たちも早く帰れる」


 相棒は相変わらずの能天気。


 たしかに組織は、借金の"完済"は望んでいない。生かさず殺さず、借金地獄にドップリ長く漬けこむのが目的だ。しかし油断は大敵、時には(夜逃げなどで)踏み倒しを狙ってくるヤツもいる。そうなれば利益もそうだが…………組織の面子は丸つぶれ。ケジメとして俺たちはあの世行き確定だ。


「まぁいい。しかし、変な気は起こすなよ。これは、お前の為を思っての忠告だ」


 バカが浅知恵を働かして自滅するってのは、よくある話。本人の中では完璧な作戦でも、大抵は誰かがもう試していて、対策されている。つまりコイツの考えは失敗するのだ。そうなった場合組織は、『ハイ、残念でした』と水に流して済ませてはくれない。


 俺の勘では、コイツは客の財布に手を付けている。それで上手くいき続けるなら見て見ぬフリをしてやってもいいが…………そんなものは、かならずいつかバレる。そうなればコイツは、怒り狂った冒険者に殺されるか、犯罪者として鉱山送り。借金も同時にパアってわけだ。


「えっと…………その事なんですけど」

「「??」」


 ――――話も終わろうとしていたその時、思いつめた表情の店主が口をひらく――――


「ちょっとした儲け話があって、それで、借金を帳消し…………いやいや! 全部と言わなくても、何割かは減らして貰えないかなって」

「「…………」」


 ――――店主は現在、金払いの良い客を引き当て、手元は潤っている。しかしソレを借金の返済にあててしまえば、手元に残るものは無くなってしまう。それでも借金が完済できるのならまだ良かったのだが、それには到底足りない――――


「まぁ、聞いてやらん事も無いが…………調子に乗るなよ」

「え?」

「つまりオマエは、汚れ仕事の、汚れた部分を俺たちに押し付けようって魂胆なんだろ?」

「えっと、それは……」

「8:2だ。儲けの2割を、借金の返済にあててやる」

「そんなぁ~」


 ――――しかしながら店主からすれば、2割でも失うものは無い。宿に泊まった客が"たまたま"悪党に襲われるだけ。この街では、よくある事だ――――





「お待たせしました。私が当院の院長です」

「院長みずからですか?」

「はい、なにぶん人手不足でして」


 ――――奴隷の少女を宿に残し、彼が訪れたのは教会…………の裏手に併設された孤児院。ここでは身寄りのない子供を引き取り、国や教会本部の援助を受けて育てている――――


「そうですか。それで早速なのですが…………少女を引き取ろうと考えていまして。今日はその下見に来ました」

「なるほど。当院の子供たちは皆、良い子たちばかりですよ。きっと、希望に添える子に巡り合えるかと」


 ――――ともあれソレは表向きの口実。実際には奴隷として取り扱えない年齢の子供を補助金で育て、お布施の形で"自称"里親に販売する…………つまり『子供専門の奴隷商』だ――――





「「……………………」」


 やはり、置いてきて正解だった。


「どうですか? 皆、従順で、扱いやすい子ばかりですよ」


 ――――恐ろしく静かな院内を案内される。見た目こそ日本の幼稚園に似ているが、その空気感は"監獄"。それは厳しい躾の賜物であり、ここでは『我儘を言わない事』が生きていく唯一の手段となっていた――――


「栄養状態は、かなり悪い様に見えますが?」

「そうですね。なかなか予算が下りず、苦労しております。宜しければ、幾らかお布施を頂ければ……」


 ――――子供たちは揃って痩せこけ、虚ろな表情をしている。栄養状態で言えばスラムよりはマシなのだが、精神の健康状態は『それ以下』と言わざるを得ない――――


 院長の身なりからは、肩書に見合うものは感じられない。結局、地方の孤児院なんて教会全体から見れば末端。組織は潤っていても、そこまで降りてくるものは本当に僅かなのだろう。


「そうですね。今後も、院長とは良い関係が築いていければと考えています」

「おお、これは助かります」


 ひとまず手持ちの銭袋をそのまま渡してしまう。もしかしたら着服されるかもしれないが、その時はその時。本家の奴隷商もそうだが、計画の為、この手の組織のコネはあって困らない。


「ところで……」

「はい?」

「噂に聞いたのですが、"躾部屋"ってのは、本当にあるんですか?」

「はい、地下にありますね。ご案内いたしましょうか?」


 悪びれる事無く肯定する院長。


 躾部屋とは、いわゆる拷問室だ。我儘や癇癪など、少しでも騒げば躾部屋に送られ、静かになるまで出られない。そんな生活を繰り返せば、年端もいかない子供でも静かで従順になる。まぁ…………教育と言うよりは、心を破壊しているだけなのだが。


「それはまた後日。時間がある時に、また訪ねます」

「はい、是非。いつでも歓迎しますよ」


 奴隷商と大差ないこの事業は、日本人の感覚で言えば"悪"であり、この院長は悪意をもっている孤児院を運営している事になるのだろうが…………現実は少し違い、ペットブリーダーに近い感覚で運営している。『人はペットじゃない! 同じ人間だ!!』と思ってしまうのは(人種の違いこそあれど)単一人類で自由と平等が尊重される、地球の価値観であり…………この世界は社会構造が根底から違うので、善悪とは別に、その考え方は全く通用しない。


「その……」

「はい?」

「いえ、何でも」




 ――――出かかった言葉を飲み込む。彼の財力を持ってすれば、この場に居る孤児全員を救う事は可能だ。しかしそれはあくまで一時的なもので、つまり"気休め"にすぎない。そこに限られた財力をつぎ込むほど、彼はお人好しでも無ければ、考え無しでもない。彼が目指すのは、あくまで理想郷ハーレムだけなのであった――――

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