#005 頑固職人
「お、覚えていろよ!!」
「「…………」」
――――薄汚れた裏路地で、2人が逃げ去るチンピラの背中を見送る。この街の治安は悪く、昼間でも人通りの少ない路地を行くのは憚られる。ともあれ、それはあくまで一般論だが――――
「怖かったか?」
「うぅ」
「そうか」
相変わらず要領を得ない返事だが、それはともかく、さっそく絡んできたチンピラを返り討ちにした。このあたりの治安が悪いのは聞いていたので、最初は一人で来るつもりだったのだが…………特別、取り乱す様子はない。そのあたり、トラウマにはなっていないのか、あるいはこの程度の相手は対象外なのか。
「宿で待っていても良かったんだぞ?」
「はぃ」
「「…………」」
俺たちは車椅子や松葉杖などの補助器具を購入するべく、工房を訪ねていた。もちろん手足の代わりとなる義体も購入予定で、それには本人も必要になるのだが、そのあたりはオーダーメイドになるのが確定しているので『焦らず良い職人が見つかってから』と考えていた。
「その…………なんだ」
「??」
「自慢じゃないが俺は、女心とかそう言うのを察するのは無理だから、そこは諦めておいてくれ」
「????」
実のところ俺はモテる。もとは忌み嫌われるタイプだったが、それも冒険者として高い評価を受け、一定の稼ぎを得られるようになると一変した。つまり人柄がモテているのではなく、権力や財力部分がモテているのだ。
『人の魅力は(容姿や財力なども含めた)総合評価で決まる』と言う考え方に異論はない。しかしながら、金に恋した者は金を追い求め、金に溺れてしまうのだ。
「欲しいものがあれば言えよ。必要だと判断したら買ってやる」
「はぃ」
「まぁ、無いならいいんだが」
「「…………」」
冒険者は2つに分けられる。1つは体力や性格など、適性があるから成った者。そしてもう1つが『行き場が無いから冒険者になった者』だ。適性は無くとも、冒険者なら誰でも簡単になれる。だから貧しい家に生まれた末娘が冒険者になるパターンは多く、そんな彼女らの目的は"婚活"。冒険者として自分を高める事は二の次で、有望な冒険者をつかまえて寿退社する事を最優先に行動する。
つまるところ、寄ってくる雑魚が多すぎて本命を散らしてしまうのだ。別に金銭目的でも、健気に俺を支えてくれるのならそれでいいのだが。
「その…………邪魔、ですか?」
「抱えて歩くくらい、問題にはならない。俺はダメな時はダメとハッキリ言うタイプだ」
「はぃ」
「「…………」」
――――少女の頭が、彼の側にわずかに倒れる――――
「えっと、ココか?」
「…………」
――――目の前には鉄屑の山に埋もれた店舗らしきもの。新規客を獲得しようとする気概が、全く感じられない店構えだ――――
「すいません、(冒険者)ギルドの紹介で来たんですけど……」
「…………」
「あの~」
「ふん!」
――――小さな体躯に立派な髭と腹。絵に描いたようなドワーフの店主が、来客者を冷たくあしらう――――
どうして精霊種は、こうも排他的なのか。いや、俺も大概だけど。
ともあれ、これは俺の要望に沿ったもの。職人は、商売人型と頑固職人型に分けられるが、俺は前者を全く信用していない。もちろん、安くて汎用的な商品を求めるなら前者なのだが…………どうにもゴマすり商人は生理的に受け付けないので仕方ない。
「この娘用に、車椅子や松葉づえなどを用意したくて」
「ふん! 他を当たりな。ウチは"義体屋"じゃねぇ!!」
――――ひと括りに工房と言っても、それぞれ扱う分野が異なる。この世界には人を襲う魔物が生息していることもあり、大きな街に行けば義体専門の工房もある――――
ごもっとも。しかしこの街に、義体専門店は無いのだから仕方ない。ともあれ問題はソコではない。
「必要な素材があれば探してきます。費用も、仕事に見合った額は払えるつもりです」
「…………」
生粋の職人は、妥協や値切りを嫌う。この店主が心配しているのはソコであり、儲からなくても拘りを優先する職人は信用できる。
「うぅ……」
「すこし疲れたか?」
――――彼に抱えられた少女の表情が曇る。それはまだ体力が完全に戻っていないのもあるが、それよりもこの険悪な雰囲気に罪悪感を感じての事であった――――
「いえ、その……」
「テメー、そこの椅子が見えないのか! さっさと座らせてやれ!!」
「え? あ、はい」
ともあれドワーフは、基本的に無愛想ではあるものの、根は優しい。もちろん例外は幾らでもいるが、店主は見る限り純潔ドワーフで、その傾向が分かりやすく出ているタイプのようだ。
「おいボンクラ! 茶だ! 茶を淹れてこい!!」
「(ひぃ~~)」
――――店主が背にした扉を殴ると、扉の向こうから微かに悲鳴が聞こえる――――
「その子はどうした?」
「欠損奴隷として売り出されていたものを買いました」
「そうか」
「「…………」」
――――この世界の奴隷は合法であり、犯罪者や破産者に社会貢献をさせるための重要な受け皿となっている。しかしながら"奴隷狩り"は非合法であり、少女は分かりやすくその被害者であった――――
「ソケットか? アンカーか??」
「ひとまずソケットで。状態を見て、いけそうならアンカーも……。……」
「??」
――――突然、専門的な話を始める2人。内容を要約すると、橋渡しとなる固定器具を使うか、直接義体を体に固定する方式にするか、と言う話だ――――
「えっと、お茶です」
「「…………」」
「ひっ!」
――――扉をあけ、奥から栗毛の少女が顔を覗かせる。しかし彼女は、周囲の視線を感じると逃げるように去っていった――――
「まったく、娘なんだが…………修行に出した工房に、馴染めなくってな」
「そういうドワーフは、増えていると聞きました」
「らしいな」
「「…………」」
――――話の腰も折れ、お茶をすすりながら何とも言えない雰囲気が漂う。栗毛の少女は見た目こそ少女だが、とうに成人して一度は家を出た。しかしながら内向的な性格が災いして修行先の馴染めず、出戻ることとなった――――
「腕前は、どうなんですか?」
「ん? まぁ、まだまだだが…………見込みは、あ、あると思っている」
――――娘を軽々しく褒めたくないのか、店主は顔を背けながら答える――――
「そうですか。では…………店主の判断でいいので、出来るだけ彼女に作業を任せてもらえないでしょうか?」
「はぁん? いや、それは……」
店主もそうだが俺は、金で動かないドワーフの価値観を評価している。そして何より、俺が望むハーレムの実現には多彩な人材が必要になる。それは性行為の相手だけでなく、インフラを整える人員も含まれる。その点さっきの少女は、閉鎖的な環境をむしろ喜びそうな雰囲気があった。
「問題のないところだけでかまわないので」
「そうか? まぁ、それなら」
「…………」
――――こうして2人は車椅子などの補助器具を注文し、それと合わせてドワーフの職人と知り合った――――
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