#004 脱走

「大丈夫、みんなで力を合わせれば、かならず助かるはずよ」

「そうだよね。どの道ここで何とかしなくちゃ、後なんて無いんだし」


 ――――手足を枷で繋がれた女性の集団。彼女たちは深い森に住まうエルフであり…………奴隷狩りに捕らわれ、森から連れ出されようとしていた――――


「無理だよ。すぐに気づくだろうし…………どうせ村は、もう」

「「…………」」


 ――――奴隷狩りの一団は現在、野営中。見張りとして巡回している者も居るが、幸いな事に彼女たちの見張りは、隠し持った酒を飲んで寝てしまった。残る問題は手足の鉄枷と、それを繋ぐ縄のみ――――


「それは……。でも、森には他の集落もある。会えさえすれば、きっと助けてくれるよ」

「それに森の中なら私たちの方が、絶対に有利なんだから」


 ――――縄は、石を擦り付ければ切断できる。鉄枷の鎖は厄介だが、ひとまず歩けるだけの長さはある。問題は巡回する見張りの目を掻い潜り、逃走を気づかれるまでに何処まで距離を稼げるか――――


「それなら……」

「「??」」

「……いや、何でもない」


 ――――1人が出しかけた言葉を飲み込む。実のところこの作戦、全員で逃げる必要は無い。大勢で動けば当然目立つので、1人が逃げ、助けを呼ぶ選択肢もある。もちろん残った者は罰せられるだろうが、商品である彼女たちが命や純潔を奪われる可能性は低い――――


「大丈夫。もしもの時は、私が時間を稼ぐから」

「それなら、私も!」

「いざとなったら、1人ずつ時間稼ぎをしましょう」


 ――――ともあれ、1人で逃げたところで、逃げ切れる保証も無ければ、助けが間に合う保証も無い。結局のところ運次第であり、ここで議論を長引かせては折角の好機を無駄にしてしまう――――


「みんなで、里に帰ろう」

「「…………」」


 ――――皆の瞳に覚悟が宿る。秘境で閉鎖的な生活を送るエルフも、奴隷の運命は知っている。すでに多くの悲しみを背負った彼女たちには、更なる悲しみに抗う闘志が湧き上がっていた――――





「嘘! なんでこんなに早く!??」

「文句を言っても仕方ないでしょ! 諦めたのなら囮になってよ! そういう話だったでしょ!?」

「嫌よ! ここでアイツラに掴まったら!!」


 ――――逃げ出したはいいものの、あっさり感づかれて追われる彼女たち。地形の問題で大型の檻付き馬車は森に入れられなかったものの、だからこそ奴隷狩りが脱走対策を怠るわけはない――――


「はぁ~ぃ、こっちは行き止まり! 残念でした~」

「「しまっ!?」」

「無駄無駄。追跡の魔法が掛かっているんだよ、お前らにはな」

「「そんな……」」


 ――――完全に包囲され、囮作戦も失敗に終わる。そう、最初から勝機などなかった。奴隷狩りは人の道を外れた半端者の集まりで、粗こそ目立つが…………取り扱っているのは奴隷で、そこには大きな権力と大金が渦巻いている――――


「さて、お仕置きの時間だ」

「ぐへへ……。ちょうどオモチャが壊れちまったところなんだ。なぁ、1人くらい、いいだろ?」

「「ヒィ……」」


 ――――皆の表情が青く染まる。彼女たちはすでに見知った者たちが犯される姿を目の当たりにしている。その行為はとても"性行為"と呼べるものでは無く、ある者は穴が足りないと剣で刺殺され、ある者は歯が全て抜けるまで顔面を殴打されて死に、ある者は犯されながら我が子が八つ裂きにされる様を見せられて発狂死した――――


「ん~、さすがにこれ以上はな……」

「非処女だってそれなりに売れるものを、お前らヤリすぎなんだよ!」

「いや、ボスが一番ヤッていたじゃないですか。それに俺、死体としかやってないんですよ?」


 ――――背後の組織が如何に大きくとも、使い捨てにされる末端の質は知れている。彼らの狩りは成功した。しかしその後の宴でその多くを殺してしまい、もうこれ以上、商品を減らせない状況なのだ――――


「それじゃあ…………爪を剥がして、ついでに髪も引きちぎるくらいにしておきます? それくらいなら、そのうち新しいのが生えてくるでしょ」

「「ヒィ……」」

「そうだな。それじゃあ……」

「まって!!」

「「…………」」

「私たちを唆したのは、コイツなんです!!」

「え!??」


 ――――皆を扇動していたリーダー格の少女が、片腕を失った少女を指差す――――


「エルフと言っても爪や、それこそ髪が伸びるまで相当かかるわ!」

「まぁ、そうだろうな」

「その子なら、もう今更じゃない!?」

「そんな、私は!!」

「煩い役立たず! 私たち、もう終わりなのよ! だったら、せめて、希望にすがるくらい、させてよ……」

「…………」


 ――――見え透いた嘘とともに泣き崩れるリーダー格。その姿を見て片腕の少女は冷静さを取り戻す。たしかに、自分が犠牲になれば仲間を助けられるかもしれない。今でこそ裏切るようなことを言っている彼女だが、それでも村では頼れるお姉さんとして世話になった。そして何より、少女は余りにも多くを失い、心が砕け欠けていた――――


「よし! 見せしめだ。そのガキを押さえろ!!」

「「うっす!!」」

「ひぇ、な、止めて!!」


 ――――片腕の少女が男たちに捕らえられ、服が引き裂かれていく――――


「いいか、その目に、よ~~く、焼き付けておくんだ」

「「…………」」

「逃げ出しても無駄。それでも逃げたいっていうんなら…………こんな足、いらねぇよな??」

「へぇ??」


 ――――奴隷狩りのボスが、子分の腰から斧を奪い取る。少女は輪姦されるものだと思っており、その状況を理解するのに時間を必要とした――――


「まずは、一本だ!!」





「イヤヤァァァァァ!!!!」


 ――――少女が飛び起きる。そこは見慣れた宿の一室であり、体は脂汗でビッショリ濡れていた――――


「え? 夢……」


 ――――見慣れた夢。一時は夢も見られないほど衰弱することで治まったが、体調が戻り、またしても悪夢が彼女を標的にすえたのだ――――


「でも、なんで…………あっ」


 ――――誰も居ない室内を見渡し、少女が悪夢を見た理由、いや『今まで悪夢を見なかった理由』を理解する――――


「1人、だったから」




 ――――彼はまだ、少女の心を完全に救ってはいない。そもそも打ち解け合ってさえいない。しかしながら彼が少女を救ったのは事実であり…………少女の本能は『彼の傍らなら安全』と認識していた――――

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