#002 人間不信の冒険者

 突然だが俺は"人間不信"だ。


 前世では小中高とイジメを受け、バイト先やSNSでも酷い目にあった。それは死んでも変わらず、転生したこの異世界でも利用され、見捨てられ、何度も死にかけた。


「助けてください! あの男に追われていて!!」

「…………」


 ――――胸元をはだけさせた美女が、とつぜん冒険者に抱き着き、助けを求める――――


 ともあれ俺は、アイツラを恨んでこそいるものの…………『アイツラが一方的に悪かった』とは思っていない。いや、思わなくなった。転生し、人生を再スタートした俺には、自分と相手の行動を客観的に分析する余裕と経験数があった。


「アイツ、私にずっと着きま……」

「先に言っておくが、今抜こうとしている銭袋ソレはダミーだぞ」

「チッ! 失敗だ、次にいくよ!!」

「え? あ、あぁ」


 ――――美女が、追手を連れて去っていく。美女の見た目は娼婦を思わせるものであったが、それにしては若干歳がいっており…………追手であった男を連れて歩く様はマフィアを思わせるものであった――――


 結局のところ俺自身が、赤の他人を信じる事も、仲良くなる事も望んでないのだ。だから社会に馴染めるわけもなく、受け入れられたところでソコに幸福は無い。つまり、前世を地獄と感じていたのは『一人だったから』ではなく『社会(能力や財力も含む)が、俺が望む生き方を許容してくれなかった』からだったのだ。


「へへへ、旦那、そうとう腕がたつと見た。よかったら、そのお零れを、ちょっと俺に分けてくれないか?」

「…………」


 ――――見ず知らずの薄汚い男が話しかけてきた。彼は見るからに浮浪者であり、物乞いであった――――


 ともあれ、ソロの冒険者としてそれなりに大成した今でも、俺は俗世を捨てられずにいる。何処かの秘境に籠って1人で生きていく道も考えたし、その実力もあるのだが…………俺は人間不信なだけで、文明や欲望を捨て去ったわけではない。生活環境は便利な方がいいし、人並みに性欲もある。


「旦那、冒険者だろ? それなら携帯食とかあるんだろ? 古いヤツでイイから、この哀れな老いぼれに恵んで……」

「失せろ!」

「ヒィィ~、お助けを~~」


 ――――あっさり逃げ出す浮浪者。実のところ冒険者の懐には、あまった携帯食があった。しかしながらソレを恵んでやる義理は無く、何より恵む事でそれ以降も付き纏われる展開を危惧していた――――


 そんな訳で俺は、夢である『極力他人と関わらずに済む快適な生活』を実現させるため、残された最後の難問である『"絶対"信頼できるパートナー』を求めて、この街にやって来たわけだ。


「いらっしゃい、なにかお探しで?」


 改めて言う。俺は人間不信だ。それも、筋金入りの。そんな俺が考えた秘策は……。


 ――――冒険者が迷うことなくその店に入っていく。その店の看板には"奴隷商"と書かれていた――――





「口は利けるか?」

「…………」


 ――――奴隷を抱え、店から出てきた冒険者。しかし奴隷の反応は驚くほど儚く、猶予のない状態であった――――


「まぁいい。今はその調子で全て受け入れろ。それがお前の仕事だ」

「………………」


 我ながら最低のセリフだ。こんな時、前世で読んだ漫画の主人公なら、粋なセリフと共にアッサリこの娘を救ってみせるのだろう。しかし不器用な俺には、そんな芸当は出来ないし…………何より、簡単に助かってもらっては困る事情がある。


「ソレとソレを貰おう」

「えっと…………まいどあり」


 ――――重傷の少女を抱えた冒険者が、市場で日用品を買い漁る。その光景は異様なものであったが、だからこそ商人は踏み込むことなく淡々と対応していく――――


「部屋を1つ」

「ちょっと、ウチはそう言う宿じゃないんだ。他をあたっておくれ」


 ――――続いて立ち寄ったのは旅人向けの安宿。あまり繁盛しているようには見えないが、だからと言って分かりやすい面倒ごとを抱えた相手を受け入れるほど馬鹿ではない――――


「"コレ"を、1番良い部屋を頼む」

「え!? 本物!? しょ、少々お待ちを!!」


 ――――ともあれ、それも報酬次第。冒険者が見せたのは金色のタグと小金貨1枚。タグは平民が獲得できる身分証の中では最高ランクであり、小金貨はこの宿の半年分の売り上げに匹敵する――――





「……では、自由にお使いください。もし何かあれば、そのベルを鳴らしてもらえれば、いつでも対応できますので!!」

「あぁ、何かあれば使わせてもらおう」


 ――――ほどなくして2階奥の部屋に案内される。部屋はあまり良いものではないが、それでもこの街では上等な部類であった――――


「少し待っていろ」

「…………」


 ――――少女をベッドに寝かせ、買った果実を網でこし、最後に塩を一摘まみ加える。本来なら粥を用意するべきところだが、彼は思惑もあってソレをしなかった――――


「一人で飲めるか?」

「…………」

「焦らず、ゆっくり飲め」

「………………」


 ――――依然として言葉を発しない少女。しかしながら甘いジュースを口に含んだその表情は、僅かにほころんで見えた――――


「お前が俺に服従を誓うのなら、俺はそれに見合うものを与えてやる」

「…………」

「歩けなくてもいい。言いつけを達成できなくてもいい。ただ、俺を信じ、俺に付き従え」

「………………」

「今、答える必要は無い。それを理解する機会は、これからいくらでもある。お前はその時に、改めて選択するだけでいいんだ」

「……………………は”ぃ」


 ――――少女の考えは、まだ纏まっていなかった。しかしながら何かを返さなくてはいけないのは理解しており、出たものが『はい』の一言だった。その声は荒れた喉から放たれ、驚くほど掠れていた――――


「すこし眠れ」




 ――――彼のゴツゴツした手が、少女の視界をそっと塞ぐ。ほどなくして少女の口から、穏やかな吐息が漏れ出した――――

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