07話.[おいおいおーい]

「珠美の前だから嘘をついたというわけじゃなかったんだ」

「ええ、外でたまたま会うことが何回かあってその度に優しくしてくれたから」

「珠美と仲直りしたのにまだ続けているんだね」

「あれは昔からしていることだから」


 今日は私が呼んで彼女には来てもらった。

 十六時頃に呼んだから姉が帰宅するまでぐだぐだになるなんてこともない。

 会話をしつつ過ごしていたら「ただいま」と帰ってきたから覚悟を決める。


「お、今日は高美ちゃんか」

「お姉ちゃ――」

「久瑠美さんに興味を持ちました」


 ありゃ、遮られてしまったどころか先に言われてしまった。

 こうなってしまえば私が受け入れられないとか言う必要はない気がする。


「お? でも、高美ちゃんは珠美ちゃんからの告白を断ったでしょ?」

「あのときとは変わったんです」


 正直、告白をしたということは知っているけどいつしたのかは分からないから何故変わったのかは分からなかった。

 クリスマスに一緒に過ごした相手も同性が好きで別にそう珍しいことではないという認識に変わったからだろうか。


「久瑠美さんはくる子のことを気にしていると珠美から聞きました、それでも諦めたくないです」


 おいおいおーい、やっぱりあの子は余計なことを教えてしまったみたいだ。

 ただだからこそなのか、彼女はやってやるとでも言わんばかりの顔をしている。

 そういう相手がいるからこそ燃えるというタイプなのかもしれない。


「仮に同性を好きになるのだとしても敢えて妹とか姉じゃなくていい、そう高美ちゃんは初対面のときに言ったよね」

「はい」

「ちょっと最近は変だったけど私もそう思う、だから高美ちゃんがいいならいいよ」


 断るつもりだったけどこうして振られるのって本当に嫌だ。

 嫌だから今日は私が借りるべく珠美を呼び出す。

 とはいえ、家に上がらせてもらうのは緊張するから近くの公園まで来てもらった。


「痛っ、な、なによ」

「高美ちゃんを受け入れる際に無駄に振られてさ」

「ああ、まあでもあんたははっきり言おうとしていたんだからいいじゃない」

「よくないよっ」


 というかそんなにすぐに変えるぐらいだったらあんなことするなよという話だ。


「落ち着きなさい」

「やっぱり交代」

「ま、あんたは温かいから私はそれでいいけど」


 とりあえず彼女の頭を撫でて自分を落ち着かせる。

 これから本格的に仲良くしていくならまたあの家から離れてもいい。

 短いとはいえ冬休みだし、いちゃいちゃを見せつけられるぐらいなら三十分増えようが全く問題はないから。

 しかし、そうなると今度は彼女と遊びたいときに時間がかかるというのが気になってしまうわけで……。


「どうすればいいんだろう」

「応援してあげればいいじゃない」

「珠美はいいの?」

「いいわよ、妹が誰かと一緒にいて楽しそうにできているのならそれでね」


 大人だなあ、私も同じようにやらなければならない。


「荷物をまとめて実家に帰るよ」

「私専門のエアコンがなくなると寒いだけだし、どうせ高美もすぐに帰ってこないだろうから私も行こうかな」

「三十分もかかるからやめておいた方がいいよ」

「いいわよ」


 そうか、ならやりたいようにしてもらおう。

 姉の家に移動したらリビングでさかり合っていた――盛り上がっていたから挨拶をしてから荷物を持って外へ。


「高美から聞いたけど二回目なんでしょ? 今度こそ久瑠美さんはあんたのことを呼び戻すことはないわね」

「いいよ」


 私だって大好きな姉が誰かと楽しそうに過ごせているのならそれでいい。

 そこに私はいらないとかいちいち言うつもりはないけど、私は私でやりたいことがあるからこれでいいのだ。

 あっちに戻ったら私でもできる範囲で手伝ったりしようと思う。

 で、この子が暇なときとかにでも一緒に遊べばいい。


「足だけじゃなくて手も温かいわね」

「いいの?」

「いいでしょ」


 大人の対応を心がけているだけでなにも感じていないとかそんなことはないか。

 必死に抑え込んでいるだけだ、なんでと言いたくなるところを彼女はそうやって頑張っている。

 私にはできないことをしているわけだけど、羨ましさよりなんかもったいないと感じていた。


「珠美、いまここには私しかいないんだから正直なところを吐いてよ」

「あんたもしかして私が必死に我慢しているだけとかそんな風に思ってんの? なにも変わらないわよ」

「だから無理しなくてもさ」

「いいから早く歩く、寒いから今日はあんたの家に泊まらせてもらうからね」


 着替えとか歯磨きセットとかないでしょと聞いてみたら「下着と歯ブラシならここにあるわ」と。

 そもそも泊まる前提で出てきていたらしい、それぐらいはしろよと言外にぶつけられている気がする。


「服はあんたのやつを貸しなさい」

「分かった」


 両親に友達がちゃんといることも知ってほしかったからいいか。

 喜んでくれるだろうし、両親も彼女も明るいからすぐに仲良くなれそうだ。

 いや、それどころか仲良くなりすぎてこちらが放置される予感しかしなかった。




「あ、あんたの両親はあんたとか久瑠美さんとは全然違うのね」

「お姉ちゃんも両親寄りだよ」

「戻る機会がなくて疲れたわ、あんたはひとりで部屋に戻るし……」


 優先したいことがあれば娘がいようと放置するふたりだから仕方がない、あとは私が短期間で消えたり現れたりしているというのが影響している。

 親からすればそんなよく分からない存在よりも娘の友達とかといられた方がいいだろう。


「そういえばさっき高美から連絡がきたんだけど」

「うん」

「なんか楽しくやれているみたいね」

「まあそりゃ、本命から受け入れられたようなものだからね」


 最初から彼女と過ごしておけばよかったと後悔したぐらいだ。

 まあ、あの場合はこちらが呼び出していなくても勝手に仲良くやっただろうけど。

 なんか小さな失敗ばかりしている気がする。


「ほいほい、使っていいよ」

「ん、じゃあ休むわ」


 小さな失敗ばかりをしているのにこの子はいつもいてほしいときにいてくれる。

 ただの友達としてでも近くにいてくれることがどれほどありがたいか、感謝しているかをちゃんと分かってくれているだろうか?


「ねえ珠美、キスしていい?」

「駄目、そういう関係じゃないでしょ」

「そっか、じゃあこれからも友達としてはいてね」


 ちゃんと断ってくれてよかった、多分受け入れられていたら変なことになっていたから。

 上半身を起こしておくのが肉体的に厳しくなったから上半身だけ倒す。

 このまま朝まで寝られる自信がある、足は彼女の体温で暖かい。


「なに拗ねてんのよ」

「違うよ、このまま寝てもいいなって思っただけ」

「まあ、もうお風呂には入っているからそうね」

「でも、ちょっと辛いから普通に転んで寝ようか」


 ベッドで一緒に寝るのも特になにも感じなくなってしまった。

 泊まってしまえばお互いにこうなるのは当然みたいな感じになっているから文句を言われることもない。


「正直、妹以外の人間とこうして寝ているのは違和感があるわ」

「まあ、意味深な言い方はやめてよ」

「は? そっちこそふざけるのはやめなさいよ」


 仰向けでも寝られないことはないけど横向きの方が寝られるから彼女とは別の方を向いて目を閉じる。

 前と同じで誰がいようと関係なくすぐに寝られてしまうからすぐに夢の世界へと旅立とうとしたときのこと、背後から抱きしめつつ「くる子」と名前を呼んできたから戻ってきた。


「こっち向いて」

「あ、寝ぼけていたわけじゃなかったんだ」


 向いてみると至って普通の彼女がいた。

 当たり前と言えば当たり前で、変な顔をされていても不安になってくるからこれでいいけど。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


 結局、なにもないまま翌日を迎えた。

 もう冬休みも終わってしまうからこれでいいのかと悩む自分がいたものの、勝手に色々なことはできないから諦める。

 本命に振られた者同士だけど片方は妥協ができないというところなのだろう。

 三が日というわけでもないし、共働きの両親は仕事に行ってしまうのでできればこのまま夕方頃まで一緒にいたかったけどそれさえ無理そうだった。


「おはよ――」

「これでもう帰るわ」

「うん、気をつけて」


 ひとりだからいま頑張っても仕方がないということで家事をする気にもなれない。

 姉の家を出ても実家にいても同じ結果ってなんだろう。

 だけどこうなったら今度こそ家から出ないと決めて引きこもり始める。

 どうせ六日になれば登校しなければならないのだからそれまで大人しくしていればいい。


「にしたってさあ……」


 やはり学校というのはぼっち的にありがたかったのだ。

 少し離れてからでないと気づけないのが私の悪いところだと言える。

 そしていつも通り、気づいたときにはもう遅いというやつだった。




 学校が始まってからは常に落ち着けていた。

 授業を受けて、お昼休みになったら自作のお弁当を食べて、放課後になったら帰る毎日だけど飽きはしない。


「くる子」

「お姉ちゃんとはどう?」

「楽しくできているわ、お仕事が終わる時間も遅くないから毎日集まっているの」


 同性もという考えになったら一気にやる気満々だな、ではなく、姉のことだから受け入れたからにはという考えからだろうか。

 好意を持って近づいている側からすればありがたいことだろう。

 というか、仕事で毎日忙しいのに、疲れているのに時間を割いてくれているとなれば私だったらもっと好きになってしまう。


「久瑠美さんはすぐに頭を撫でてくれるの」

「そっか」

「もっとしてほしいと考えてしまうの」


 な、なんの時間だこれは、惚気けるなら他の人相手にしてほしい。

 珠美相手にするのは可哀想だからクリスマスに一緒に過ごした相手とかどうだろうか、なんてね。

 自慢とかそういうことではないからどうしようもない。


「それなら遠慮なんかしないで直接頼みなさい、考えているだけでは相手に伝わったりしないわよ」

「そうよね」

「本人に直接興味を持ったとか諦めたくないとか言えるなら余裕よ」


 冗談交じりにしか言えない人間からの告白より響いて当然だ。


「くる子達はどうなの?」

「特になにもないわ、だって別に告白をしたわけでもないしね」

「そうなのね」


 廊下にいたのが悪かったか。

 冬休み前まではこうして集まるのが普通だったから彼女達が悪いわけではない。

 ただ、変に離れたりすることもなく存在していた。

 外は晴れだなとか、今日のご飯はなにかなとか考えて時間をつぶせばいい。


「くる子」

「拗ねているわけじゃないからね?」

「は? 別にそんなことを言うために声をかけたわけじゃないけど」


 ならいい、勝手に勘違いされると面倒くさいから避けたいだけだ。

 それよりもあの子はすぐに離れていくな、これなら私が戻ってもなにも問題はなかった気がするぞ……。


「クリスマスもこの前も楽しかったわ」

「うん」

「だからまた行きたくなったら行かせてもらうわ」

「うん」


 そのときまでには姉までとは言わなくてもそれなりにできるようにしておく。

 まだまだ他者に食べてもらえるような物ではないからいつになるのか本人でも分かっていないけどね。

 お菓子とかジュースとかも買って、ふたりで「太っちゃう」とか言いながら食べたり飲んだりするのもいい――とこの前までは思っていたのに……。


「素っ気ないわね」

「まだまだ寒いから元気がないだけだよ、あ、もう戻るね」


 面倒くさい人間だということは自分が一番分かっている、そのときそのときですぐに意見が変わる気分屋なのだ。

 だから少しでも上手くいかないとひとりでいようとして、相手から来てくれたりするとあっという間に変えてその相手といようとする。

 彼女がこういう反応になるのも分かる、そりゃそうだよなあと自分でも言いたくなるところだ。

 理想とかプライドだけは高いからなあ。


「なにぼうっとしてんのよ」

「もうこんな時間か」


 暗く染まりかけている教室が落ち着ける環境でぼけっとしすぎた。

 やはり陰キャラだから暗いところとかそういうのが似合うのだろう。

 別に面白いことでもないのにふっと笑ってから頬杖をつく。


「珠美も残るなら残りなよ、もう帰りたいということなら帰った方がいい」

「あんたは?」

「完全下校時刻まで休んで帰るよ」


 いまは歩いているよりもじっとしていたい。

 あ、それよりも明るい人といたくないのかもしれなかった。

 月明かりでも十分に明るいから月も見えないぐらいがいい。


「なんか本調子じゃないみたいだから残るわ」

「そっか、それならこれをあげる」

「ホッカイロ? ま、ありがと」


 そうして一緒にいるのに全く会話のない不思議な時間が始まった。

 珠美は別の方向を向いたりはせずにじっとこっちを見てきていたけど、長く目を合わせることはできなかった。

 うわーんとか大声を出して泣いていたときみたいになってしまっているな。


「あんた器用ね」

「泣こうと意識したら泣けるんだよ」


 残念ながら女優みたいに片目からだけ! みたいなことはできないけど悲しい気持ちでもないのに涙を流すことはできる。

 そんなことをしてどうするんだと言われたら多分困ってしまう。

 でも、いまはそういう気持ちももしかしたら含まれているのかもしれない。


「やっぱり勢いだけで久瑠美さんから離れたのがよくなかったんじゃない?」

「いや、お姉ちゃんとはあれでいいんだよ、だっていちゃいちゃしているところを見たくないもん。毎回空気を読むことを期待されても困るからね」

「じゃあなんでよ、登下校にかかる時間から?」


 はは、今回もまた自分は関係ないみたいに言うのか。


「そうかもね、ゆっくりしたら一時間どころじゃなくなるからね」


 今回はこちらも大人な対応というやつができたと思う。

 ここで珠美のせいだからとか言ってみろ、絶対に「は? なんでよ」とかなんとかで終わりになるに決まっている。

 それって冗談交じりに告白をしたときと似たような感じになってしまうから駄目なのだ。

 もう真顔で返事をされるのはちょっとね。


「それより足を貸してよ」

「いいよ」


 暗い教室の中でなにをしているのかという話だ。

 だけどこの子は関係ないとばかりに頭を預けて休んでいた。

 目を閉じていて無警戒で、そんなに寝たいならベッドに転んで休めばいいのにと言いたくなる。


「いつもは明るい時間だからなんか新鮮ね」

「うん」

「しかも放課後の教室に残ってこんなことをしているなんてさ」


 と、言われてもこちらはなにかしているわけではない。

 ガン見はされたくないだろうから他の場所を見ているし、触れることもしていないから変なことには該当しない。


「あ、そういえばあんたは転ばなくなったわね」

「ん? ああ」


 あれは……なんだったのだろうか、無自覚にテンションを上げていて落ち着きない人間だったからだろうか。


「ま、いいことよね、あんたも女なんだから傷つかないように気をつけなさい」


 多く転んだら彼女は構ってくれるのかな。

 前も言ったように痛みには耐性があるからとまで考えてすぐに捨てた。

 自分的にもありえない、そんなことをしても呆れられるだけで得はない。

 はぁ、いまのこれは彼女と会わないことでしかなんとかできないのにこのままでは駄目だ。


「ごめん珠美、一週間ぐらい離れてほしい」

「いいわよ」

「うん、だからいまからもう……」

「分かったわ」


 彼女が出ていった後、椅子に座り直してため息をつく。

 正直、一週間ではなく延々とかでよかった。

 他に相手がいなくても高美ちゃんと仲直りができたのだからただの姉妹として仲良くしていけばいい。

 私は傍から見ているだけの人間になろうと思う。

 すぐに上手くはできないだろうけど絶対に上手くやってみせる。

 やはり矛盾しているけど彼女、珠美にだけは迷惑をかけたくなかった。

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