08話.[陰キャラだから]

「さ、一週間が経過したわよ、今度はあんたが私の望みを聞く番ね」


 まさか本当に一週間経過してから近づいて来るとはと驚いていた。

 あとこちらは結局なにも解決していないから来られても困るというのが正直なところだった。


「望みって?」

「私から離れるなってことよ」

「……でも、どうせ変わらないし」

「ん?」


 いやもうね、人といれば変わるということは分かっているけど、彼女といても微妙な気持ちになるから避けたいのだ。


「あ、もしかしてなにもないからそんな感じなの?」

「違うよ」

「じゃあもっとしゃきっとしなさいよ」


 そう言われても困る、彼女でもなく高美ちゃんでもなく違う子と関わらなければどうにもならないから。

 でも、いまから新しい子と関わる気になんかなれないから詰んでいるわけで。


「いつもはすぐに帰ろうとするのに最近はすぐに残ろうとするじゃない」

「暗いところが落ち着くんだよ、島影姉妹と違って陰キャラだから」


 ぐっ、この一週間は必要なとき以外、廊下にも出ないようにしていたのにこれだ。

 言うことを聞いてくれたのだから飽きてほしかった、離れてほしいとか言ってくる人間に呆れてどこかに行ってほしかった。


「もう言うことは聞かないからね」

「私は残っていくけどね」

「駄目、帰るわよ」


 先に自分が言うことを聞いてもらったことが間違いだった。

 彼女が求めることを叶えてからこうして離れるべきだった。

 いや、それだけではなくて一年とか言っておくべきだった。


「ちょ、珠美はあっちでしょ」

「泊まらないけどあんたの家まで付いて行くわ、そうでもしないと『暗いところが好きだから』とか言って外にいかねないから」

「私のことをよく知っているんだね」

「そりゃまあそろそろ三ヶ月になるわけだしね」

「まあ、珠美と違って外で徹夜したりしないけどね」


 都合が悪いことはスルーをして歩いて行く彼女、腕を結構な力で掴まれているから足を止めたところで引きずられるだけだ。


「ねえ、あんた私とそういう関係になりたいわけ?」

「冬だから変になっているだけだよ」

「いまここには私しかいないわよ、言いたいことがあるならはっきり言っておきなさいよ」

「真似しないでよ……」


 彼女が足を止めたから思い切り抱きしめてみた。

 投げやりモードだとこういうことをしやすいからありがたいかもしれない。


「結局そういうことなんじゃない」

「しつこいからこれで離れてもらおうと思っただけ」

「離れることを期待しているのに抱きしめてどこにも行かないようにさせるっておかしいわね」


 離したくないからずっと続けていた。

 喋りたがりの彼女が珍しく黙ったままだったから時間だけが経過していく。

 早く「やめなさい」とか言ってくれないと困る。


「こんな中途半端なところでなにをやっているのかって話よね」

「遠回りだね」

「は?」

「普通に離してって言えばいいのに」

「冷えるだけだからおんぶしてあげるわ」


 おお、力持ちだな彼女は。

 同じぐらいの私を背負ってもふらついたりとかはせずに歩いて行く。

 お姉さんとして高美ちゃんを運んだりしたことで力を得たのかもしれない。


「友達としてはいてねって言っていたくせに矛盾しているわよね」

「なんの話?」

「受け入れてあげるからいつも通りのあんたに戻しなさい」


 うーん、結局これだと構ってちゃんで面倒くさい人間だったから仕方がなくみたいなところがある気がする。

 どうしたものか……って、逃げることもできないから大人しくしているしかない。


「あんた熱いわよ?」

「珠美に興奮して発熱しているんだよ」

「風邪じゃないならいいけど」


 風邪を引けたらどれだけいいか、でも、願ったときに風邪を引けたことは一度もないのだ。


「ふぅ、やっと着いたわね」


 やはり誰かがいてくれているときは三十分とか全く気にならなくなることが分かったけど、だからこそ出てくる感情というのがあって……。

 いまから無理やりにでもいつも通りの自分というやつを出すことはできる。


「……帰ってほしくない」


 極端で馬鹿ですぐに変えるような人間だからこれでいいのか。

 というか、この子がその気にさせたのだから責任を取る必要があるだろう。

 なにもかも私が悪いというわけではないと正当化して頑張っていた。


「え、今日は下着とかがないから嫌よ」

「なんだよー、そのつもりで一緒にいろよー」

「ふっ、今日のところは帰るわ」


 家から離れられてしまったからどうしようもなかった。

 そのため、いつまでもいても仕方がないから家に入るしかなかった。




「お、おはよっ」

「あんた声大きすぎ、ま、おはよう」

「あ、あのさっ」

「だから大きいって、で、なに?」


 勢いで話しかけたのはいいけど言いたいことがなくなってしまった。

 だから大人しく教室に戻って席に着いてゆっくりとする。

 なにか急ぐ必要はないし、今日も授業をちゃんと受けて帰るだけでいい。


「ちょ、なにまったりしてんのよ」

「言いたいこととかなかったなって、こうして珠美がいてくれるならそれで十分なんだよ」

「いつも通りに戻ったのはいいけど……」

「だから珠美も自分がしたいことを優先してよ」


 今日は体育があるからぽんこつぶりをクラスメイトに見せようと思う。

 ここのところの一週間はそういう考えでいたのに何故か上手くいってしまっていて気になっていたのだ。

 悪く言われるどころか褒められることも多くて途中で勘違いしそうになったぐらいだった。

 投げやりモードは本当の私というやつが百パーセント出るからいいのか?


「なんでだ……」


 ならばと投げやりモードをやめた結果も変わらなかった形となる。

 褒められることも悪く言われることもないそんな微妙な時間となった。

 つまりそれは無難に体育をやり切れてしまったことになるわけで、陰キャラには合わない結果となる。


「しかも自作のお弁当もなんかクオリティが上がっているし」

「へえ、美味しいわね」

「なんか珠美に食べられているし」


 調子が狂う、あの失敗ばかりの日々はなんだったのかと言いたくなる。

 まさかこれが恋愛パワーということなのだろうか? もしそうなら私を攻略するのは簡単すぎて笑えてきてしまう。


「今度久瑠美さんに作ってあげなさいよ」

「ま、まだ駄目だよ」

「私にあげられるんだから余裕よ」

「いや、あなたが勝手に食べただけだから……」


 というか、私達の関係はどうなっているのか……。


「珠美、私達って付き合っているの?」

「私が受け入れたんだからそうでしょ」

「告白……していないけど」

「じゃあしなさいよ、受け入れてあげるから」


 え、好き……と言うの恥ずかしいぞ。

 冗談交じりにしか言えない人間に期待する方が間違っているのではないだろうかと目で文句を言ってみたものの、彼女は「早くしなさい」と意地悪だった。


「す、好――」

「分かった分かった、なんかもう心配になるぐらい顔が赤いから告白をしたことにしておけばいいでしょ」


 は、ちょ、なんてことをしてくれているのかっ。

 こういうのが一番ダメージを受けるのに、いま言い終えるところだったのにっ。


「好き! 珠美が好き!」

「ちょ、ちょっとっ」

「同性とか関係なく好きなんだよね!」


 教室だということは分かっているけどこのまま黙るよりも言ってしまった方が精神的に楽だったのだ、だから仕方がない。

 周りの子にはうるさくして申し訳ないから内側でだけ謝っておくことにする、ごめんみんな。


「ふぅ、これで今日も気持ち良く過ごせそうだ」

「って、ひとりですっきりしているんじゃないっ」


 単純だから調子だってすぐに戻っていく。

 相手をしてくれている彼女からすれば振り回されることになるわけだからやっていられないだろうけどね。

 それでも投げやりモードでいるぐらいだったらこのなんとも言えない状態でいる方がいいからなんとか片付けてほしい。

 大体、こういう人間だと分かっているのに「受け入れてあげるから」とか簡単に口にした彼女も悪いのだ。


「ありがとう」

「ま、まあ」

「してほしいことってある?」

「いや、あんたが元気ならそれでいいわ」


 私なら大丈夫だ、風邪を引くこともないから飽きるまでずっと顔を見せてあげられることになる。

 まあ、関係が変わったわけだから悪いこととは言えない。

 私としても誰もいない家でひとり弱っているよりも複数の意味で彼女といられた方がいいから気をつけなければならない。

 で、こういうときに限って風邪を引くというのが私、とはならず、やはり元気いっぱいのまま二月を迎えた。


「はいチョコ」

「なんだ、手作りじゃないのね」

「さすがにまだ無理だよ、でも、愛情がいっぱい込められているから大丈夫」

「おえ、なんか変なの入ってそう……」


 必要な物以外は入っていないから問題ない。

 あといま買ったばかりの物を渡しているから愛情もこもっていない可能性がある。


「私からはこれね」

「あ、だから買わなかったんだ」

「それは間違いよ、もう買ってこうして作っていたから買わなかっただけよ」

「こ、細かいなあ、だけどありがとうっ」


 手作りか、さらっとこうしてできるところをアピールしてくるのだ。

 私もこうさらっと格好いいところを見せつけたいけど、すぐに不安定になる人間にできることなんてなにもないというのが実際のところで。

 ここで抱きしめたところで「あんたのそれは私に触れたいだけでしょ?」と言われて終わりだろうし……。


「高美ちゃんには渡したの?」

「いや? だって久瑠美さんがいるのに必要ないでしょ」

「え、そんな理由で貰えないの?」

「いらないわよ、よし、じゃああんたの家に行くわよ」


 それにしても遠いのによく来てくれるものだ。

 あれからは急に消えたりしないようになっているし、彼女も実は私のことを気に入ってくれているのかもしれない。

 だから私からの告白も面倒くさいからという理由だけで受け入れたわけではないように見えてきた。


「うん、このチョコ美味しいわね」

「値段もそこそこでいいんだよね」


 甘い力に頼りたくなったらこれをよく買って食べている、私の中でこれは屋内で食べるよりも屋外で食べた方が美味しい商品だ。

 一人でぱりぱりと食べていたらなんか青春物語みたいな感じがしてくるのだ。


「くる子、ちょっと来て」

「ん? ん!?」

「ん、まあ少し私には甘すぎたからこうなっても仕方がないわね」


 駄目だ、彼女を驚かせようとしてもそれ以上の力でこちらを黙らせてくるから意味がない。

 むしろなにもしない方が勝手に積極的になってくれるから私的にはいいのではないだろうか、ではない。


「なによその顔、あんたはキスをしたがっていたでしょ?」

「もっといい雰囲気のときじゃないと……」

「あと歯を磨いてからにしたかった?」

「まあね、一応気をつけているけどそのときどうかは分からないし」

「はははっ、あんたも乙女なの」


 ん? 急にばっと違う方を向いてしまった。

 多分見られたくないだろうから意地悪をして顔を見るために移動とかはしない。

 キスがとかではなくてチョコで口内が甘すぎるから水を飲んでなんとかする。


「私、くっそ恥ずかしいことをしたわよね」

「あ、そういうやつ?」

「……つか、私の方がノリノリって感じよね」

「そうかな」


 変わったのは今日のキスぐらいでそれ以外はあくまで普通の彼女だ。

 そのため、ノリノリとか言われてもこういう返しにしかならない。


「と、とにかくあんたは私が作ったチョコを食べなさい」

「あ、そうだね、ご飯を食べた後だともったいないから先に食べさせてもらうよ」


 うん、美味しい、語彙のなさとか気にせずに美味しいから美味しいでいいだろう。

 甘さMAXの先程のお菓子よりも甘さ控えめのこちらの方がいいかもしれない――ではなく、単純に彼女が作ってくれた物だからだろうか。


「美味しかったっ」

「ふっ、それならよかったわ」

「よかった、すぐに戻ってくれて」

「ま、付き合っているならああいうこともするわけだからね」


 うーん、他の男女とかと違ってお互いに好き同士というわけではないけど。

 私は好きだけど彼女的には本命と上手くいかなかったからとか、こちらが面倒くさかったからとかそういうのが含まれている気がする。

 まあ、今回も構ってちゃんになりたくないから言ったりはしない。


「私がその気になったらまたするわ」

「いきなりはやめてね」

「嫌よ、いきなりやるからこそいいんじゃない」


 少なくともご飯を食べた後などはやめてほしいとぶつけておいた。

 察してもらおうとするのは面倒くさい絡み方だと思うからこれがいい。


「私はね、あんたのその余裕そうな顔を滅茶滅茶にしてやりたいのよ」

「この前は真っ赤だったからという理由で告白を止めてきたよね?」

「だからそういう顔が見たいの、そういうのもあってさっきのあれは最高だったわ」


 うわあ、敢えてそういう顔が見たいとかやばい子だ。

 いつもこちらがどうすれば驚くかを考えながらいられるのは困る。

 姉と高美ちゃんみたいに頭を撫でてもらって嬉しかった~みたいな健全で甘い感じがいいというのに。


「健全にいこうよ」

「あんたそんなんじゃキス以上のことをするときにどうすんの?」

「き、……私達には早い話だよ」

「ぷふっ、キスという単語程度を言い切れないなんて初ね」


 いや、そもそもどうして彼女があんなことをできたのかという話になる。

 上手くいかなかったそれをなにかをすることで発散させたかったということなの?


「なによその顔」

「……私は嬉しいけどさ」

「私にとっても同じようなものでしょ」

「え、そうなの?」

「私達は付き合っているのよ? それなら同じでしょ」


 い、いや、付き合っているからって同じとはならない気が……。

 姉のときみたいに優しいからで片付けてしまうのも微妙だろう。

 ただ、何回も食いつくとこれをきっかけに雰囲気が悪く、なんてことになるかもしれないから怖かった。


「あんたがいいから受け入れたんでしょうが」

「そ、そっかっ」

「そういう顔は嫌だからやめて」

「うん」


 多分出やすいからその度にちくりと刺されるだろうけど、なんか逆にこうやって確認できた方がいいのでは……なんてすぐに変わった。


「ごめん、いらない心配をして」

「そうよ」

「次からは頑張るから」

「ま、あんたのできる範囲でいいわよ」


 満面の笑みよりこの若干呆れた感じの笑みの方が好きかもしれない。

 そうやってすぐに怖さよりも他のことが気になり始める人間なのだった。

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