06話.[されすぎだろう]

「あ、そうか」


 クリスマスも終わった、珠美も帰ったとなればまあこうなることは分かっていた。

 学校は私みたいな人間には逆にありがたかったのかもしれない。

 姉は仕事で基本的に夕方頃までいないからずっとひとりだ。

 でも、自分が退屈だからって珠美達を巻き込むのは違うから大人しくしているのが一番だろう。

 それでこうなったら逆に意地でも出てやらないぞと家にこもっていたときのこと、インターホンが連打されて少しだけ出ることになってしまった。


「やっほー……って、もしかして久瑠美の彼女?」

「妹です」

「ほう、久瑠美に妹か! え、学生時代から一緒にいるのに初めて聞いたんだけど」


 まあ、ぐうたら娘のことを嬉々として紹介する人間はいない。

 とりあえず上がってもらって飲み物だけ渡しておく。

 彼氏がいたことも彼氏に振られたことも全て嘘で、本当のところはこの人と付き合っていたのではないかとすぐに浮かんできた。


「姉の友達ということは社会人ということですよね? 今日は平日なのにどうして来られたんですか?」

「私の休みは決まった曜日じゃないからね」

「あ、知っていると思いますけど十七半までは待つことになりますよ」

「うーん、どうしようかなー、あ、妹ちゃんはいま暇? 暇なら遊びに行こうよ」


 自由か、でも、家にいても退屈なのは確かだから付いていくことにした。

 姉の友達なら悪い人ではないはず、こちらとしても時間がつぶせればそれでいい。

 そう考えると意外と悪くないのかもしれなかった。


「ゲーセンに行こうゲーセン」

「いいですよ」


 が、そう言っている割にはゲームセンターがある方角ではなく変な方に向かって歩いている。

 実家から少し離れている場所とはいえ、もうずっと姉の家で過ごしているからここら辺りになにがあるのかは細かく知っているのだ。

 さすがの私でも段々と不安になってきて歩幅がどんどんと小さくなっていった。


「あれ、もしかして警戒されてる感じ?」

「ゲームセンターならあっちなので」

「ああ、いやこっちにも古いけどあるんだよ」


 で、結局彼女が足を止めたのは家の前だった。

 姉の家に来たときみたいにインターホンを鳴らすとこれまた似たような歳の女性が出てきたけど……。


「まさかあたしの家をゲーセンとか言ったんじゃないだろうな?」

「いいじゃん、敢えて古い機種を置いてあるのなんてあなたの家だけなんだから」

「つかこいつは?」

「久瑠美の妹だって、知ってた?」

「いや、知らない。まあいい、入れよ」


 別に普通の家だ、外観も内装も私の家とそう変わらない。

 つまりゲームセンターみたいではないということになるけど、まあやはり姉のことを知っているわけだから気にしないでおこう。


「これから関わる可能性は多分低いから私達のことは白と黒と呼んでよ」

「姉の友達なのに関わる可能性が低いんですか?」


 い、いやいや、疑ってはいけない、ろくに関わったこともないのに勝手に悪い人達判定をしてはならない。

 相手が島影姉妹のときみたいにやらなければね、ちゃんと過ごしてみないと本当のところなんてなにも分からないから。


「ま、あんまり仲良くはないからね、今日行ったのも暇すぎたからでさあ」

「いや、いつもうざ絡みしていたこいつと違ってあたしはちゃんと久瑠美と仲がいいから勘違いしないでくれ」

「姉にうざ絡みなんかしたら冷たくされますよ?」


 私が相手でも容赦がないから続けたとなればこの人は相当すごいことをしたことになる、冷たい顔の姉を想像するだけで冬とか関係なく震えてくるぐらいだ……。


「はは、そうだな、だからこいつは久瑠美によく思われていなかった。だが、こいつは変態でな、冷たくしてくる久瑠美を気に入っちまったんだ」

「だって私Mだしね」

「だからお前も気をつけろ、それと簡単に付いて行ったりするな」

「姉の友達なら悪い人はいないので」


 仮に悪い人との付き合いがあってもこっちにできることはなにもない。


「お前名前は?」

「あ、くる子です、こだけ漢字です」

「いまから昼飯を作るから食べていけ」

「ありがとうございます」


 実は先程朝ご飯を食べたばかりだけどこれも気にしないでおく。

 人が作ってくれるご飯は美味しいから食べられる機会があるなら逃したりしない。


「実は私達、付き合っているんだよね」

「さすがにそれは嘘、ですよね?」

「いやいや、黒に聞いたら分かることだよ」


 すぐそこにいるため聞いてみたら違う方を向きつつ「事実だ」と。

 そりゃそうか、自由に言う人がそこだけなにも言わないなんておかしいから。

 すぐに「ちげえよ」と言わなかった時点で答えが出ていたことになる。


「で、あそこにいる黒さんは久瑠美に告白をして断られてしまったんですよね」

「私も断られました」


 おいおい、姉は同性から告白をされすぎだろう。

 もしかしたらこれから島影姉妹のどちらからかされる可能性もある、ただ、前と違う点は姉の口から仮に冗談でも「同性を好きになろうかな」と聞けたことだ。

 いやほら、協力してあげたくても姉が同性は無理と一貫していたらどうしようもないからだ。


「は? じ、実の姉に告白をしたのか……?」

「冗談交じりにしか言えませんでしたけどね」

「それなのによく一緒にいられているな」

「姉のおかげですよ」


 自分から言っておいてあれだけどご飯作りに集中してほしいからこの話は強制的に終わりにした。


「なるほどねえ」

「ご飯を食べさせてもらったら帰ります」

「うん、ちゃんと家まで送るから安心してよ」


 姉作、島影姉妹作及び珠美作のご飯と同じぐらい美味しかった。

 ひとりで帰れると言っても聞いてくれなかったのが白さんだけど。


「久瑠美には私達が来たことを内緒にしておいてね」

「分かりました」

「じゃあね!」


 なんかよく分からない半日なのだった。




「寒いね」

「それなのにお姉ちゃんにしては珍しいね」

「まあ、たまにはいいかなって」


 成人しているから夜中でも堂々と外に存在していることができる。

 いやまああれか、大晦日だからこそなのは分かっているけど。

 当たり前のように姉の方から手を握ってきたから手を繋いで歩いていた。


「相変わらず人がいないねここ」

「そういえば去年は友達に誘われて行っていたか」

「うん、学生時代からの友達だから誘われると断れなくてね」


 あのふたりのどちらかか、ふたりと行ったというところだろうか。

 少し意外だったのは黒さんが白さんと付き合い始めたことだ。

 無理だったから次へとなるのはなにもおかしくはないけど、どちらがアピールしたのかが気になる。


「お姉ちゃんは同性からモテるんだね」

「くる子からのを含めたら五回ぐらいかな」

「多すぎ、お姉ちゃんの優しさにやられちゃっていたんだね」


 なにもしていないのに何故か告白されてしまうとか考えていそう。

 そういう相談は全くしてくれなかったから白さんが教えてくれていなかったら一生知ることができないままだったかもしれない。

 だから暇という理由からでも家に来てくれてよかった。


「どういう風に断っていたの?」

「単純にごめんと謝るだけかな」

「普通だね、だけどそれぐらいしかやりようがないか」


 もういまとなっては過去に彼氏がいたという情報も正直怪しいから。

 それ関連のことで嘘をついたわけだからこう思ってしまっても私が悪いということではないだろう。


「島影姉妹はいないね、人気な神社に行ったのかな?」

「私達みたいに行かない人だっているから家ですやすやかもよ」

「会えたら話したかったんだけどなあ」


 まだ年が変わるまでに時間はあるから呼び出すことはできる。

 姉が望むなら呼ぶけどと言ったものの、姉は首を振って笑うだけだった。

 姉に告白をして断られた人がしそうな顔だった。


「ねえくる子、私を好きだったときって毎日どんな感じだった?」

「え、そんなのお姉ちゃんと話せるだけでテンションが上がったけど」


 姉のベッドに寝転ぶのは恥ずかしかったからこっそり部屋の床で寝転んで休んだこともある。

 見つからなかったから三回ぐらいそんなことをして、でも、途中で申し訳なくなってそれ以上回数が増えることはなかった。


「お姉ちゃん大好き人間としてはお姉ちゃんから家に来ないかと誘ってもらえて嬉しかった、まあ、だからこその苦しさというのもあったけど」

「あれから一度も言ってきていないよね」

「当たり前だよ、二回振られたら精神が終わっちゃうからね」


 嬉々として振られたい人なんかはいない、言ってはなんだけどいたとしたらその人は歪んでしまっているだけだ。

 別に告白をしたわけでもないのに自衛のために振られた、とかでも嫌だろう。


「もうないの?」

「そりゃあったらこんな平気な顔してお姉ちゃんといられないでしょ」

「だから最近は島影姉妹、特に珠美ちゃんと一緒にいるんだ」

「クリスマスから会えていないけどね」


 連絡先を交換しているけど使用されたことはない。

 携帯を持って待っているとかそんな乙女みたいなことはしていないけど仮にしても無駄に終わるだけだろうな。


「しかも珠美ちゃんは同性もいけるって分かっているもんね」

「お姉ちゃんが仲良くなったときのことを考えて仲良くしているんだよ」

「協力してくれるってこと? いや、そのために一緒にいるとか失礼だからやめて」


 まあ、そうか、確かに姉の言う通りだ。

 そういうところを見破って特に珠美は来ていないのかもしれない。

 でも、私があの子達のためにできることはもうないからなあ。


「もう変わるね」


 人が少ないここでいつまでもいても仕方がないから新年になったら帰ればいい。

 朝までゆっくり寝て、ご飯と味噌汁を食べて体を温めるのだ。

 お節とかは作ったり取り寄せたりはしないからそういうことになる。


「今年もお世話になりました」


 って、姉は違う方を向いて黙っているだけだからなんか恥ずかしくなってきた。

 夜中に一人でぶつぶつと呟いているところを見られたら通報されてしまう。

 姉は反応しないようにしているから傍から見た場合、年の終わりにナンパしているように見えるかもしれないし……。


「今年もよろしく」


 それでも最後までやり切った。

 やはり残っていても風邪を引いてしまうだけだから姉の手を握って歩き始める。

 家まで近い場所でよかった、そうでもなければ気まずい時間を過ごすことになったから。


「お姉ちゃん、家の鍵を開けて……ぇえ!?」

「くる子はあげない」


 無理やりぐいっと引っ張られたせいで関節が外れそうになった。

 あとは抱きしめるにしても勢いが強すぎる、もっと優しくしてもらいたい。


「くる子は私のだから島影姉妹とはちゃんと線を引いて仲良くしてね」

「もっと家事を手伝ったりしろってこと?」

「違う、これからもそれはしなくていい。だけど特に珠美ちゃんのことを好きになってほしくないの」

「あの子はいまでも高美ちゃんのことが好きだから」

「それなら……いや、やっぱり嘘、くる子の自由にしてよ」


 って、自由か、そんなことを言っておいてひとり先に入るなんて。

 仕方がないから私も中に入って朝までゆっくり寝たのだった。




「はい――あ、遅いよ珠美」

「ごめんごめん、ちょっと片づけとかでばたばたしていてね」


 しかもここに来るときも連絡をしないとは、そこで意地を張ったって特に意味はないのだから連絡をしてきてほしかった。


「久瑠美さんは?」

「もう仕事だよ」

「それならよかったわ、なんとなく久瑠美さんがいるときはくる子といづらいから」


 彼女も参加しているときに口数が露骨に減ったりしていたら仕方がないか。

 そもそも私の場合なら相手の姉とか妹とかがいる時点で彼女と似たような反応になることだろう。

 だからまあこれはどうしようもない、家族ではないのだからね。


「今日ここに来た理由は高美とのことを聞いてもらいたかったからよ」

「もしかして本格的に意識するようになったとか?」

「私じゃないけどね」


 そうか、結局そういうことになるのか。


「でも、仕方がないよ。それに言ったでしょ? 私がいるからって」

「あ、そこで引っかかっているわけじゃないのよ、その相手がクリスマスに過ごした子じゃなくて久瑠美さんだから気になっているのよ」


 え? 初対面のあれと謝罪をするためのあれのときしか会っていないのに何故そんなことになるのか。


「実は何回も来ていたとか?」

「ううん、家には二回しか来ていないから」

「外でこそこそ会っていたのかしら」

「え、帰宅時間が急に遅くなるとかそういうこともなかったけどなあ」


 姉の性格ならこそこそしないで堂々と家に連れて行くだろう。

 姉が契約している家なのに遠慮なんかする必要はない、一緒に暮らしている相手がろくに手伝いもしない私となればなおさらそういうことになる。


「嘘じゃなくて本当なら珠美が女の子と付き合っても『気持ち悪い』と言われることがなくなるからいいよね」

「まあ、そうね、言われて気持ちのいいことじゃないからありがたいわ」


 一日のあれがどう響くのか、というところか。

 姉が言ったことを後悔しているとかなら可能性がないわけではない。


「私が行っていない間になにかなかったの?」


 隠していても意味はないからあのときのことを説明しておく。

 彼女は「ほー」とか「へー」とか言っていたものの、全てを説明し終わったら立ち上がって帰ろうとしてきた。


「ちょ、ちょっと」

「高美に諦めなさいと言ってくるわ、このままだと悲しい結果になるだけだから」

「え、いや、本気だったとしても受け入れるつもりはないよ?」

「は? 好きな相手が露骨な反応を見せてくれているのよ?」

「もう捨てたから、まだあったらここで呑気に暮らせていないって」


 そのため帰られても困る、勝手に高美ちゃんに言われても困るのだ。


「あ、もしかして私がいるからってこと?」

「珠美が無理なら無理でいいよ、別に恋をすることだけが全てじゃないからね」


 いますぐどうこうという話でもない、大体、彼女がその気になってくれなければ意味のない話となる。


「へえ、久瑠美さんに協力するために仲良くしているのに?」

「あ……」


 そのことも言ってしまっているから違うと言っても価値はない。

 はぁ、後悔したときにはもう遅いというやつか、まあでもこれも私らしくていい気がした。

 こうやって何度も失敗して活かせていけないのが私だと思うから。


「はは、だけどどうせそれだけじゃないでしょ、私といるときはなんかくる子の素が出てる気がするし」

「ひとりでいいとか考えていたのに結局、すぐに珠美と過ごしていたからね。当たり前のように来てくれる相手には……うん」

「違うとか言わないところがいいわね」


 ただ、弱いから似たようなことをしてしまうのだ。


「高美といるときの久瑠美さんが見たいわね」

「うん」


 私もそこに参加していればはっきりしてくれる。

 冗談ということにしてくれれば、いや、冗談ではなく本気で踏み込んできてもはっきりと断らせてもらうだけか。

 別にあのとき断られたから仕返し、とかではなくて、やはり気持ちは捨てた状態だからどうしようもないのだ。


「この際だから全部話すしかないわね」

「え、勝手に言っちゃっていいの? また高美ちゃんから自由に言われちゃうんじゃないかな……」

「それならそれでいいわ、というかそうでもしないとどんな感じなのか確かめられないから気になるじゃない」


 勢いだけで行動をすると絶対に悪い方に繋がる、でも、彼女が悪く言われることだけは絶対に避けたかった。


「私がお姉ちゃんに言う、珠美は私の部屋にいるか今日はもう帰るか、選んで」

「いやいらないから、私が気になるから言った通りにするの」

「駄目だよ」


 私がはっきり言うためでもある、別に彼女のためにこんなことを口にしているわけではない、が、彼女は「私が言うわ」と全く聞いてくれそうな感じはなかった。

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