05話.[なんでだろうね]

 十二月になった。

 寒さはより酷くなり、珠美が「寒さつっら」と吐く回数も増えた。

 ただ、私の足は気に入っているらしく、空き教室の床に寝転んで休むことも増えていたけど。


「なんであんたってこんなに温かいの? 私専用のエアコンみたいなものじゃない」

「なんでだろうね、あ、珠美に興奮して発熱しているのかもよ?」

「だったらもう少しぐらい顔をなんとかしなさいよ」

「なんて無理だよ。まあ、珠美といるときは安心できるから全てが間違っているというわけじゃないんだけどね」


 ひとりでいるときと誰かといられているときはやはり違う。

 前もそうだけどそういう事実から目を逸らしていても仕方がないため、認めていくしかないわけだ。

 向こうにとっては利用しているだけでもこちらからすれば甘えてもらえているようなものなので、その新鮮さにやられている可能性もあった。


「ねえ、珠美的に私ってありなの?」

「まだそんなの分からないわ」


 現時点だけではなく今後も含めてありえない、とか言ってこないのか。

 なんかこういうところが可愛くてついつい足を貸してしまっている。

 ちょっと痛くなるけど、自然と彼女といられるからその点でいいのだ。


「いやほら、私も同性が好きだからさ」

「やっぱり同性が好きな相手なら誰でもいいんじゃない」

「誰でもいいわけがないよ」


 だけどあれか、仮に姉が本格的に動き出した場合は争うことになるのか。

 もしそうなったら私は戦う前から諦めて見ていることだけに専念する可能性の方が高い、よね。

 だって私が好きな姉が相手だから、さすがに勝てはしないから。


「あまり珠美を独り占めしないで」

「ありゃ、高美もいたのね」

「ずっと廊下から見ていたの」


 忘れていた、彼女を狙うのならこの子も最終的にはライバルになりそうだということを。

 となると、島影姉妹を狙うのはやめておいた方がいいということになる。

 そもそもの話として、私は協力するためにこの姉妹と仲良くしているのだから本気になってしまったら意味がない。

 まあ、人生を楽しく生きる手段として恋が全てというわけではないから我慢すればいいかと片付けた。


「島影姉妹はクリスマス、こう過ごすって決まりはあるの?」


 私と姉はイブにやるけど、二十五日はあくまで普通の日として過ごしている。

 とはいえ、姉妹のどちらかだけでも来てくれるのであればずらしたっていい。

 二人だけではなく三人とか四人でわいわいやるのも悪くないと思う。


「二十四日は家族と過ごすわ、二十五日は誘われたら他で過ごすわね」

「それなら私の家に来なよ、お姉ちゃんがふたりのことを気に入っているんだよね」


 あとついでに自分のためにもなる……って、だいぶ気に入ってしまっているな。

 ひとりぼっちでいたからこそか、当たり前のように来てくれるふたりにもう懐いてしまっている。


「あ、私は誘われていて……」

「あ、そうなの? じゃあ珠美はどう?」

「私はひとりぼっちだからね、それなら久瑠美さんに会いに行こうかな」


 よし、少し残念だけど姉妹どっちも無理、なんてことにならなくてよかった。

 あとはこの話を姉にして、当日になったら色々と買いに行けばいい。

 それにしても高美ちゃんは誰から誘われたのだろうか。

 彼女とは喧嘩したままでクリスマスに一緒に過ごすには無理そうだったから前から予定を入れていたということなのだろうか。


「それより高美、相手って男?」

「いえ、中学生の頃から一緒にいる女の子よ」

「え? 私は知らないけど」

「べ、別にあなたからのは断ってその子からの要求は受け入れたとかではないわよ」

「「慌てるところが怪しい」」


 そこでの心配はない、だってそれなら気持ち悪いなんて言わないだろう。

 彼女も知らないのに中学生の頃から一緒にいるというところが気になるけど、気にしても仕方がないか。


「くる子と久瑠美さんに迷惑をかけないようにね」

「ちょ、私の方が姉なんだけど……」

「でも、馬鹿なことをしたりしたじゃない」


 想像以上にはっきり言っていく。

 自由に告白をされたからやり返しておこうと――それはないか。


「い、一回だけなのに何回も言われるわ……」

「一回だけでも大きく変なことをしたらこうなるのよ」

「く、くる子、妹が苛めてくるんだけど……」

「ま、気にしなくていいよ」


 私としては姉のために動けているわけだから参加してくれるだけで十分だった。

 それと冗談を言い合いつつ仲良くできるのが友達だと思うからなんか嬉しいのだ。

 高美ちゃんはその相手の子と話したいことがあるからと去り、姉の方は依然として私の足を利用していた。


「だけど珠美、クリスマス付近になって無理とか言ったら呪うからね」

「怖いわね、でも、大丈夫よ」

「そっか、それならよかった」


 ちゃんと参加してくれれば当日、こちらのことを全て無視をしてきたとしても許せるから。

 だからそこだけはしっかりしてほしかった。




「メリークリスマース」

「そうだね」

「そうね」


 え、なにこの暗さ、電気を点けていない部屋ぐらい暗いぞ。

 まあでも、ちゃんと珠美が参加してくれたことは感謝しておこうか。


「お姉ちゃんにはこれを、珠美には私の足を貸してあげるよ」

「その前にご飯を食べたい」

「うん、食べよう」


 テンションが低い姉は放置して食べ物を食べさせてもらう。

 一気に温めたからむしろここで「足を貸して」とか言ってこなくてよかった。

 ピザもサラダもチキンもエネルギーのことを考えると恐ろしいけど、クリスマスぐらい気にしなくてもいいということで食べまくっていた。


「で、なんでお姉ちゃんはそんなにローテンションなの?」

「普通だよ、それよりくる子は食べすぎっ」

「だって余らしたらもったいないか――ああ!」


 姉が独占せずに珠美にあげていたから文句も言わずにごちそうさまをする。

 短時間で無理やり詰め込みすぎた、いますぐには動きたくない感じだ。

 だけど寝転ぶとなにかが出そうだったからソファに移動して座って休んでいたら珠美がやって来て当たり前のように足に頭を預けてきた。


「さっきも言ったけど今日は泊まらせてもらうわ」

「それならお風呂に入ってきなよ、後で約束通り貸すから」

「あ、じゃあ入らせてもらうかな」


 相変わらず口数が少ない姉に期待するのは違うから案内をしていく。

 もしかしたら仲良くやろうと意識しすぎて空回りしてしまっている可能性もある。

 もしそうなら姉も可愛いところがあるなと言いたくなるなと内で呟いた。


「シャンプーもボディソープもひとつずつしかないから遠慮しなくていいよ、タオルもここに置いておくからちゃんと拭いて戻ってきて」


 風邪を引いた状態で家に帰したりなんかしたら彼女の意思で参加しているとはいえご家族に、特に高美ちゃんに文句を言わそうだから気をつけてほしい。

 あとやはり友達の苦しそうにしているところを見たくないからでもある。


「ひとりだと私でも気になるからあんたはここにいて」

「別にいいけど、それなら見ていい?」

「湯船につかった後ならね、とりあえず出て」


 なんて、同性の裸を見るような趣味はないから洗面所で大人しくしておこう。

 廊下で待っていたらすぐに呼ばれたから中へ戻った。

 ここも十分広いから壁に背を預けて座っていると、何故か向こうの方から開けてきたという……。


「今更だけどありがとね、あんたのおかげで高美と普通に戻れたから」

「いや、私としては当たり前のように珠美が来てくれていてそれだけでありがたいんだけど」

「じゃあいい関係じゃない、私だってあんたといたいから行っているわけだしさ」

「く、クリスマスだからちょっとおかしいんじゃない?」


 私といたいから行っているとかそんなことは絶対にない。

 彼女にとって魅力的なのは私の足だけ、だから足さえ手に入れば問題はないということになる。

 が「は? なんでよ、私の意思で行っているんだからその通りでしょうが」と彼女はあくまで認めないつもりらしい。


「でも、ちょっと気になることがあるのよね」

「気になること?」


 あくまでいつもの彼女らしく楽しんでいるように気になることとはなんだ……?

 って、待っていれば本人が教えてくれるのにせっかちすぎるか。

 いくら私が考えたところで本人ではないから無駄になるだけ、吐いてくれるまで待つことにしよう。


「それは久瑠美さんよ、だって本来なら二十四日はふたりきりで過ごす予定だったんでしょ? だというのに私が参加することになって今日にずれたから――」

「今日も働いてきたわけだから疲れていただけだよ、珠美が悪いわけじゃないから気にしないで」


 参加しなければよかったとか、高美ちゃんと過ごしたかったとか言われると思っていたけど結果がこれで笑いそうになった。

 確かにあんなにテンションが低い姉は珍しいものの、彼女が参加することは前々から言っていたし、姉も「それならもっと楽しくなるね」と受け入れてくれていたからいいのだ。


「ま、いつも近くにいるあんたがそう言うなら信じるわ、それと今日はあんたのベッドで寝るから」

「お、大胆ですなあ」

「別に嫌じゃないしね」


 嫌ではないなら一緒に暖まりながら寝ればいい。

 高美ちゃんとのことを聞くのもありだ、あとは……本人のこととかかな。

 高美ちゃんも来てくれるけどたまにだから彼女の存在には本当に助かっている。

 そのため、出会ったばかりとか気にせずにクリスマスプレゼント買って渡そうと考えていたけどいい物が見つからなかった。

 それでもなにかをと考えた結果がいつものように足を貸すというやつで。


「出るわ、いてくれてありがと」

「うん、じゃあリビングで待っているから」


 廊下に出てリビングの扉を開ける、というところで一瞬固まった、何故か姉が階段の一段目に座っていたからだ。


「……珠美ちゃんと一緒に寝るの?」

「あ、聞こえたの? うん、そういうことになったよ」

「私、嫌なんだけど」


 ああ! 自分が一緒の部屋で寝て珠美とお喋りがしたいということか。

 ただ、そればかりはあの子に直接言うしかないというのが実際のところだった。

 私が勝手にそれなら一緒に寝たらいいよ、なんて言うわけにはいかないから。


「お風呂、気持ち良かったわ」

「珠美ちゃん、今日はくる子の部屋で三人で寝ようよ」

「三人で? くる子のベッドってそんなに大きいの?」

「大丈夫っ、じゃあそういうことでよろしくねっ」


 なるほど、自分の欲求を優先するだけだと私がひとりになって寂しいだろうからということで三人で、か。

 やはり姉は優しいな、そして嫌とかわがままを言わない彼女もよかった。




「くる子……って、もうすやすやね」

「この子は誰かがいようと寝るときは気にならないからね」


 私の想像は間違っていなかった、久瑠美さんは確かに気にしていた、だというのにこいつは殴った後と変わらぬ態度で「気にしなくていいよ」と言ってきた。

 家族ではない私にも優しくしてくれるのはありがたいけど……。


「ちょっと一階に行かない?」

「分かったわ」


 すやすや寝ているのに起こしてしまったら可哀想だからありがたかった。

 昔は寝ている高美を起こさないように静かに母とお喋りしていたりとかしたし、こういうところは私も一応姉だからかもしれない。

 まあ、そのときは自分が小さいのもあってすぐに眠たくなるから移動していたりはしていなかったけどさ。


「久瑠美さんは私がくる子と仲良くするのが嫌なのよね?」

「え、それは違うよ、ただ……」

「一緒に寝てほしくなかった?」

「うん、それはそう」


 高美のときもそうだけどはっきり言われるとすぐに答えることができなくなる。

 ただの友達にすら一緒に寝てほしくないってなんか露骨だ。


「久瑠美さんはくる子のことが好きなのね」

「あ、勘違いしないでほしいんだけど、あくまで妹としてだからね?」

「なのに寝てほしくないの?」

「ほら、せっかく珠美ちゃんが泊まってくれているのにひとりだと寂しいから……」


 本人でもないのに違うとか言っても意味はないし、そういうことにしておこう。

 今年の登校日が今日で終わったというのと、美味しいご飯をいっぱい食べたということで眠たくなってきたから戻って寝ることにした。

 久瑠美さんはもう少しだけ一階にいるみたいだからひとりで戻って寝転ぶ、すると急にくる子に抱きしめられて固まった。


「なにお姉ちゃんとこそこそしているの? 私には見せたくないから?」

「だ、抱きしめるのはやめなさいよ」

「その反応が可愛いから続けるよ」

「せ、せめて反対を向かせてっ」


 はぁ、友達としていたいだけだから勘違いされるようなことはやめてほしい。

 反対を向いたらまた抱きしめてきたけど気にせずに目を閉じる。

 布団だけではなくてやっぱり彼女自身が温かいからすぐに眠気がやってきてそのまま任せた、のはいいけど……。


「ん……えっ」

「おはよう」


 視線を感じて目を開けたら彼女がこちらを見ていてまた固まったという……。


「朝ご飯を作るから手伝ってよ、また珠美が作ってくれたご飯が食べたいんだ」

「作らせる気満々じゃない……」

「だって私、ご飯作れないからねえ」


 それなら手伝ってなんて言うべきではない。

 いやまあ別にいいけど、なんか昨日から彼女にやられている気がして駄目になる。

 顔を洗ったり歯を磨いたりしたことで少しはマシになったものの、なんとなく……彼女の顔が見られないというか……。


「で、お姉ちゃんとなにをしていたの?」

「あんたが寝てしまったから一階でお喋りをしていただけよ」

「どんな内容?」

「いいからあっちで座って待っていなさい」


 ご飯とお味噌汁があればそれで十分だ。

 何回もやってきていることなので途中から自宅にいるみたいな感覚になっていた。

 意外だったのは久瑠美さんがすぐには起きてこないということで、段々と大丈夫なのかと不安になり始めたけど。


「できたけど、久瑠美さんは大丈夫な……って、寝てるし……」


 三十分も経過していないのに器用だった。

 ただ、風邪を引いてしまうでしょうがと文句を言いたくなったから頬をつまんで起こすことにする。

 で、実行しようとした腕を掴まれてまた固まったと、この子はメデューサなのだろうか。


「お姉ちゃんは九時前に出るから大丈夫だよ」

「……寝たふりとか趣味悪いわよ」

「寝ることは好きだけどせっかく珠美がいてくれているのに寝るわけがないでしょ」


 それなら寝たふりとかやめてほしい、だって独り言を聞かれていたら滅茶苦茶恥ずかしいから。

 本人に聞かれたくないことを吐いてしまうかもしれないし、そう、だから私がいるときはやめてほしい。


「それより珠美は高美ちゃんのことが気になっているよね」

「高美が誰と過ごそうと自由だからいいのよ」

「それなら高美ちゃんが私とか昨日一緒にいた子とかお姉ちゃんと付き合ったら?」

「まあ、好きになったならいいでしょ」

「自分は断られたのにいいの?」


 自分が断られたからって選ばれた人を憎んだりはしない。

 そんな人間ではない、と言っても、知らないから仕方がないか。


「いいわよ」

「そっか、まあでもそうなったら私が相手になってあげるよ」

「やっぱり女なら誰でもいいんじゃない」

「前にも言ったけど誰でもいいわけじゃないし、珠美が女の子も好きになれるという点で大きいんだよ」


 まあ、それはそうか。

 同性も大丈夫な人間ばかりではないから異性に告白をするよりも勇気がいるけど、同性がいける相手なら可能性というのはちょっとでも出てくるわけだから。


「ま、あんたが誰からも選ばれなかったら私が相手になってあげてもいいけどね」

「おお、両思いじゃん」

「まだ違うわよ、さ、もうできたから食べるわよ」

「それならお姉ちゃんを呼んでくるよ」


 だけど久瑠美さんのあの感じだと誰からも選ばれないなんてありえないか。

 でも、私だって誰でもいいわけではないからそうなっても変わらない気がする。

 私とくる子の共通点は身内に告白をしたということだけ、それ以外は特にないからなおさら変わらないのではないだろうか。


「ふっ、なにひとりでごちゃごちゃ考えているんだか」


 とにかくいまはご飯を食べよう。

 朝にしっかり食べておかないとせっかくの休日も楽しく過ごせないから必要なことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る