04話.[そりゃそうだよ]

「徹夜つら……」

「高美ちゃんの足でも借りて寝なよ」

「それは頼みづらいからあんたの足を貸して」


 くっそう、関わらないようにしようとしたのにこれでは意味がない。

 無意味に高美ちゃんを不安な気持ちにさせただけで矛盾してしまっている。

 まあでも、この面倒くさいお姉さんが見える範囲にいてくれるというのはありがたいことかな。


「で、高美ちゃんとは今日話したの?」

「まだよ」

「それならある程度休憩できたら行こうよ、いるだけならできるからさ」

「あんたっておかしいわ」


 高美ちゃんには珠美を、珠美には高美ちゃんを押し付ける作戦を実行しているだけだった。

 優しさでこうして行動しているとは勘違いしないでほしい。


「その点、久瑠美さんはあんたとは違うわよね」

「そりゃそうだよ、私と同じなら好きになったりしないよ」


 私と似ているのに好きになってしまったならナルシストということになってしまうからよかった。

 実際のところは似ていようが似ていまいが断られてしまったし、姉は異性が好きなのだからなんにも意味のない話ではあるけど。


「それなら私が久瑠美さんを好きになって、あんたが高美のことを好きになればいいんじゃない?」

「女の子が好きなんですなあ」

「ふっ、あんたもね」


 お昼休みは無限に時間があるというわけではないから十分ぐらいが経過したタイミングで動き出した。

 どこかに行っていることもなく教室にいてくれたから探すことにはならずに済んだのはいいけど、ひとりで過ごしていて気になってしまう。


「高美ちゃん、いま大丈夫?」

「ええ、お昼ご飯も食べたから大丈夫よ」

「それなら廊下に行こうよ、構ってちゃんのお姉さんが待っているからさ」


 私なんかを尾行して朝まで人の家の敷地内で過ごしてしまうのだからそう言っても問題はないだろう。


「なんで教室に入ってこないんですかね」

「私は別に行くなんて言っていないじゃない」

「素直じゃないわねえ」


 こちらが呼び出してしまったから後は任せて教室へとはできないからここに残ったままだった。

 だけどふたりが話し始めようとしないからただ見ているだけではいられない。


「え、そうなの?」

「うん、きみのお姉さんは馬鹿なんだよ」


 聞きたいことはないから今日あったことを説明しておくことにした。

 驚いた顔をしていたからなんか満足できた、奇麗な子のこういう顔ってなかなか見られないから感謝しておこう。


「姉が迷惑をかけてしまってごめんなさい」

「高美ちゃんが謝る必要はないよ」


 結局この姉妹と関わらないということは不可能みたいだから私が望むのはさっさとこの姉妹が仲良くすることだ。

 一緒にいないと片方が暴走するということならなおさらのこと、特に高美ちゃんの常識力がないとコントロールは難しいからだった。


「そうよ、悪いのは私とくる子じゃない」

「なんで私もなんですかね」

「遅い時間まで外にいるあんたが悪い、それが嫌なら隙を見せないことね」


 お姉さんの方が自由すぎる、自分のせいで面倒くさい状態になっていたことなど既に忘れてしまったかのような振る舞いだ。


「くる子、この前挨拶もせずに帰ってしまったから久瑠美さんに謝罪がしたいの、だから今日……行ってもいい?」

「いいよ、珠美はどうする?」

「私はパス、久瑠美さんってちょっと怖いのよ」


 誰だって常時優しくはできないから仕方がない。

 というかね、冬なのに朝まで外でいたらそりゃ姉でなくても怒るというもの、普通のことをされたのに怖いとか言うのはいかがなものだろうか。

 なんて言ってもどうせ「くる子が悪い」とか返されるだろうから黙っておいた。

 とにかくそういうことになったので、放課後になったら高美ちゃんと一緒に家まで歩いた。

 一緒に帰るということをしていなかったからこれもまた新鮮かもしれない。


「私、あんたの足を気に入ったわ」

「それならよかった――じゃなくて、どうして珠美もいるの?」


 当たり前のように高美ちゃんの隣を歩いていたからツッコむのが遅くなってしまったことになる。

 しかもそれだけではなくて座っている私の足に頭を預けてきている、傍から見たら仲良くできているように見えるかもしれない。

 ただ、残念ながらそんなことは一切ないというのが現実だった。


「やっぱり気が変わったの、あと家だとなんとなく休みづらいのよ」

「いやいや、仲良くない私の家の方が休みづらいでしょ」

「いいから、あんたは私に足を貸しておけばいいの」


 ジャイ○ンか、いや、ジャイ○ンでもここまで自分勝手ではないか。

 遅いわけではないけど姉の帰宅時間的に待つことになるというのも微妙だ。

 高美ちゃんは落ち着かなさそうだし、なんか見ていてこっちがそわそわしてくるから外で時間をつぶしてくればよかったと後悔したけどもう遅い。


「布団もあれば最高ね」

「あんまりわがまま言っているとその口、唇で塞ぐよ?」


 彼女はあくまで余裕を感じさせながら「できるもんならやってみなさいよ」と。

 私は冗談でこういうことを言う人間ではないうえに相手は同性もいける女の子だから気にせずにしてしまうことにした。


「じゃあ――ぶぇ」

「ほ、本気でやろうとするんじゃないわよ!」


 で、結果がこれとなる。

 なんでそこで慌てるねんとツッコミたくなったけど今度は我慢した。


「布団を持ってくるから一旦体を起こして」

「最初からそうしなさいよ」


 姉がそういうのもちゃんと買ってあるから急にお客さんが泊まることになっても問題はないようになっている。

 リビングまで持っていくと「高美も入りなさい」と彼女が誘ったのはいいけど、枕は持ってきていないから彼女のお腹を枕にでもしてほしかった。


「ねえ、あんた女なら誰でもいいわけ?」

「そんなわけがないよ、でも、本人から許可が出たからやろうとしただけ」

「はぁ、今度から冗談でもやってみなさいと言うのはやめるわ」


 まあ、そんな意味もない会話をしつつ姉の帰宅を待ち、姉が帰宅したらとりあえずは任せて部屋に移動する。

 制服から部屋着に着替えてベッドに寝転んだら一瞬で意識を持っていかれそうになってしまったものの、頑張って我慢をして一階へ戻った。


「珠美ちゃんは馬鹿なことをするから来ちゃ駄目」

「い、言っておくけどね、高美だって朝早くから出たり夜遅くまで歩いていたりするのよ?」


 うわあ、自分のことを棚に上げて妹のことを悪く言うなんて駄目な姉だ。

 そもそもそうなった理由も自分なのに今回も自分が原因ではないみたいな言い方をするのが気になる。


「でも、家にちゃんと帰るでしょ? その点珠美ちゃんは、はぁ……」

「い、一回だけじゃないっ、それに久瑠美さんに迷惑をかけたりはしなかったわっ」

「まあいいか、ご飯を作るからどうせなら食べていきなよ」

「いいの? それなら食べさせてもらうわ」


 というか、姉が帰ってきてからも全く話そうとしない高美ちゃんの方が気になる。

 でも、ここでどうしたのとか聞いたところで「なんでもないわ」と答えられる気しかしなかったので、ひとり廊下に連れ出した。


「大丈夫?」

「すぐに友達みたいに仲良くできて……あなたも姉もすごいわ」

「私は一緒にいるつもりはなかったけどね」

「その割には簡単に受け入れてくれたけれど……」

「まあ、珠美の言うことを聞くなら高美ちゃんの言うことを聞いた方がいいからね」


 投げやりモードでも相手が来てしまったらどうしようもなくなる。

 話しかけられているのに無視をするような人間ではないし、ある程度は相手をするしかなくなるから無駄な抵抗をしても時間の無駄というか、なるべくその中で疲れないように動いているだけだ。


「なにやってんのよ、廊下になんていたら冷えるじゃない」

「全く喋っていなかったから気になったんだよ、向こうで聞くとふたりがうるさくて微妙だから廊下に出たの」

「うわ、世話になっているくせによく姉にうるさいとか言えるわね」

「人が多いところでは言いにくいことだってあるんだし、それとこれとは別だよ」


 珠美あねが来たらもう私がいる意味はないから任せて客間へ。

 寝るためではなくてなんとなく掃除をするためにここに入った。

 布団を戻すためでもある、あとは……なんだろうね。


「なんで急に掃除?」

「え、ちょ、お姉ちゃんが作ってくれないとご飯が食べられないんだけど」


 いかに寝るのが好きとは言ってもちゃんと食べてからでないと気持ちよく寝ることができない、お腹もぐーぐー鳴って邪魔をしてくるからね。


「それが島影姉妹が作ってくれることになってね」

「それならいいか、あ、掃除はなんでか分からないけどしたくなったんだよ」


 まあ、ここを掃除する必要がなくなるわけだから姉的には問題ないだろう。

 理由もしたくなったからで十分だ、奇麗になればそれだけ気持ちよくいられる。


「くる子、なんだかんだであのふたり普通に仲良くできそうだね」

「私とお姉ちゃんみたいにできればそれでいいよね」

「私とくる子みたいに、か」


 な、なんだ、なんか引っかかるのか。

 だけどそうだよな、結局私は姉のためにはなにもできずにタダめし食らいだしな。

 むしろ「なにもしなくていいんだよ、いてくれるだけでいいんだよ」などと言ってくる相手だったらここまで安心して過ごせてはいないかもしれない。


「そういえば私達も同じだよね、告白をされたけど振ったという点では」

「うん」

「でも、私達の場合は喧嘩をしたりすることもなく仲良く過ごせた、でしょ?」

「それはお姉ちゃんが優しいから――って、もしかしてこう言ってほしかったの?」

「ははは、別にそういうわけではないけどさ」


 姉が思わせぶりなことをしていて~というわけではないから姉が悪いわけではないだし、姉としては距離を遠ざけたりとかやりようはいくらでもあった。

 それだというのに選ばなかったのが姉で、私もこうして姉の家で過ごしてしまっている。

 でも、姉が優しいからなんとかなっているということを忘れたことはない。


「もうしないよ、信じられないということならまた帰ってもいいよ」

「この前もそうだけど勝手に考えて帰ろうとしないで」

「それならこれからもいるよ、相変わらずご飯とかは作れないけど」


 それから少しして高美ちゃんが呼びに来てくれたからリビングへ移動、冷めてはもったいないということですぐに作ってくれたご飯を食べることになった。

 島影姉妹が作ってくれたご飯はとても美味しく、一瞬、私もこれぐらいできれば姉に喜んでもらえるとまで考えたものの、すぐに捨てておく。

 変に頑張って食材を無駄にしてしまうぐらいならなにもしない方がいいから。


「美味しかったよ、ごちそうさま」

「私と高美が作っているんだからそんなの当たり前でしょ」

「じゃ、送るから帰ろうか」

「えぇ、あんたってナチュラルに畜生ね」


 ぶつぶつ文句を言っている珠美と、連れて行くことしかできなかったのに「ありがとう」と言ってきている高美ちゃんと、本当によく分からない姉妹だった。




「妹ちゃんや、起きてください」


 目を開けて体を起こしたまではいいけど、理由が分からなくてすぐには動き出せなかった。

 休日なんかは「疲れているんだから出かけるわけないでしょ」と言うのが常のことなのにどうしたのだろうか。


「私は見ての通り暇だけど、妹ちゃんも予定とかないよね?」

「うん」

「それならどこかに行こうよ、たまには姉妹でお出かけするのもいいでしょ?」

「あ、じゃあ、うん」


 私の方は休日なのをいいことにすやすやモードだったから既に十時だった。

 そのためお店が開店するまでもやもやするなんてこともなく、着替えて必要なことを済ませたらすぐに出た。


「たまには手でも繋いで歩くか」

「お姉ちゃんがいいならいいけど」


 なんだなんだ? なんか変で気になってしまう。

 あの姉妹が羨ましくてこんなことをしているというわけではないだろうし、あ、彼氏に振られてしまったからか。

 だからせっかくの休日も物足りなくて暇人の私に相手を頼んでいると、そういうことなのかもしれない。

 まあそれなら付き合うけど、私なんかと遊んだってなにかが埋まるというわけでもないのにねと言いたくなる。


「あ、服でも見ようか」

「うん」


 まだまだ着られるからということで新しい服を買うことは滅多にない。

 寒さに弱くても暑さにはそれなりに耐性があるから汗をかくことも少ないので、服が汗臭くなってしまったりはしないからだ。


「くる子にはクールな感じの服を着てほしいかな」

「く、クール? ぷふ、あははっ、私に一番似合わないやつじゃんっ」


 さすがのこれには私も大きな声を出して笑ってしまった、すぐにお店にいるということを思い出して静かにしたけど。

 それにしてもここまで精神的に参っているとは思わなかったよ、今日のこれで少しはなんとかできればいけどどうなるのだろうか。


「珠美とか高美ちゃんにお願いしなよ」

「別にくる子が着たっていいでしょ」

「それに私的には可愛い服の方がいいよ」


 ズボンよりスカートの方がいい。

 あまりにひらひらしているのもそれはそれで困るものの、これでも女だからやはりそういう方向に惹かれるのだ。


「じゃあ今日なにか選んで買えばいいでしょ、後半はそれを着て付き合って」

「え、お金がないから、ああ!」


 で、結局こちらの意思は全く関係ないとばかりに試着をさせられ、姉が気に入った物を着て行動することになった。

 クレジットカード払いにしていたから不安になる、請求がきたときに「なんであんな物を買ってしまったんだろう」と後悔しそうだ。


「可愛い、くる子はあの姉妹にも負けないね」

「もう家に帰って休もうよお姉ちゃん、さすがにこれ以上は見ていられないよ」

「ん?」


 冷静に妹の顔を見ることもできなくなってしまったとなればさすがの私でも心配になる。

 私としては姉といられればそれでいいのだから敢えて外に出る必要はない、姉的にもここで帰ることを選択した方がお金を無駄に使わなくて済むのだから悪い話ではないだろう。


「彼氏に振られて精神が不安定なんでしょ? 私ならちゃんと付き合うからもう帰って休もう?」

「え、全くそんなことはないけど、というかあれ嘘だし」

「嘘って……」


 ならなおさらあのタイミングで言ったということは追い出したかったということではないだろうか。

 ただ、私が自分から出ていった結果、意外と寂しかったから仕方がなく呼び戻したと考えるのが一番合っている気がする。


「だって彼氏がいるなら毎日十七時半頃に帰れないでしょ」

「え、あ、そこから嘘なの?」

「当たり前でしょ、もし好きになったのに好きになったからということで振られたらぼこぼこにするよ?」


 怖ぁ、だけどこれこそ姉という感じがするからいい、のかねえ。


「過去に付き合ったことがあるけどいい思い出じゃないんだよね、私も同性を好きになろうかな」

「まだまだ抵抗はあるだろうから高美ちゃんはやめておいた方がいいよ」

「それなら珠美ちゃんかあんた、だよね」

「い、いや、お姉ちゃん的に私はなしでしょ」


 もうそういう意味で期待したりはしない。

 やりづらくなるのは確かなことだからなのと、お世話になっている姉に迷惑をかけたくないからと、告白をして迷惑をかけた存在はそう考えている。


「この話は終わり、次のお店に行こう」

「ふーん、ま、今日の目的はそれじゃないから妹の言う通りにしておこうかな」


 はぁ、余計なことを言うのはやめてほしかった。

 敢えて私みたいな妹ではなく珠美とか魅力的な子に恋をした方がいい。

 とはいえ、同性もいけると分かっている珠美が一番の候補に上がってくるだろう。

 敬語をやめさせたのもそういうつもりではないとはいえ仲良くしたいからこそだろうし、一ヶ月ぐらいが経過した後に「付き合い始めたの」と言われてもなんら違和感はない。

 なにかがあったときに協力できるかもしれないから姉妹と仲良くしておこうと考えを変えた。

 姉のためなら自分の拘りなんかどうでもよかった。

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