02話.[仲良くなるのよ]
まだ十一月だから冬の本番というやつはこれからくる。
いまでさえ寒い寒いと言っているのに十二月とか一月になったらそれはもう酷くなることだろう。
小学生の子みたいに鼻水をだらだら垂らしながら登校することになる可能性が高いと言える。
で、私の方は冷えるのに教室外で過ごすことが多くなっていた。
高美ちゃんが来てくれるからというのもあるし、単純に廊下なんかを気に入っているというのもある。
「高和」
あとはこうしてお姉さんの方と会うためでもあるかな。
クラスを知らないから教室から近い場所で待っているしかないのだ。
「どうしたの?」
「あんたどうせ高美と会っているんでしょ?」
「うん、あの子がいてくれて最近はちょっと楽しいよ」
結局、授業を受けて帰るという生活より誰かといられる生活の方が楽しいに決まっている。
お喋りが大好きというわけではないけど、考えられる脳があって感じる心があって話せる口があるなら喋りたくもなるわけで、そこから目を逸らして無理をしたところで意味がない。
「高美はあっという間に他人と仲良くなるのよ」
「上手く説明できないけど上手だとは感じるよ」
「私にはないものを持っている、羨ましいと感じたことは一度や二度だけじゃない」
容姿や能力については負けていないと思う。
差があるとすれば中身? でも、高美ちゃんの本当のところを知ることがまだまだできていないからそれも分からないか。
また、他者である私が負けていないと思っていても本人が負けていると考えてしまっていたら結局ね。
「守る必要なんか本当はないのよ、だってあの子の方が強いから」
「私は弱いよ」
「え? なんで急に……」
「だから私を敵視する必要はないよ、あの子がその気になれば私なんて簡単に潰せるんだから」
すぐに自分を守るために行動してしまうけど仕方がないことだと片付けてほしい。
自分を守らず、他者ばかりを守ろうとしている人を見かけたら危うい感じがして近くに安心して存在することができない。
悪いことをしているのに正当化して自分を守ろうとしているわけではないのだ、それなら気にしなくていいだろう。
「でもね、マイナス思考だけはやめておいた方がいいよ」
あれは自分の足を引っ張る行為だった。
なにか失敗をしたなら反省することは大切だけど、必要以上に責めたところでそのきっかけを作ってしまうだけだ。
「やめようと考えても結局、止められないじゃない」
「駄目だよ」
「いやだから駄目って言われても……」
ひとりでどうにかできないなら他者を頼ることが大切だ。
私はともかく、彼女なら簡単にできることだ。
「私でよければ聞くぐらいはできるよ、アドバイスとかはできないけど」
「でも、あんたは高美といたいんでしょ」
「毎時間一緒にいるというわけじゃないから、どうせこっちは暇人だから好きなときに来てよ」
他クラスということで入りづらいなら廊下に出るし、別にそういう理由からでなくても基本的に廊下にいる。
ひとりのときはぼうっと窓の外を見つめているだけ、その点、彼女か高美ちゃんがいてくれたら大丈夫かという目で見られることもなくなる。
まあ、何度も言うように自分中心で世界が回っているわけではないからそこまで気にされてもいないだろうけどね。
「……殴ってきた相手なのよ?」
「二回目はともかく一回目は注意されていたのに重ねてしまったから」
「おかしな人間ね」
そうだろうか、私的にはこれが普通だ。
すぐに答えを出すことはせずに歩いていってしまったからこれから先どうなるのかは分からないけど、別に悪いことにはならない気がした。
いい方に傾くのであれば矛盾しているとか悪い方に考える必要はない。
人はひとりでは生きていけない、一緒にいたいと考えてしまっているということは私も人ということで安心することができた。
「私ではできないことをあなたはしているわ」
「あれ、いたんだ」
「ええ、少し見させてもらっていたの」
片方がいるときは片方が絶対に来ないということが分かった。
直接自分で確かめない限りは冗談としか捉えられないタイプだからこれはよかったのかもしれない。
それにしても普通双子は仲良しすぎる気がするのになにがあったのか。
「あなたと一緒にいることで姉が楽しそうならそれでいいし、私も姉から離れられるわけだからいい話よね」
「ならないよ、少なくとも高美ちゃんの方はね」
どんな理由でからは分からないけど、多分離れたところでひとりだけすっきりしない結果になってしまう。
「……一緒にいられれば必ずいい方に繋がるというわけではないのよ?」
「駄目だよ、自分の内側にお姉さんと仲良くしたい気持ちが少しでもあるのならね」
目を逸らそうとしたところで無駄だ、考えないようにしていてもどうせ事ある毎にちらついて徹底できなくなる。
というか、そういう感情があっても徹底できてしまうのであれば私なんかに頼んできてはいない。
だからこれはほとんどなんとかしてほしいと頼んできているのと一緒だ。
黙ってしまったからそれ以上は重ねなかったけどね。
「くる子ー」
先程から寝たふりを続けているけどそろそろ限界がきそうだった。
さすがに姉がしつこすぎる、あと、早くから家に来すぎだ。
土日は私にとって唯一心が休まる時間なのだからそっとしておいてほしい。
「起きているのは長年一緒にいるんだから分かっているんだけど?」
「……彼氏さんと遊んできなよ」
「やっと喋ったか、ささ、早く体を起こしなさい」
彼氏さんと積極的にいるようにしていないのであれば家を出たことが無駄になってしまう。
それだとただただ虚しいので、こちらがどうしようもないぐらいいちゃいちゃしてほしかった。
家族である私とはいつでも話せるのだから他を優先するべきだろう。
「はい、荷物をまとめておいたから行くよ」
「ん?」
元々あまり物があるというわけではないから準備に時間はかからない。
ただ、なんで姉がそれをするのか、という話だ。
「マイナス思考をよくするあんたでもいなくなったら寂しいんだよ」
「いや、今日はお母さんとこたつに入りながらゆっくりする予定だったんだけど」
「お母さんにも許可を貰ったから大丈夫、むしろ私達が喧嘩したわけではないということが分かって嬉しそうだったよ」
結局姉は顔を洗うことも歯を磨くこともさせてくれなかった、せめてそれだけは人としてやらせてくれと頼んでも「あっちでもできるでしょ」と聞いてくれなかった。
後から言われることを恐れて自分から出たのにこれだ、これで後で「やっぱり出ていって」なんて言われたら呪い倒そうと決める。
「私なんか家事もできないんだよ? それに大体は呆れているばかりじゃん」
「別に私から追い出したわけではないでしょ」
「後からしたら呪うから」
「こわ、呪われないように気をつけよ」
どこかに行こうと言っても「遠いから嫌」とか言って躱してくる姉がよく来たよ。
急がないと本当に三十分ぐらいかかるのに姉の中でなにが変わったのだか。
「あ、高美ちゃんだ」
「友達? 友達なら連れて行くよ」
母も姉も私の友達となるとすぐに知ろうと行動する。
嫌なら断ってくれればいいからとぶつけたけど、高美ちゃんは「大丈夫よ」と受け入れてしまった。
それにしてもまだ七時とかなのに、あの高校からも遠いそんな場所なのになにをしていたのだろうか。
本当に家出紛いのことをしているのは彼女の方だった、なんてね。
「やっと着いた、実家遠すぎ……」
「無理しなければよかったのに、そうすれば高美ちゃんだって余計に歩かなくて済んだんだよ?」
「あんたが悪い、いいからさっさと入るよ」
姉もどうして賃貸とはいえ一途建てにしたのだろうか。
誰かと結婚することを前提に契約したということならおかしなことではないけど、まだ全然そんな感じではないからアパートとかでもよかったと思う。
「あ、私はくる子の姉の
「私は島影高美です、よろしくお願いします」
「あ、敬語とかいらないからゆっくりしてよ」
連れておきながらもうひとつのソファに寝転んでしまった姉、こういうところはよくないところだ。
せめて彼女が帰るまでは興味を持っていてほしい、そうすれば相手としてもまあ悪い気はしないだろうから。
「くる子って呼んでいい?」
「うん、私も高美ちゃんって呼ばせてもらっているからね」
「姉と不仲になった理由を話すわ」
「ま、待ったっ」
いつか仲良くなって実は~となるなら分かるけど、まだ一週間も経っていないのに聞くわけにはいかない。
あと、私には聞いたところでどうにもできなさそうだからというのもある。
仮に彼女がそういうことを求めていなくてもこちらが引っかかってしまうのであれば駄目なのだ。
「へえ、お姉ちゃんがいるんだ、私達と同じだね」
「双子の姉なの」
「おお、同級生に双子っていなかったから新鮮だわ」
小学生の頃に双子の兄妹がいた、そのふたりは双子なのに学校では全く一緒にいようとしていなかった。
親から禁止されていたのか、先生から他の子と過ごすように言われたのか、それとも高学年で年頃だったからなのか、うん、別々に過ごしていた。
だけど男の子の方は男の子の友達とばかりいたし、女の子の方は女の子とばかりいたから誰かに言われてとかではないのかもしれない。
「で、なんで不仲になったの?」
「姉が告白してきてから全てが変わったの」
「「え、妹に告白してきたの?」」
「それを私が断ってから、と言うべきだったわね」
なるほど、だから嫌いということにして気持ちを抑え込んでいるわけか。
ただまあ、全く上手くいっていないというのが実際のところだった。
「気持ち悪かったの」
「おぇ、なんか自分がしたわけでもないのに気持ち悪くなってきた……」
「もしかしてあなたもそうなの?」
「いや、真っ直ぐなマイナス方向の発言にダメージを受けただけかな」
この姉を好きだという気持ちがもっと強まれば同じような失敗を私は……。
そのときに姉から直接「気持ちが悪い」とか言われたらどうなるのだろうか。
被害者面して泣くのかな、それとも、強がって笑ってみせるのだろうか。
「それから上手くいっていないの、これが基本的に別々に行動している理由よ」
「基本的に、なの?」
「ええ、家ではどうしても一緒にいなければならないから」
そうか、母を悲しませないようにしていると聞いていたのに無駄なことをした。
自分から口にしているからあまり気にしなくてもいいだろうけど、ちゃんとしておかないと無自覚に相手を嫌な気分にさせてしまうから気をつけなければならない。
「ふーん、なんか面倒くさそうだね」
「ちょっ、お姉ちゃんっ」
「ま、中途半端なことをされるぐらいなら拒絶された方がマシだね」
姉はこの前の彼女みたいに黙ってしまったから飲み物を飲んで気まずさをなんとかした。
あのとき「それはないわ」と即答しなかったのが答えなのかもしれない。
いや違うか、あの子が告白をしてきていなかったら彼女は普通にそれまで通り仲良くしていたのだ。
恋愛感情を持ち込んだことで積み重ねてきたものが一瞬で崩れてしまったからいまこうなっているということになる。
「それより結局ここに住むの?」
「ああ、ここにいるお姉ちゃんが急に戻ってこいと言ってきてね」
手の届く場所に足があったから攻撃をしていると「通学時間だって分かりやすく変わるんだからいいでしょ」と冷たい顔で言ってきた。
「お姉ちゃんのことを考えてしたんだけどなあ」
「あなたはいいわね、女としてではなくただの妹として求められているのだから」
「お姉ちゃんは寂しがり屋なだけなんだよ、誰かがいてくれればそれでいいの」
そういえばいまさらだけど姉は二十三歳だ。
働いているからこそここを借りることができているわけだし、多分自由に暮らせている……はず。
ちなみに私がここで暮らし始めたのは自分の意思で無理やりに、ではなく、姉の方から誘ってくれたのだ。
「お母さんを連れてきたらお父さんが可哀想だし、お父さんを連れてきたらお母さんが可哀想ということになる、となれば、あんたしかいないでしょ」
「近くなるのは大歓迎だけどね」
「それなら不満そうな顔をしないで」
食費なども余計にかかるようになるのによくやるよ。
だけど彼女の場合はなにかがあっても逃げられるような場所が近くにないから姉の言うように面倒くさいことになっているのかもしれない。
母親が仲良くいるよう望むなら、余程親と不仲でもない限りそうあれるように行動をしようとする。
でも、その片方の内側はどういう感情で染まっているのか、正直、私が珠美さんだったら精神がやばいことになりそうだった。
「私もお姉ちゃんのことが大好きすぎるから告白したことがあるよ」
「……あなたもそうなの」
「自分勝手だけど好きって気持ちを抑え込み続けるのは難しいんだよ」
が、情けない私は冗談交じりに言いうことしかできなかった、だから姉も本気にならず「馬鹿なことを言っていないでさっさと勉強をしなさい」と流せたと思う。
「仮に同性を好きになるのだとしても敢えて妹や姉でなくてもいいじゃない」
「仕方がないよ、誰が誰を好きになるのかなんて自分だって分からないんだから。だからさ――」
伸ばした手をぺちっと叩かれ「気持ちが悪いわっ」と。
彼女にとってはトラウマレベルの出来事だったということなのだろうか。
そのまま彼女は出ていき、リビングには姉とふたりだけになる。
「くる子は馬鹿だね、そういう話をされたくないということは『気持ち悪かったの』と言っていた時点で分かっていたことでしょ」
「そっか」
「原因を作ってくれた姉を頼ることもできないからあの子はどうするんだろうね、せっかくそういうことを気にせずに話せる相手があんただったのにあんたも駄目でさ」
「でも、襲われたわけじゃないんだよ?」
「あんたが自分で言ったことと同じようなものだよ、他者にとってなにが本当に嫌なことなのかはそれぞれ違うわけだからね」
まあ、これであの子が来なくなったとしても私の自業自得ということで終わらせておけばいい。
近づいてみたのはいいものの、自分にとって嫌な人だったというだけだから。
嫌な人の近くにいてもマイナスなことしかないのだから正しい判断だと言える。
「一週間も経っていないから問題はないね」
「はぁ、あんたのそういうところは嫌いだね」
「仕方がないよ、人それぞれ違うんだからさ」
姉は早起きしたことで眠たかったのか「寝てくる」と残しリビングを出ていった。
こちらも特にやることがないから部屋に向かう。
まとめたり広げたりまとめたりした荷物を出してベッドに寝転ぶ。
「洗濯してくれていたんだ、いい匂いで落ち着く」
むしろあれは私なりの優しさだった。
後から本当のところを教えられるよりは最初の内に言っておいた方がトラブルには繋がりにくい。
同性を好きな人を憎んでいるというわけではないみたいだから特定の相手だけ、私や珠美さんだけというのもよかった。
いや、そこをどうにかして私だけということにできないだろうか。
いまはただ姉妹として仲良くすることも難しくなっているみたいだからせめて姉妹としては仲良くできるように、なんて無理か。
話を聞くだけしかできなくて、拒絶されればまだ○○だからと簡単に捨ててしまえるような私になにができるというのか。
こちらがなにもしない方がいい方に傾くかもしれなかった。
「くる子、入るよ」
「うん」
嫌い、とは何度も言われたことがあるからそれについての耐性もあった。
だから姉に直接ぶつけられても勢いだけでまた家を出るなんてこともしない。
「……さっきはごめん、嫌いは言いすぎた」
「お姉ちゃんらしくないね」
「あと、ここで寝てもいい?」
「うん、だってお姉ちゃんの家なんだし」
風邪を引いてほしくないからベッドで寝てもらう。
何故か無性に頭を撫でたくなったから撫でておいたのだった。
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