120作品目

Rinora

01話.[離れたくはない]

「へぶっ」


 あともう少しで今日は転ばずに終わるというところだったのに駄目になった。

 高校生になってからはずっとこんな感じで困ってしまう、なにかに憑かれてしまっているのではないのかというぐらいとにかく転ぶのだ。


「うわーん! もう嫌だー!」


 どうせ自宅近くだからと大声を出しながら泣いた。

 ただ、少しもしない内に恥ずかしくなってきたからすぐに家へと移動する。

 どうせ誰もいないから寄り道をせずに部屋に移動、すぐにベッドに寝転んで布団をかぶる。


「くる子、部屋にいたときでもあんたの声が聞こえてきたんだけど」

「もう嫌になったから学校には行かない」

「はぁ、またそれ……」


 姉がこうして呆れているようにこれまで何回も口にしてきたことだった。

 でも、学生でいる以上、通わなければならないから叶ったことはない。


「そのネガティブ発言をやめないと追い出すよ、いいの?」

「うぅ、やだ~……」

「でしょうね、だったら家主の私が不快な気分にならないよう考えて発言して」


 冗談でもなんでもなく十分から三十分ぐらいに変わってしまうのだ。

 それに私は姉のことが好きだからそういう意味でも離れたくはない。

 姉だってそのことを分かっているはずなのに事ある毎に追い出そうとしてくるから困りものだった。


「いまからご飯を作るから部屋にこもっていないであんたも来なさい」

「はーい……」


 一階のソファに座って待っていると「そういえばさ」と珍しく言い切らずにそこで止めたから気になった。

 こんなことは滅多にないから悪い予感しかしないのは私がマイナス思考ばかりする人間だから、というだけではないと思う。


「彼氏ができたの」

「からしができた?」

「彼氏ができたの」


 なるほど、つまり結局のところは追い出されるということか。

 いやいい、姉が好きだからこそ姉のことを考えて行動しなければならない。

 そのために荷物をまとめて一階へ持ってくる、ご飯だけは最後に食べたいから先に帰ったりはしなかったけど。


「なにしてんの?」

「え、だって彼氏さんと同棲がしたいってことだよね? そうしたらそれ以外の存在は邪魔になるから帰ろうかなと、だけどご飯だけは食べたいから食べさせてもらってから帰ろうと思ってさ」

「今日できたばかりなのに同棲なんかしないよ」


 それでも追い出されるよりは自分の意思で出た方がマシだから変えるつもりはなかった。

 そもそも私がここにいたところで余計なお金がかかるだけだから姉としてはメリットがない。


「美味しいっ、私もこれぐらい作れればなあ」

「作ろうとしないのに上手くなるわけがないでしょ」

「確かにっ」


 家事全般をできないから実家で大人しくしておくのがお似合いだ。

 幸い、両親は私にも優しいからいづらいなんてこともない、ここにいるのは先程も言ったように姉が好きだったからでしかないのだ。


「風邪を引かないようにね、それじゃあねっ」


 それで元気良く走り出したのはいいけど、残念ながら私は暗いところが苦手ですぐに涙目になった。

 ただ、さすがに「ひゃあ!?」とか驚いたりはしないから恥ずかしいことにはならない。


「へぶっ!?」


 まあ、こうやって転んで地面とキスをする羽目にはなるけども。


「大丈夫?」

「へっ!? あ、だ、大丈夫です」


 足音が聞こえてきて固まったままでいたのが悪かった。

 明らかに女の子の声だったからその点では安心できたものの、無様に転んだところを見られたということで結局恥ずかしいことになってしまったのは……。


「そ、それでは失礼します」

「待ちなさい」


 こっちは着替えていないから制服のまま、けれどこの子は普通の私服を着ているだけだから何歳かは分からなかった。

 ひとつ言えるのは間違いなく学生ということだけ、見た目的に成人しているとかそういうことはないはずだ。

 こうして出ている自分が言うのもおかしいけど、あなたみたいな子が暗い中ひとりで歩くのはやめなさいと言いたくなる。


「あなた大きなバッグを持っているけれど、もしかして家出中なの?」

「姉の家から実家に帰るところだったんです」

「そう、それならよかったわ」


 満足してくれたのか「もう転ばないようにね」と言って歩いていった。

 私も寒いうえに怖いから走って自宅を目指す。

 これでも体力には自信があるため、そうかからない内にたどり着いた。


「ただいま!」

「おかえり、お姉ちゃんと喧嘩しちゃったの?」

「してないよ、彼氏さんができたって話だったから帰ってきたの」

「え、いまさら聞いたの?」


 え、あ、優しいからこっちのことを考えて今日まで我慢してくれていたのか。

 それなら私の選択は間違っていなかったことになる、試されていたけどなんとか合格できたというところだろう。


「ご飯は食べたんでしょ? それならお風呂に入って」

「うん!」


 基本的にマイナス思考だけどこういうことでショックを受けたりはしなかった。

 むしろ好きな人のためにちゃんと行動できてよかったとしか思えなかった。




「今日は曇りのままか」


 天気予報で曇りのち晴れと言っていたのに変わる感じがしなかった。

 雨でなければ濡れることもないからいいものの、自分がマイナス寄りだから晴れていてほしいと思う。

 単純に冬で寒いからというのもある、曇りのときに風が強く吹き始めたりなんかしたら最悪だね。


「あれ、あなたは昨日の……」


 窓の外から内側の方に意識を向けると昨日の子を発見した。

 ロングストレートの髪に少し冷たさも感じるそんなような目、うん、見間違いではない。


「は? 人違いでしょ」

「いやいや、別に恥ずかしいことじゃないんだから隠さなくても」

「ちっ、そういうことね」


 彼女は腕を組んでから「それは私の双子の妹よ」と。


「私は妹のことが嫌いなの、次に同じようなことを言ってきたらぶっ飛ばすわよ」

「妹さんとそっくりだ」

「だから言うな、っての!」

「ぐぼべあ!?」


 い、痛い、容赦ない。

 彼女は冗談を言うのが嫌いなのだろう、だから力がよく込められていた。

 いやでも、双子とはいえここまで似ているなんてすごいな。


「で、なんで妹のことを知ってんの?」

「昨日転んだときに『大丈夫?』と声をかけてくれたんだ」

「へえ」

「あと家出なのかどうかも心配されちゃった」


 あ、反応をすることもなく歩いていってしまった。

 いつまでも廊下にいても仕方がないから教室に戻ると、私の机の上に手紙が置かれていることに気づく。

『高和くる子さんへ』と裏に書かれていたから見てしまっても問題はないだろう。

 だけど内容がよくある罰ゲームにも使われそうな感じでまた嫌な予感が……。

 そんなこともあって放課後まで全く落ち着かない時間を過ごすことになった。


「体育館裏か、部活もするわけじゃないのにいいのかな」


 そもそも私なんかを呼び出してどうするのという話だった。

 格好いい男の子と仲良くできていて誰かの邪魔になっているとかもないし、普段うるさくするような人間ではないから教室でも無害だ。

 大して仲良くもないのにお菓子の話とかで盛り上がれるような人間なのになんのためにこんなことをするのか。


「遅れてしまってごめんなさい」

「あ、やっぱりよく似ているね」

「ああ、話したことを姉から聞いたわ」


 ん? あの子は妹のことが嫌いだと言っていたのに妹さんに教えたということ?

 ああ、さすがの私でも分かってしまった。

 お互いに年頃の少女同士だから素直になれない――ではなく、お姉さんの方だけ素直になれないお年頃らしい。


「そういうことか、あなたは『お姉ちゃんに近づかないでっ』と言いいたんだよね」

「いえ、逆に姉の相手をしてもらいたいのよ」


 勘違いとはいえ私はあの子と少しだけでも話せたわけで、私としても友達になれたらいいと考えているけど上手くいきそうな感じは全くしなかった。

 あのとき頼まなかったのはそこからきている、そうでもなければ私はあのとき必死になって頼んでいた。


「ちなみに理由は?」

「言ってしまえば同級生の女の子なら誰でもいいの、ただ、あなたの違う点は他の子と違って直接話せたことね」

「私はいいけどお姉さんが反対すると思うよ」

「どうかしらね」


 一応お姉さん的には妹のことが嫌いということになっているわけだし、それなら妹さんに協力してもらうことは不可能だから変わらないと思う。

 まあでも、なにかこちらが損をすることになるわけではないから再度大丈夫と言っておいた。


「そろそろ帰りましょうか」

「うん」


 ふふふ、暗いのが苦手だから彼女がいてくれるのはありがたいことだぜ。

 いやでも本当に十六時半頃になると薄暗くなってくるから怖くなる。

 昨日みたいに転んでなにかしらのところを痛めても誰も助けてくれないというのも怖いところだろう。


「あ、私は島影高美たかみで、姉が珠美たまみよ」

「そっか、よろしくね」

「ええ」


 お姉さんより近づきやすそうなこの子に対しても友達になってほしいとは頼めなかった。

 こういうとき、自分が陽キャラだったな、なんて考えるときはある。

 少し勇気を出すだけで分かりやすく変わるというのに、結局なにもできずにチャンスというのを逃す人間だから。

 別に私が特別というわけではないから他に相応しい人を見つけたらそちらを頼ることになるという現実が……。


「私はこっちだから」

「気をつけてね、じゃあね」


 あ、そういえばこちらはまだまだ自宅とはならないのか。

 まあいいか、三十分もあればいっぱい考え事をすることができる。

 いい結果は出ないけど、こうしていられる時間は嫌いではない。

 結局、寂しさを感じつつもひとりの時間を求めてしまう時点でどうすればいいのか答えが出ている気がするのだ。

 出しゃばっているわけではないからいい、私が他の誰かといないようにしても気にする人はいない、となれば、大人しく授業だけ受けて卒業をするだけだった。


「ただいま」


 小中学生時代と同じようにするだけだった。




「高和、ちょっと来なさい」

「珠美さんか、声音も似ているなあ」


 うーん、喋らないとどこで高美ちゃんと珠美さんを見分ければいいのだろうか。

 胸も変わらないし、身長も同じような感じだ、まとっている雰囲気も変わらないから分かりやすくない。


「私は相手をしてもらいたいなんて思っていないから妹から変なことを言われたみたいだけど忘れなさい」

「珠美さんが嫌がっているなら近づいたりはしないよ」


 そこまで相手のことが考えられない人間ではない、あとは昨日決めたようになにも変えずにやっていくつもりだったから。

 中途半端は嫌だからやるならちゃんとやらなければならない。

 まあ、小中学生時代も一応クラスメイトとは仲良くできていたから話すことは続けるつもりだけど。


「私達はまだ仲良くないでしょ、名前で呼んだりなんかするな」

「ははは、分かった」


 窓の外をゆっくり見たいから廊下に移動した。

 少し教室から離れた場所まで移動すればまるでこの学校にひとりだけでいるみたいになる。

 なんとも言えない結果なのに窓の向こうには青空が広がっていて、自分中心で回っていないとはいっても苦笑することになった。


「なにやってんのよ」

「島影姉妹は別々のクラスだということは分かっているけど、学校で一緒に過ごそうとは思わないの?」


 妹がいるなら私は迷いなく毎時間行っていたことだろう。

 仲良くできていたならの話だけど、うん、どうせ私のことだから妹離れしようとしても上手くはいかなくて頼ると思う。


「思わないわよ、つかあんたには妹のことが嫌いだって言ったじゃない」

「その割には情報を全部伝えているよね?」

「そりゃあんたが妹に迷惑をかけそうだったからよ、自分のことを自分で守ってほしいから教えたの」


 あらら、転んでただ恥ずかしいところをこちらが見られたというだけなのにね。

 なにを勘違いしているのかは分からないものの、ちゃんと言っておく必要があるからぶつけておくことにした。


「それならあなたが私からあの子を守ってよ、いまみたいに意地を張って離れていたらやられちゃうかもよ――へぶあ!?」

「……過去と同じようにはさせない、私が絶対に高美を守るわ」


 最初もいまも容赦なく鳩尾を攻撃してくるものだから困ってしまう。

 あのときも言ったように全く手加減がされていないから腫れてしまいそうだ。

 怖いとかそういうことではないけどぎりぎりまで廊下で過ごして、予鈴が鳴ったタイミングで教室に戻ってきた。


「また後で行くわ」

「なんかお姉さん的に近づいてほしくないみたいでさ、だからごめん」

「関係ないわ、それじゃあまた後でね」


 それなら私は彼女と過ごす度に殴られるということか。

 ……痛みにはそれなりに耐性があるからやり過ごせないというわけではない、けどさあ……。

 本鈴が鳴り、授業が始まってしばらくしてからもじんじんとしていた。

 なんとか抑えたくてお腹をさすっていたら隣の子に小声で「お腹が空いたんだね」と言われて愛想笑いをすることになった。

 私としては食事より寝られている時間の方が好きだから違う――ではなく、お腹が減っていてこうしているわけではないからなあ、と。


「お昼休みまで後一時間だよ、お互いに頑張ろうっ」

「うん、頑張ろう」


 お昼休み前に体育があるから着替えて移動しなければならないけど。

 運動は苦手ではないけどやりたいほどではないから体育の時間は好きではない。

 特に冬の場合は着替えるという行為がある時点で嫌なことだった。

 まあでも、黙って言うことを聞いていれば怒られないで済むというのは他の授業と変わらない。


「へぶー……」


 そうか、よく転ぶのはそういうところからきていたのか。

 体育も学校も好きではないから逃げたくてこうして転んでしまうわけだ。


「高和、ちゃんとやれ」

「いま起きます、すみません」


 砂をぱんぱんと落としてから動こうとしたら「あ、いや待て、血が出ているぞ」と止められてしまった。


「いつものことですから大丈夫です」


 痛みに耐性があるというのはこういうところからもきている。

 自分ひとりでただすっ転んでいるだけなら誰にも迷惑をかけないからこのままでいいだろう。

 受験に合格していまこの高校に通えているわけだし、就職なんかも緩いいまの感じでやれる。


「とりあえず着替える前にちゃんと洗いましょう」

「うん」


 うん、なんて言ったけどまさか外にいるとは……。

 え、だって彼女は別のクラスだから何故ここにいるのかという話だ。


「冷たっ」

「我慢して」


 洗い流してしまえば十分だからささっと着替えて教室を目指す。

 お弁当袋を持ってどうしたものかと頭を悩ませていると「空き教室で一緒に食べましょう」と誘われたので付いていくことにした。


「珠美は学校で近づいてくることはないから安心してちょうだい」

「え、別に殴られたって平気だから言っていいよ?」

「そういうわけにもいかないでしょう、暴力を振るうのは悪いことだわ」

「でも、島影姉妹が不仲になってしまう方が嫌だからいいよ」


 物を隠されたり、物理的に刺されたりしなければ問題ない。

 あと私的には相手からくる分にはノーカウントにしたいところだった。

 でも、お姉さんの方がそれをよしとはしないだろうから彼女にはしっかり言ってほしいわけだ。

 少なくとも彼女を使って仲良くやれるようにとかはしたくない。


「大丈夫よ、だって現時点で仲良くはないもの」

「はは、冗談も言うんだね」

「本当のことよ、母を悲しませたくないから家では演技をしているだけなの」


 私も母だけは悲しませたくないから色々と嘘をついている。

 友達が多いとか、彼氏がいるとかそういう風に嘘を重ねている。

 ただ、正直に言って向こうも本当のところを分かっていると思う。

 だからまあ「それならよかった」と笑みを浮かべて言ってくれる母にうぐっとなってしまうのだ。


「ごめんなさい、私が離れたくて他の人を探していたの」

「あ、そういうことだったんだ」


 なるほど、彼女が動いていた理由は分かった。

 だけどお姉さんの方の相手はやはり上手くできそうになかった。

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