このエピソードを読む
2024年2月4日 10:28
久里 琳さまこんにちは。「「わたし」から「きみ」へのラブレターのようなものなのかもしれません」そうだったのですね?! 一度目はその意識がなく、「きみ」と「わたし」の距離感を考えずに読んでいたので、このご解説に新鮮な驚きを感じました。ご解説を読んでから再読すると、「きみ」が誰か(あるいは何か)を想い、そんな「きみ」を「わたし」は黙って遠くから見守る、そんなイメージがわいてきました。一読めから印象的だったのは、「血が夜を染める。罪を洗うように」です。「血」は「汚す」ものではなく、「浄める」ものなのですね。この感覚はまったくなかったので、とても興味深いです。罪を洗い流す「きみ」の血が尽きたときに夜が明け、罪深き夜はようやく終わりを告げる。でも明るい光のもとでは言葉はその深い意味を失い、かたちばかりのものとなり、「きみ」の想いもまた置き去りにされていく、そんな受け取り方をしてみました。
作者からの返信
応援ありがとうございます!「ラブレター」というのはすこし突飛だったかもしれませんね。ここでは恋とは限らないのだと思います。わたしはきみを想っているよというメッセージ……友情や、広い意味の愛情を込めた。でもたしかに、「きみ」の視線は「わたし」へは向かず、別の誰かや何かに気をとられているんでしょうね。。血で罪を洗うのは、自然と出てきたのですが、言われてみればちょっと不思議な感覚かもしれませんね。透明無垢な水では洗い流せず、血でしか洗えないような罪があるような気がします。夜が終わりを告げたとき、想いは置き去りにされる、、うつくしい情景を連想いただいて、うれしいです。
2023年5月27日 15:44
やるせない歌ですね。「きみ」は自分声が誰かに届いていることも知らずに絶望していくのかな、と思うと。個性というのは自分ではわからないものですね。破ったつもりでもやはりその範疇なのか。優劣じゃなく個性が響きあうか、というところもとても共感します。
応援ありがとうございます!ふたりのすれちがいがやるせないですね。絶望から救い出したい、、と願っている人がいることに、気づくといいのですが。。個性は、本人より外から見た方がよくわかるのかもしれませんね。とすると、好きな作家の個性を考えることが、自分の個性を知る道になるのかも、と柊さんのコメントを見て思いました。
久里 琳さま
こんにちは。
「「わたし」から「きみ」へのラブレターのようなものなのかもしれません」
そうだったのですね?! 一度目はその意識がなく、「きみ」と「わたし」の距離感を考えずに読んでいたので、このご解説に新鮮な驚きを感じました。
ご解説を読んでから再読すると、「きみ」が誰か(あるいは何か)を想い、そんな「きみ」を「わたし」は黙って遠くから見守る、そんなイメージがわいてきました。
一読めから印象的だったのは、「血が夜を染める。罪を洗うように」です。「血」は「汚す」ものではなく、「浄める」ものなのですね。この感覚はまったくなかったので、とても興味深いです。
罪を洗い流す「きみ」の血が尽きたときに夜が明け、罪深き夜はようやく終わりを告げる。でも明るい光のもとでは言葉はその深い意味を失い、かたちばかりのものとなり、「きみ」の想いもまた置き去りにされていく、そんな受け取り方をしてみました。
作者からの返信
応援ありがとうございます!
「ラブレター」というのはすこし突飛だったかもしれませんね。ここでは恋とは限らないのだと思います。わたしはきみを想っているよというメッセージ……友情や、広い意味の愛情を込めた。でもたしかに、「きみ」の視線は「わたし」へは向かず、別の誰かや何かに気をとられているんでしょうね。。
血で罪を洗うのは、自然と出てきたのですが、言われてみればちょっと不思議な感覚かもしれませんね。透明無垢な水では洗い流せず、血でしか洗えないような罪があるような気がします。
夜が終わりを告げたとき、想いは置き去りにされる、、うつくしい情景を連想いただいて、うれしいです。