応援コメント

13 自由詩」への応援コメント

  • 久里 琳さま

    こんにちは。

    白秋の詩を彷彿とさせますね。

    自由詩だと「自由」が多すぎて、読み手自身の経験やメージ力、思考能力をより多く要求するような気がします。自分の内面が詩に投影されがちで、キャーって気恥ずかしくなってしまうところがあります。

    現在形と過去形については、外国語を読んでいるとまざまざと感じさせられる問題です。日本語の現在形って、呪文堂さまがご指摘になっているように、「意思」か「近未来」であって、現在起きていることではないニュアンスがしばしばあります。なんでこれを現在形って呼ぶのだろう、と思わされますね。

    作者からの返信

    応援ありがとうございます!
    白秋のような巨人を思い浮かべていただいて、光栄です。
    たしかに自由詩は、読み方次第でいくらでも豊かにひろがっていきますね。自分の内面が投影されて気恥ずかしい、、というのもその通りで、つくったあと「これは封印!」と決めてしまうことも。。。

    仰る通り、日本語の現在形は必ずしも現在を示すわけじゃないんですよね。それに対して欧州語は総じて時制がしっかりしているので、普通に過去形が延々続いたりしますね。文章の最後に来ないから気にならない、というのもあるかもしれません。

  • 色々と考えさせられますっ
    現在形と過去形。これも面白い論点ですね!認知は須く過去にしかない、という考え方もありますが、やはり過去と現在とを別つ自分がいます。うにゃうにゃ考えてみたところ、あるいは現在とは意志的創造的であり過去とは世界を容認することなんだろうか、なんて思ったりしちゃいました。ズレていたならごめんなさいっ!

    作者からの返信

    応援ありがとうございます!
    時間をめぐる思考、、さすがです。現在は自らドライブするもので、過去はその足跡でしかない、ということかなと受けとりました。それを「容認する」と表現するのがいいですね。
    書くことは思考すること、だとすると、やはり現在と過去とが入り混じるのが自然なのかも、と思ったり。。考え出すとおもしろいですね。

  • 久里琳様

     籠の中の囚われの鳥と、幸せの青い鳥の伝承。
     真逆のようでいて、重ね合わさるような不思議な感覚でした。
     ~たの語尾。自分も気を付けるようにと思っていましたが、なるほど。形では無くて、最適な解を見つけること。おっしゃる通りですね。
     これから意識していきたいと思いました。
     

    作者からの返信

    応援ありがとうございます!
    囚われの身の憂愁と、青い羽根の希望。重ね合わせを感じていただけて、作者冥利に尽きます。
    語尾は、気になるところですよね。一連の文章として読みやすく、読み心地がいいのを目指して、、、いろんな好みや受け止め方もあると思うので……文章修行の道は続きますね。