7 短歌


俳句と短歌は別物だと思うのです。俳句は下の句をとっただけ、短くしただけ、と思われる方もいるでしょうし、それで正解なのかもしれませんが。


短歌はなにしろ素直。恋やら嘆きやら恨みやら、身も世もなく泣いちゃったり歓喜を謳いあげてみたり。

そこへ行くと、俳句はなんだか斜に構えてるような、ちょっと気取っているような。もちろん、気取ってるなんて感じさせるような野暮な句は、現代に残らないでしょうけど。よくいえば、高尚。


そうはいっても短歌の世界だって、掛詞や枕詞や譬喩なんかを駆使して、言葉の技巧の限りを尽くします。そんな言葉あそびも、たしかに和歌のおもしろさではあります。

でもそれだけで短歌は完結しない。

月を見れば泣き、花を見れば世を儚み、人知れず恋する喜びと苦しみにうち顫える、そんな情感にどっぷり浸るのが、和歌の愉しみなんだと思っています。(個人的見解です)


……と前置きしたところで、センチメンタルな歌を。




 嵐でもないのに吹きとばされ立てぬ心地したのは十五の夏の日



<読み>

あらしでも ないのにふきとば されたてぬ ここちしたのは じゅうごのなつのひ




吹きとばされたのか、突きとばされたのか、それとも自ら崩れおちたのか。(必ずしも物理的に倒れているとは限りません)

理由もわからず倒れて、何故かどうしても立ちあがることができない。愕然とする。十五歳というのは、そういう年頃だったように思い出します。



「吹きとばされ」を二句目と三句目に跨らせたのは、あれっ?となるかも知れませんね。

現代短歌は、こういうのをわりと自由にできるのが、いいなあと思います。ふつうの会話がそのまま三十一文字になったような。

掛詞も言葉あそびなら、こんなのもまた言葉あそびなのかも。


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