第3話 青春ロマンチカ

 空は絵の具を滲ませたかのように藍色と紫と橙色が入り混じる。園内にはポツポツと明かりが灯り出していた。そろそろメインイベントのパレードの時間が近いこともあり、来園者たちは今日の思い出を語り合いながらメインストリートへと集まっていく。

 メインストリートの周りにはいまかいまかとパレードの始まりを待ちわびる来園者たちで賑わっている。それと反比例するようにメインストリートから外れた場所はまるで魔法が解けたかのように静かになっていた。

 そんな園内の隅っこ、小高い丘のようなエリアから私と大悟だいごは人々が集まるメインストリートを眺めている。実はパレードの全貌ぜんぼうをよく見る事が出来る穴場スポット、という訳でもなく。それどころか建物が邪魔してパレードの明りを眺めることぐらいしか出来ず、もちろん人なんて私たち以外にいなかった。

 もちろん、私たちにとってはそれが都合よかったからなんだけど。


 「もうそろそろ始まるかなー」


 手すりに寄りかかって一際明るいその場所を見つめる。


 「なぁ、集まれってメッセージもう届いてただろ? いいのか、行かなくて」

 「うん。みんなには悪いけど、せっかくなんだから大悟だいごと二人っきりで見たかった」

 「見えないけどな」


  大悟だいごが呆れたように笑う。大悟の容赦ようしゃないツッコミに私もつられて笑った。ほのかに灯った街灯で地面に映し出された私の影が小さく揺れる。ああ、やっぱりこんななんてことない二人だけの時間が大好きだ。噛みしめるようにしてこの心地よさに身を委ねる。


 「ほんとに昔からお前はマイペースだよなぁ……俺が付いていてやらなきゃ、どこで何をするか分かったもんじゃない」

 「ふふふ、ご苦労お掛けしまして……」

 「……ま、人見知りだったお前にも、なんとか友達ができて良かったよ。小さい頃はほとんど一人で遊んでたもんな。あいつらと一緒に笑ってる巳央みおを見ると、なんだか感慨かんがい深いぜ」


 ああ、やっぱり大悟だいごは優しいね。小さい頃からずっと私の傍で見守っていてくれて。私の事をからかってくる事も多かったけど、私が落ち込んでいる時や悩んでいる時は必ず優しい言葉で救ってくれた。

 幼馴染というかパートナーと言うか……とにかくずっとこんな関係でいられたらなって思っていた。けれど、そうはならなかった。友情はいつのまにか愛情に変化していた。くすぶっていた小さな恋の火は、もう自分自身でも抑えられないほど大きな炎になっていた。

 けれど、私は分かっている。この恋は決して誰かに知られてはいけない。そして、決して叶う事はないのだと。

 ふいにスマホに着信が入り、お気に入りの曲のフレーズが流れる。


 「あいつら心配してるぜ? でてやれよ」


 大悟だいごうながされ、私はうんと頷いて画面の通話ボタンに指でそっと触れる。


 「あ! 巳央みお! 一体どこで何やってんの!? もうみんな集まってるよ!」

 「えっと……ごめんね真美まみ

 「もしかして迷っちゃった? やっぱこういう所で一人で動き回るのはダメだったか~~。 なんか近くに目印になるようなのある? 迎えに行くけど」

 「ううん、大丈夫だよ真美まみ。先にみんなで楽しんでて」


 そう言って通話を切る。

 なんだか途端に哀しくなって、なぜだか不安で、大悟だいごに顔を向ける。すると大悟だいごはふっと息を吐いて優しい笑顔を向けてくれた。

 分かっていた。真美まみたちにとって、大悟だいごは存在しないという事を。それでもやっぱり、その現実を突きつけられると酷く胸が痛むのだ。

 

 大悟が 私の イマジナリーフレンドだという現実に


 現実に大悟だいごが存在しないとしても、確かに大悟だいごはずっと私と共にあった。幼い頃から見えていたそれは、友達の居なかった私に優しく声を掛けてくれて、それからずっと私を支えてくれた。

 

 私の夢……妄想である存在に私は恋をしてしまった。決して報われない恋なのに


 ふいに空に大輪の花が咲き、賑やかな音が私の周囲を吹き抜けてく。華々しい打ち上げ花火が夜空を彩っている。ついにパレードが始まったのだろう。呆然とそれを見つめていると、ふいに背後から抱きしめられた気がした。


 「仕方ない奴だな。せっかくのイベントなんだからそんな顔するなよ。俺はずっと傍にいるからさ」

 「……うん」


 目尻に浮かんだ涙を拭って、カラフルなキャンバスのような空を見上げる。

 私はこれからも、この誰にも言えない恋を胸に抱えて生きていくのだ。

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青春ロマンチカ 八雲 鏡華 @kaimeido

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