第2話 夢と現が交差する場所

 「とうちゃーく!!」


  地獄の補習から解放された私は、意気揚々いきようようと市営バスの扉から飛び降りてアスファルトへと着地する。広大な駐車場が目の前に広がり、その先にはテーマパークのゲートがある。

 

 「そんな子供みたいにはしゃぎまわるなよ、一緒にいるこっちまで恥ずかしくなるぜ」


 苦笑いを浮かべながら声をかけてきた大悟だいごにふり返り、私は舌を出す。説教臭い大悟だいごに対してのささやかな反抗だ。


 「はん。あの地獄の補習を乗り越えてきた私に怖いものなんてないよ。あの鬱憤うっぷんを晴らせるのなら何を言われたって構うもんか」

 「はいはい、わかったわかった。俺が悪うございました」


 駐車場のど真ん中でそんなやり取りをしていると、市営バスから遅れて真美まみたちが降りてきた。みんな私の方を見て笑っている。


 「ようやく補習から解放されたからって、羽目を外し過ぎるなよ? 気持ちはまぁ、分からんでもないけど一緒にいる俺たちの身にもなってくれよ」

 「そーそー、私たちまで好奇の目で見られたくないもんねー」


 そんな陽平ようへい真美まみだが、明らかに浮かれていて、私にそう言っているけど二人もめちゃくちゃ浮かれているのは明らかだ。


「とりあえず早く入場しよーぜ、早くしねーと混んじゃうだろうが」


 二人よりも更に遅れて私たちと合流したまさるうながされて私たちは談笑しながら入場口へと向かう。入場口ではスタッフが来園者のチケットを確認して来園者たちを次々に園内へと案内している。ゲートを通過する間際まぎわ、スタッフに微笑みかけられた瞬間、日常から夢へと入り込んだかのような不思議な感覚を覚えた。


 「ついに来たね、モルモルランド。やっぱり雰囲気からして違うね」

 「うわ~~すっごいね! 本当になんか別の世界に来たみたい~~!!」


 園内に流れる軽快な音楽、あちこちから聞こえる賑やかな笑い声、コミカルな動きで来園者たちを楽しませるパークのキャラクターの着ぐるみたち。明らかに日常とは違う空気感にすっかり舞い上がった私と真美は早速二人でパークのシンボルである大きなお城をバックに記念写真を撮った。


 「気は済んだか? 取りあえずなんかアトラクションに行こうぜ。せっかく来たのにほとんど並んで終わるなんて絶対に嫌だぞ」

 「そうだそうだ、本番はこれからなんだからバッチリ楽しもうぜ」


 遠巻きに私たちの事を見ていた陽平ようへいまさるがソワソワとしている。冷静ぶっているけれど本当は早くアトラクションに乗りたくて堪らないのだろう。まぁ、それは私も同じ気持ちだ。手招きをしている大悟だいごに向かって返事を返すと私と真美まみは足早にそっちに向かって歩いて行った。


 「はーー男どもはすぐ遊びたがるんだから。もっと雰囲気ってものを味わいなさいよ」


 なんてぶつくさ言いながら並んで歩く真美まみに私は思わず顔がほころんだ。


 それから私たちはジェットコースターや、とある映画とコラボして話題沸騰中のお化けハウス、キャラクターたちをテーマにしたツアーなど様々なアトラクションを巡って、誰かがお腹が空いたと呟けは満場一致でレストランに向かった。

 どこか不思議な雰囲気に包まれたレストラン内で、店の雰囲気とマッチした様々な料理に舌鼓したづつみを打ち、食事を済ませた後の予定をみんなで話し合っていると、そんな楽しそうな私たちを見ながら大悟が微笑んでいる事に気が付いた。そんな私の視線に気が付いた大悟ははにかんだように笑う。そんな大悟を見て、私の胸はチクリと痛んだ。


 食事を終え、粗方あらかたパークのアトラクションを周った頃には既に空には茜が射し、園内は朝とはまた違ったどこかノスタルジックな雰囲気を宿していた。


 「もうこんな時間か」

 「うわ、マジじゃん。時間過ぎるの早すぎー」

 「学校だったらまだ昼にもなってないんじゃねぇの?」

 「あーそれ分かる」


 十分に非日常を味わい、どこかふわふわした夢心地のまま談笑していると、ふいに大悟が呟いた。


 「そういえば、そろそろメインイベントのパレードの時間なんじゃないかな」


 その言葉にハッとした私は、みんなの顔を見回して大袈裟に声を上げた。


 「そうだそうだ! この後、パレードじゃんか! いい場所取らないと!」


 すると全員、しまったという顔を浮かべてそれぞれお互いに視線を向け合い騒ぎ始める。地面に伸びたそれぞれの影がまるで波のように慌ただしく揺れてとても滑稽こっけいだ。


「マジじゃん! えー、今から場所探して間に合うかな?」

「とりあえず各自散らばって場所探してみようぜ! スマホで連絡取れるし、いい歳して迷子になる奴いる? いねーよな?」

「こんなに人多いと普通に迷うんじゃね?」

「とにかく! 何かあったら連絡して集合すればいいだろ! はい! 解散!」

 

まさるがそう言い放つと、なし崩しにみんな別れようとする。だけど、陽平ようへい真美まみは同じ場所に一緒に向かおうとしていて、その二人に向かってまさるが声を上げた。


「おーい! お前らも手分けして探せ―!!」

「いやー、マジで迷子になったらアレじゃん? 俺たちの事は気にすんな!」

「そうそう、ぼっち共は個人でがんばりな―」


 そう言い残し陽平ようへい真美まみはそのまま行き交う来園者たちの中へと姿を消してしまった


 チクリとまたしても胸が痛んだ。


 「ちくしぉー……リア充共イチャイチャしやがってー……」


 まさるが心底悔しそうにそう吐き捨てたかと思うと、わざとらしく咳払いをコホンと一つした。私はそんなまさるを見て、そっと大悟だいごに顔を向ける。大悟だいごはなに?と言いたげな表情を浮かべるが、私の意図に気が付いたのかすぐにその顔には笑みが浮かんだ。そして私が頷くと、大悟も私と同じように頷いた。


 「まー……その、なんだ。こうなったら仕方ないな! 俺たちも一緒に行くか!」


 まさるがそう口走ると同時に、私は大悟だいごの手を取って走り出す。体がふわりと軽い。真美まみたちとは反対の方向に向かって風のように駆けていく。


 「ちくしょー! いいじゃねえかよー! 一人でこんな場所うろつきたくねーよ!」


 心からの叫びをあげるまさるに向かって私を手を振る。まさるには悪いけど、この少しの間だけ、大悟だいごと二人っきりの時間をどうしても過ごしたかった。誰にも言えない私たち、二人だけの秘密。決して誰にも気づかれないように。

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