青春ロマンチカ

八雲 鏡華

第1話 私の愛した平凡な日々

 海に浮かぶ島のように、自由気ままな雲たちがのんびりと空に浮かんでいる。欠伸あくびが出るほどにいつもと変わらない穏やかな朝。ほんの少しだけまだ残っている眠気を噛みしめ、慣れ親しんだ道を歩いて高校へと向かう。

 赤信号の横断歩道で赤い色が青い色に変わるのを待っていると、どこからともなく声を掛けられた。


 「よ、おはよう巳央みお。相変わらずボーッとしてんのな。どうせ昨日も夜更かししてたんだろ?」

 「おはよ大悟だいご。夜更かしなんかしてないよ、ただ漫画をキリの良い所まで読んでただけ」

 

 声を掛けてきた背の高い男子は柏木大悟かしわぎだいご。近所に住んでいる私と同じ15歳で、幼い頃からの付き合いの幼馴染だ。高校生となった今でこそ待ち合わせして登校するなんて事はしなくなったけれど、大抵の場合はこの場所で鉢合わせして結局一緒に高校まで歩くことになる。これもいつもと変わらない私にとっての日常の一部だった。


 「それよりさ……次のテストがもう近いでしょ? またちょっと勉強に付き合ってくれない?」

 「知ってた。全然勉強しないでギリギリになってから俺に泣きついてくるのは風物詩だもんな。いいよいいよ、俺に任せとけ」

 「さっすが! 持つべきものは運動もできて頭も良い幼馴染! 頼りになるぅ」

 「よせやい」


 私が笑えば大悟も笑う。大悟が笑えば私もつられて笑う。そんな時間が私には愛おしくて堪らなかった。どんなにくだらない会話だろうと私にとってはまるで名作映画のワンシーンのように鮮やかに記憶に残り続けている。

 大悟と私はただの幼馴染だ、その筈なのに胸の中には恋心がくすぶっていた。だけど、それを言葉にしてしまえばこの関係が壊れてしまうような気がした。だから私はこの気持ちを胸に抱えたまま笑う。

 やがて、私たちの通う高校に到着した。クラスも同じ私たちは一緒に教室に入っていく。こうしていつもの学校生活が始まりを迎えた。


 気が滅入るような授業が終わり、昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響く。教室内は波が寄せるように騒がしくなり、みんながそれぞれ思い思いの場所へ移動していく。

 私と大悟、そして友人たちと連れ立って学食へと足を運ぶ事にした。学食内は長い午前の授業から解放され、お腹を空かせて食事を求めている学生たちで賑わっていた。そんなお腹を空かせた学生の一員である私たちは空いている席を確保して食事の準備を進めた。


  「今度のモルモルランドに行く日の事だけどさ」


 肉汁が滴り、芳ばしい香りが食欲をそそるハンバーグが圧倒的存在感を放つ、学食名物のDX《デラックス》定食を目の前にそう言い放つ男子は陽平ようへい。その隣に座ってスマホを触っているのは真美まみ。コンビニのおにぎりなどを持ち込んでテーブルの上に広げている男子がまさるだ。

 みんな、高校に入ってから知り合い、それからすっかり気があってよく一緒に遊びに行くほどに仲の良い友達だ。今回もまた、試験終わりにみんなでテーマパークに遊びに行くためにこうして集まって相談している。


 「遊びに行くのはいいんだけどさぁ~巳央みおはテスト大丈夫なん? いや、私も人の事言えるほど余裕って訳じゃないけどさ……巳央みおはもっとヤバいじゃん?」

 「あー……それは……まぁ、またお勉強をお願いしてですね……?」


  私がなんだか申し訳なさそうにそう答えると真美は、「あっそう」とため息紛れの呆れた顔で乾いた笑いを零した。


 「いっつもそうピンチになってるんだからいい加減に日頃から少しは勉強しとけよな。どれだけ毎回、追い込まれても意地でも勉強しないその度胸、逆に尊敬に値するぜほんと」

 「あっはははは! 毎回、巳央みおに付き合ってくれる奇特な奴がいなかったら今頃大変な事になってるぞ巳央みお。しっかり感謝する事だな!」


 食事をしながらムカつくほど楽しそうに陽平ようへいまさるが笑うと、一つ隣のテーブルの椅子に座りこちらに体を向けている大悟だいごも「言われたい放題だな」と笑いながら茶々を入れてくる。なんだかムッとした私は意地になって大悟だいごのその言葉をスルーした。


 そしてその数日後、試験当日。私は見事に赤点をとって補習が決定した。幸いにもなんとかテーマパークには行ける事にはなったけれど、散々みんなにからかわれたのは言うまでもない事だった。

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