1章第32話 異世界転生の異世界猟兵
……と、ここで終わっていたら美談だったのだが、もちろんそんなわけもなく。
「冒険者ミコト。私は前も言いましたよね? なにかするなら、報告しろ、と!」
「……ハイ、ソウデスネ……」
盛大な正座をかまして、俺は目の前でお説教を口にするアイウィック氏へそうただただうなだれながら頷き返す。
「ええ、ええ。もちろん、わかっていますよ。あの状況は緊急事態だったのでしょう。私も元冒険者であるグラムの遺体を見ました。正直に言ってあの姿が本当にグラムなのかと、疑いたくもありますが、持ち物から考えてグラムであると見て間違いないでしょう」
言いながら、しかしアイウィック氏は、はあ、と額に手を当てて嘆息し、
「逃げることもできなかった、戦うしかなかった。これもわかります。だから、私もあまりこういうことは言いたくありません」
ですが、ですがねえ、冒険者ミコト。
「あんなに派手に雷ふりまかれたら、王都の住民が大混乱するんですよッッッ⁉」
涙目でそう叫ぶアイウィック氏の背には大量の紙が山積みにされていた。
王族、貴族、庶民、商人、聖職者。
おおよそありとあらゆる王都に住まう身分の者から、先のグラムとの戦闘で俺が起こした雷について、すさまじい量の苦情が届いたらしい。
前回にも似たようなことを起こしたせいで即座に俺がやらかしたのだと察したようだ。
そうして王都冒険者ギルドに次々と届いた苦情の処理に、半ば俺担当になんっているらしいアイウィック氏が忙殺されているわけである。
「ハァ~、約束してくれましたよね? 冒険者ミコト。次は報告するって」
「いやあ、突然の戦闘だったから、つい」
あははは、と誤魔化し笑いを俺が浮かべると、アイウィック氏は昏い表情で笑顔を浮かべながら背後を一瞥。
そしてもう一度視線を俺へと向けて、またも嘆息するアイウィック氏。
「……そんなに異形化したグラムは強かったですか?」
お叱りの代わりに、そう問いかけてきたアイウィック氏に俺は神妙な表情で頷き返した。
「ええ、かなり。正直、いまもこの場に立っているのは割と運がいいからだと思っています」
俺の言葉に、たまらずアイウィック氏は眉間を揉んで、
「レベル三桁台のあなたが窮地に立たされるほどの異形に元冒険者グラムはなっていたと言うわけですか。まあ、あの異形の姿を見れば、納得もしますがね」
そう言いながらアイウィック氏は難しい表情を浮かべる。
「どうやら、この王国でなにか異変が起こっているのは間違いありません。ですが、それがなんなのかを我々にはわからない」
「そうですねえ~」
呑気な口調でそう告げながら、しかし俺が視線を逸らしていると。
逃がさぬ、とばかりにアイウィック氏の腕が俺の方へと伸びた。
「というわけで、一級冒険者ミコト」
「あの~。俺、二級冒険者なんですけど……?」
首をかしげて、そう問いかけると、アイウィック氏はニコリと一つ笑い、
「いえ、本日付けであなたは二級から一級へ昇格いたします。理由は先の〝黒き森〟先行調査の成功。そして今回の極秘王都防衛作戦の功績ですね」
「極秘王都防衛作戦」
「さすがに、現在の我が国最強である騎士団長でもかなわない相手を討伐したんですから、それぐらい吹っ掛けても大丈夫でしょう。ええ、いまは我がギルドは人手不足なのですから!」
やばい、このままだと面倒事に巻き込まれる⁉
「あ、アイウィック氏。俺は正直に言うと、のんびりだらだらとした生活を送りたいわけでしてね。そのためにもあまり目立つのは──」
「ちなみに一級となると無条件で王都の市民権が与えられますよ」
「わかりました! 一級冒険者ミコト・ディゼル! 今後も王都冒険者ギルドのため、粉骨砕身して頑張る次第であります!」
ビシッと腕を振り上げて、そう宣言する俺に、にっこり笑うアイウィック氏。
その顔は怖いが、仕方ないだろう。
俺はいますぐにでも自分の自由にできる家が欲しいのだ。
「ええ〝今後とも〟よろしくお願いいたしますね、一級冒険者ミコト」
そうして面倒事を押し付けられた予感をひしひしと抱きつつ、解放された俺は、ひどく疲れた表情を浮かべながら冒険者ギルド一階の酒場まで向かう。
半ば指定席となった酒場の一角にある席へと俺が座ると、すでにそこで飲み食いをしていたディアとハウルの二人がちらり、とこちらを伺いみてきて、
「どうでしたか、ミコト」
「ああ、なんのお咎めもなかったか?」
「一応王都を騒がしたってことで、形式的なお叱りを受けたのと。今回の件と前の〝黒き森〟の件を合わせて俺の一級昇格と決まったのと、ついでにディアも二級昇格だって」
なにげない口調で、去り際にアイウィック氏から通達するよう言われていた言葉をディアに告げてやると、ブッ、とディアは息を吐きだした。
その姿に俺は悪戯を成功させて気分良くする中、うろたえた表情のディアは、
「わ、私が二級⁉」
「むしろ実力を考えれば、すでにそうであってもおかしくはないだろう。活動が不定期であったから評価されなかっただけで、順当な結果だ」
うんうん、とすでに一級冒険者で特に昇進とかもなかったハウルが他人事のように頷く。
「つーか、その理屈で言うとまだ冒険者になって一か月もたってない俺が、一級とかおかしくないですかねえ、ほんと?」
「ならば、あとは上級冒険者になるだけだな。冒険者ギルドのギルドマスターから推薦を受ければ、試験は受けられるから、いますぐ申請してみてはどうだ?」
ギルドマスター……おおかた、この冒険者ギルドの長あたりだろう、と推測しつつ、ハウルの冗談にならない冗談に、俺は嫌そうな顔をする。
「やだよ。俺はこれからのんびりだらだらと過ごすつもりなの」
「のんびりだらだら……?」
ああ、そういえばハウルに言ってなかったっけ。
「俺の最終目的! のんびりだらだら自由に過ごす。それこそ俺が冒険者になった理由だ!」
高らかにそう宣言する俺に、ハウルは顔を引きつらせ、ディアもどことなく呆れた雰囲気を醸し出しながら、ポツリと一言。
「これだけの大騒動を起こしておいて、そんなことが果たして可能なのでしょうかねえ?」
「……言うな。それから全力で目をそらしているんだから」
こちらの世界に来てまだ一か月と立っていないのに、こんな状況。
今後もそうならない、という保証はない。
それでも俺はのんびりだらだらした生活を送りたい。
「──と、いうわけで一級冒険者となり王都の市民権も無事手に入れたので」
「「手に入れたので?」」
口をそろえて、こちらを見やってくる二人に俺はニヤリとした笑みを浮かべて言う。
「──家を買いたいと思います!」
善は急げだ、とばかりに立ち上がり、そして二人に促すようにして俺は叫ぶ。
「さあ、早く家を探しに行くぞ! 目指せ、俺の城! 今後はそこに引きこもってのんびりだらだら生活を送ってやるんだい!」
「あっ、ちょっと待ってください、ミコト。まだご飯を食べ終えていません。料金を払ったんですから、せめて全部食べないと!」
「そうだぞ、いきなり走るな! お前が本気で走ったら俺でも追いつけないんだからな⁉」
そういって走る俺を慌てて追いかけてくるディアとハウル。
そんな二人を引き連れて俺は王都の街中を走りながら、しみじみこう叫んだ。
「ああ、早くのんびりだらだらした生活がしてぇ~!」
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