1章第31話 異世界猟兵と【導の魔眼】

 ──世界が青に染まる。


 色が抜け落ち、ただ青色一色となった世界。


 その中でもしかし不思議と風景の輪郭だけは捕らえられ、そして俺の視界の中で迫るグラムの影を直視した。


 剣の柄を握る手に力を籠める。


 青一色に染まって、その表情も具体的にわからなくなっている中、しかしそれはグラムだとなぜか直感しながら俺はその影を見た。


 すると、そのグラムの中に〝白〟が生まれる。


 青一色だった世界の中で差し色として生まれた純白。


 それは、しかしすぐにグラムの影の中で膨れ上がって、増殖し、胴体のほぼすべてを覆う。


 それは因果の塊だ。


 本来ならば、決して見えることのない因果の可視化。


 白い塊として因果律を目視した俺は、それを無言で見据える。


「───」


 剣を持ち上げた。


 腰だめ。


 いわゆる脇構えだ。


 文字通り脇を通すようにして、剣の切っ先を後ろへと向けるその構えを取り、グラムを見据える俺へ、グラムの影は遠慮なくその腕を振り上げた。


──【死ネェェェェエエ‼】──


 そんな絶叫を上げるグラムの声も、しかしどこか遠い。


 まるで水面をはさんだ向こう側から聞こえてくるように響くグラムの声に俺の精神は一つとして揺れ動くこともなく。


 だからこそ、俺は無心に剣を振るえる。


 ──


 目を大きく見開き、青一色の世界でそれを見る。


 グラムの体に刻まれた純白。


 因果律が可視化したそれをなぞるようにして、俺は一閃した。


 白い塊は、俺の剣による斬撃を受け、まるで風船がそうするように内側から爆発。


──【……ア──ァ……?】──


 水面の向こう側で、グラムがそう不思議そうな声を出した。


 その時には、もう彼の背後に俺は足を向けていて。


 ただの一歩で切り捨てられたグラムは、そのまま地面に崩れ落ちる。



 ──開眼【しるべの魔眼】



 因果律を操作し、望む結果を導く【魔眼】


 それこそが俺の切り札。


 この【魔眼】を前にすれば、どれほど小さな確率であっても、それが在り得る事象であるのならば、俺は自由に導き出すことができる。


 そう例えば──、という可能性であっても。


 青い世界に色が戻る。


 そうして視界が元の状態に戻るのと、グラムが息絶えて動かなくなるのは同時だった。


「……やった、のか……?」


 呆然とそう呟き洩らしたのは、全身を傷だらけにして立つハウルだ。


 それと同時に森の木々が揺れ、その奥からディアが現れる。


 彼女もまた傷ついた体でこちらへと立っており、俺がそちらへと視線を向けた瞬間──


「………ッ」


 ぐらり、と視界が傾いた。


 同時に眼球へと激痛が走り、俺は思わず顔を押さえてしまう。


「──ミコト!」


 とっさに駆け寄って、そして俺を支えるディア。


 だが小柄な少女であるディアに、俺を支えきることはできず、そうして二人して倒れようとしたときに、より太い腕が俺とディアを掴み上げた。


「大丈夫か、二人とも」


 そう言ってこちらをハウルが見下ろしてくる。


 ようやく【魔眼】の後遺症が治った俺は、ふう、吐息を漏らしてそんな二人へと力ない笑みを浮かべながら振り向いて、


「ああ、大丈夫だ。ありがとう、二人とも」


 たすかった、と俺が口にすれば、ハウルとディアは俺をはさんで互い目を見合わせ。


 そしてなにかを譲り合うような間を置いた後、ハウルからなにかを譲られたらしい、ディアがにっこりと笑い。


「えいっ」


 そう告げてディアの手刀が俺の頭頂部に突き刺さった。


「痛っア⁉」


 ただでさえボロボロの身に涙目を浮かべる俺に、ディアは鋭い眼差しで俺を見て。


「ミコト。私は、本気で怒っています」


「俺もだぞ」


 ジトリ、とした目で俺を見やる二人。


 その二人に俺はたじろいだような表情をする中、二人はこんこんと俺へ説教するようにこんなことを口にする。


「いいですか、確かにあなと私達では実力に差があります。ですが、それでも私達は仲間でしょう? 少なくともさっきそうなりました。だったら、少しぐらい手伝わせてくれてもいいではありませんか」


 不貞腐れたような表情で唇を尖らせて言うディアに、同様にハウルも深々と頷きながら、ジロリと俺を見やり、


「そうだ。ディアの言う通りだぞ、ミコト。お前は独断専行が過ぎる。行動するならばまず相談。それもできなければ、俺達が仲間である意味がないだろう」


 二人から、そんな言葉を向けられて、俺は思わず戸惑い混じりの表情を浮かべてしまう。


「い、いや。でも……」


「いや、も、でも、もありません!」


 ビシリッと人差し指を立ててディアがそう告げる。


 それにハウルも頷きながら、その大きな手を俺の頭へと伸ばして、そのまま振り回すような乱暴さで撫でてきた。


「ミコト。俺達は仲間なんだ」


『ミコト。俺達は仲間なんだぜ!』


「───」


 俺の頭を振り回す大きな手が、その発された声音が、記憶の影と重なった。


 そうして目の前の仲間と記憶の中の彼らが同時に告げてくる。


「そうですよ、ミコト。私達は仲間なんですから、手を取り合わないと」

『いいですか、ミコト。我々は部隊なのですから、手を取り合わないといけません』


 ええ、わかっていますよ、ダイムズ副隊長。


「たとえお前がどんな状況にあっても、俺達は必ず手を貸す」

『たとえお前がどんな状況にあっても、俺達は絶対に手を貸すから』


 うるせえ、ケイディック。お前の手を借りるまでもねえよ。


「私達は仲間としてあなたを助けたいんです」

『私達は同僚としてあなたを助けたいのよ』


 はい、いつも助けられています、イリスさん。


「俺達は絶対にお前を一人にしない」

『……俺達は、絶対にお前を一人にすることはない……』


 オムロイ、それがあなたから俺に告げてくれた唯一の言葉でしたね。


「どんな時でもあなたの元へ駆け付けますから」

『どんな時でもテメェの元へ駆けつけてやるよ!』


 知ってますよ、おやっさん。あなたはいつも俺の元へ駆けつけてくれた。


「だから」


「ですから」


『『『だからな』』』


 そうして仲間たちの声が一つに重なった。



「「『自分が一人だと思わないで、ミコト』」」



 そんな『彼ら』の言葉を聞いて。


「……ああ、そうだな……」


 いま、ようやっと俺は自分の中で一つの決着が得た。


 自分が実は死んでいた、と言われて。


 それでもなお、なぜか生きてしまっていた自分に納得をすることができたのだ。


 俺には仲間がいる。


 たとえ、別の世界に生まれ育った人間でも、仲間を作ることができる。


 それだけが分かれば、もう俺には十分だった。


「ありがとう、みんな」


 瞳を閉じ、いまは亡き彼らの姿を脳裏に浮かべる。


 ああ、どうしてだろう。


 記憶の中だというのに、思い描いた彼らは明るく笑っていた。


『──じゃあな、ミコト。達者でやれよ』


 おやっさんのその言葉を最後に、脳裏に思い描いた彼らの姿が薄れていく。


 その代わり、開いた目に写るのは目の前の新たな仲間の二人。


 こちらを心配そうに見やる彼らへ、その目じりにしかし温かいものを感じながら俺は笑う。


「最高の仲間だよ、お前達は!」


 言って俺は駆けだし、彼らをまるごと抱擁した。


 ディアが、きゃっ、と悲鳴を上げ、ハウルも無言で驚きを露わにする中。


 俺は彼らを抱きしめて、そのぬくもりを感じながら笑う。


 そんな俺の笑い声が伝染したのだろう。


 最初は戸惑っていたディアとハウルも笑い出して。


 そうして俺達の笑い声が森の中でこだました。

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