1章第28話 異世界猟兵と魔獣
結局、その場はディアが
「……ひ、ひどい。俺達はただ、ハウル一級冒険者に尊敬の念を伝えようとしただけなのに!」
ひっぐひっぐ、と涙をぬぐいながら、そんなことを言う二人組。
「……いや、あんな紛らわしい言い方をされたら誰だって不意打ちを試みようとした野盗だと勘違いしますよ。客観的に見て」
そんな二人組へ
「た、確かに俺達もややこしい態度を取ったのは悪かったけども……⁉」
「だから俺は言ったんだよ、いつまでもまごついてないで、さっさとハウル一級冒険者に話しかけようぜって! そうしなかったから、盛大に勘違いされたじゃねえか⁉」
なんだとう⁉ とそうして言い合いを始める二人組に俺は呆れた視線を向けながら、その頭を掴み上げ、無理やりに距離を取らせる。
「はいはい、そこまでにしろ。見苦しい喧嘩に付き合ってやれるほど俺達も寛大じゃないぞ。言いたいことがあるなら、サッサと言えよ」
言って俺は視線でハウルに向くと、二人組もようやく自分達がなにをすべきか思い出したのだろう、決然とした表情を浮かべて、改めてハウルへと向き直り、
「「ハウル一級冒険者! この前は俺達を助けてくれて、ありがとうございました‼」」
そう勢いよく頭を下げてお礼を告げる二人組に、ハウルはしかし困り顔だ。
「……ふむ。この前……?」
「あ、はい! 一か月ぐらい前にハウル一級冒険者は結構強力な魔物に襲われていた俺達を助けてくださいましたよね!」
「確か【
口々にそう告げる青年二人に、ハウルは眉根を寄せながら、一か月前、と呟いて。
「ああ、確かにそのようなこともあったな。なるほどお前達がその時の」
ようやく思い出したハウルに、二人組はすさまじい勢いで瞳を輝かせる。
「はい! 本当に、あの時は死ぬかと思ったんで、助けてもらってマジ感謝です!」
「ずっとずっと、それを言いたかったんですけど、なかなか言い出せなくて! 冒険者ギルドでも何度か話しかけようとしたんだけど、他の奴らの目もあるし、それで話しかけ辛くて」
どうやら獣人族というだけで差別的な扱いを受けるハウルに冒険者ギルドの建物内では喋りかけ辛くて、こんな場所でその時のお礼を口にしようとしたらしい。
「……いや、あの時は当然のことをしたまでだ」
「何を言っているですか! 普通の冒険者ならいくら強くても【
「それだけじゃなくて【
「……う、うむ……」
ズズイッ! と勢いよくハウルへ顔を近づけて、熱く語る青年達にハウルは引き気味になってそんな声を出し、それを見て俺は思わずククッと喉を鳴らしてしまった。
「ディアさん、ディアさん。いまのハウルをご覧になりまして?」
「ええ。見ましたよ、ミコトさん。あんなに慕われたことがないのか、ずいぶんと戸惑っていらっしゃいますね?」
「自分は獣人で嫌われているから、と言ってらっしゃったのに、実際にはああも慕われているなんて、意外と本人もわからないものですね~」
「あらあら、ミコトさん。そんなことを言ってあげなさいな。獣人と一緒にいるととやかく言う輩がいるから、そういう人たちのせいで、届くべき言葉も届かなかったのでしょう」
にやにやと二人して笑って、そんな寸劇を始めた俺達にハウルの半眼が向く。
「おい、二人とも! やめてくれ。だいたい、これは彼らだけだ。実際に俺は嫌われ──」
「何を言うんですか! ハウル一級冒険者を慕っている人はギルド内でも結構いますよ!」
「そうッス! 俺達だけじゃなくて、他にも多くの若手冒険者達が、ハウル一級冒険者を尊敬してます! でも、みんな一級冒険者としてご多忙であるからと遠慮しているだけで、本当は話しかけたくてたまらないんですからねッ⁉」
ハウルの言葉を遮って、青年二人組が唾を吐きながらそう告げてくるので、ますます困り顔を浮かべるハウルに、俺も笑いがこらえられず。
目じりに涙を浮かべながら、俺はハウルを見やって言う。
「ハウル。いい加減認めろ。お前は確かに獣人で一部の奴らからは嫌われているかもしれないが。そういうのとは関係なく尊敬してくれている奴らもいるんだ。それを認めてやらないと、それこそ彼らに失礼というものじゃないか?」
諭すようにそう俺が告げると、ようやくハウルも現実を受け止める覚悟できたのか、相変わらず眉尻が下がってはいたが、それでも彼らへと向き直って。
「ああ、そうだな。ありがとう、二人とも。俺のようなものを慕ってくれて」
「俺のような者なんて言わないでください! ハウルさんは王都ギルドの下級冒険者の中であこがれの的なんですから!」
「そうッスよ! ハウルさんは本当にすごくて、マジかっこよくて──‼」
「おーい、それ以上は落ち着け。話が長くなる」
呆れた眼差しで俺は青年二人を一度黙らせる。
彼らも自分達が熱くなっていたのをようやく自覚したのか、顔を赤くしながら、すんません、と謝罪をしてくるので、俺は苦笑を浮かべながら彼らへと言った。
「まあ、ハウルを慕ってくれるのはうれしい。俺も仲間としてこいつの卑屈さは気になっていたからな。今後ともよろしくしてやってくれ」
「「はい──!」」
勢いよく頷きを返す二人組に対して俺へと半眼を向けてくるハウル。
「……いや、ミコト。お前はなに目線で語っている?」
「んー? しいて言うなら、リーダー目線?」
にやりと笑って、そう意趣返しを俺が試みると、なまじリーダーとして俺を任命した責任があるからか、ハウルは微妙な顔をしたがそれ以上は反論しなかった。
そうして一通りお礼を告げて満足したのか、青年冒険者二人組は、ブンブンと手を振りながらその場を辞し、ようやっと暑苦しい二人が消えたからかハウルは、ふう、と彼にしては珍しいほど深く息を吐き洩らして、
「……なぜか、かなり疲れたな」
「慣れないことしたからだろ。でも、よかったじゃねえか。獣人であるお前でも慕ってくれている人がいるってわかって」
今度はニヤリとした、ではなく、純粋な微笑みを浮かべてハウルにそう告げると、ハウルはなんとも戸惑ったような顔で自分の頭頂部にある獣耳を掻き、
「……正直、俺は自分が獣人だから誰にでも嫌われている、と思っていた」
そう告げながらも、しかしいまのハウルはそう思ていないのは俺とディアを見やる、その視線でなんとなくでも察せられる。
「でも、違うのだな。どうやら俺は、気づかぬうちに自分自身で殻にこもってしまっていたらしい。本当は目を向ければ、ミコトやディアのように獣人であっても気にしない者はいる」
「ま、俺は種族差別とか嫌いだし?」
「右に同じく。種族とか民族が違うぐらいで差別するのは私も嫌いです」
口々にそう告げる俺とディアに、ハウルは一度苦笑を浮かべて。
しかしその表情をすぐさま真面目なものに返るとなぜか俺へと向き直ってくるではないか。
「ミコト」
「……? なんだ、ハウル」
いきなり真面目な顔をしたハウルに、俺が首をかしげているとハウルはその顔を引き締めながら、こんなことを言ってくる。
「今日より俺は、ミコトから5000コールを受け取るのを辞退する──その代わり、俺を正式な仲間として加えてくれないだろうか」
そう言って頭を下げるハウルに、俺はディアと一緒に顔を見合わせた。
「おい、ディア。ハウルはいつから正式な仲間じゃなかったんだ?」
「さあ、私には過分にして存じ上げませんね」
ひそひそと、しかし声は十分にハウルへ聞こえる形で告げてやると、ハウルが顔を引きつらせるので俺は、はあ、と嘆息を一つ漏らし、
「あのなあ、ハウル。お前は考えすぎなんだよ。確かに最初の出会いは俺が〝常識を教えてくれ〟っていう依頼をお前に出したことからだけども」
「え? そんな依頼を出していたですか?」
途中で声をはさんできたディアに、茶化さない、と俺は告げつつ改めてハウルへと向き直り、そして彼へと手を伸ばして言う。
「だからさ、こちらから頼むよ、ハウル。俺と──いや、俺達の仲間として今後も一緒に楽しくやっていこうぜ」
そう俺が笑みを浮かべてハウルへ告げると、彼は一瞬目を見開いた後、しかしその顔を俯かせてしまう。
それが照れ隠しだというのはその頭が微妙に震えているので分かったが、俺はそれを指摘せず、そうしてしばらくして顔を上げたハウルは晴れやかな表情をしていた。
「ああ。よろしく頼む、ミコト、ディア!」
そうして俺達はようやっと真の意味で仲間になれた。
向うの世界で同僚達を全員失って、自分自身も死んで、こうして別の世界にやってきた俺は、しかし、そこでも新たな仲間を得れたのだ。
そのことに無情の幸せを俺は噛みしめる。
……それがいけなかったのかな。
俺が感じた幸せは、しかし直後に響いた悲鳴のせいで無茶苦茶にされた。
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああ──ッッッ‼‼‼』
「──ッ。なんだ⁉」
バッと振り向いた俺は、同時に【探査術式】を使う。
そうして【探査】した先で、俺達がいる場所からおよそ150リージュ。
こちらの単位で300メートルの至近に、その反応を感じ取る。
「………ッ」
思わず口を押えてしまった。
【探査術式】によって取得した情報構造の形状情報。
そこに記載されたバラバラの手足と、それを食らう人影に吐き気を覚えたのだ。
「……な、ん……」
だ、という俺の言葉は、しかし喉から出ない。
ぐちゃり、と、オトがヒビいた。
ぽたぽた、と、まっかなエキタイが、じめんにオチる。
まだアタたかい。
ヒトのものだった、ソレが。
「───ッ‼」
反射的に俺は走り出す。
その姿を見てハウルとディアは戸惑いの声を上げた。
「ちょっ! ミコト⁉」
「どこにいくんだ⁉」
「お前らはついてくるな‼」
そう命令しながら【情報強化】で走る先。
つくまでに3秒とかからなかった。
でも、その間に彼らは命を落としていた。
うつろに虚空を見つめる目。
真面目そうなその顔立ちの青年と、チャラついた雰囲気の青年。
その頭だけとなった彼らが──先ほど、ハウルを慕ってくれた純粋なほどにまっすぐなその人達が、しかし呼吸をしていない。
【ア──?】
ゆらり、と影が動く。
その口元をまっかに染め上げながら、くちゃくちゃ、とまだ口の中でなにかを咀嚼しているそいつは、その血赤に染まった両の瞳で俺を見やってくる。
【おお! こりゃあ、幸先が言い。ようやく会えたぜエ、小僧】
異形の人物だった。
おおよそは人型の姿をしているのに、その体の半分までが得体の知れない、鱗ともなんともいえない硬質なものに覆われていたが、それでももう半分が人と同じ姿をしていることで、俺は彼がようやく誰なのかを理解する。
「……グラム、なのか……?」
グラム・スコットウィン。
かつて、そう呼ばれていた人間が、いまはしかし人とは名状しがたいなにかと化している。
いや、言葉を飾るのはよそう。
見ればわかる。
その身にまとう膨大な〝汚染魔力〟と、それによって変質した姿。
俺が元居た世界ではありふれた──だからこそ悍ましいその存在。
「──
そんな化け物となった、かつて人だったモノが目の前にいた。
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