1章第27話 異世界猟兵と怪しい二人組

 そんなこんなで、パーティを結成した俺達三人は。


 現在、王都南の森にやってきていた。


『──ミコト。そちらに【暴巨鬼オーガ】が二体向かいましたよ! 接触まで15秒!』


「おう、了解! ハウル。こっちに【暴巨鬼オーガ】が二体来る!」


「承知した!」


 俺が渡した加護機の通信機能をすっかり使いこなして、遠方よりそう通信を入れてきたディアの表示枠に頷いて、俺がハウルに情報を共有する。


 ディアが言った通り、きっかり15秒後に森の木々を粉砕しながら【暴巨鬼オーガ】が二体現れたので、俺は剣を握りしめて、そしてハウルの方を一瞥。


「俺が右」


「では私が左だ」


 そう告げて俺達二人は走り出す。


 と、その時、すぐそばの茂みから緑色の影が飛び出してきた。


緑小鬼ゴブリン】だ。


 そいつが横合いから俺へと奇襲を仕掛けてくる、なんて生意気なことをしてきたが──俺はしかしそちらへと振り向かない。


 代わりに遠方よりダァァンッッ‼ という轟音が響き渡って、そして【緑小鬼ゴブリン】の側頭部へと大穴が穿たれた。


 ディアの法術による狙撃だ。


 彼女が得意とする【風の弾丸エア・ボール】というらしい風の魔弾で、側頭部を穿たれた【緑小鬼ゴブリン】がそのまま黒い靄へと霧散していくのを横目で見やりながら、俺は【暴巨鬼オーガ】へ肉薄。


「ウオラッ‼」


 叫びながら俺は蹴りを放つ。


【情報強化】によって増強された俺の一撃は4リージュ以上──こちらの単位で8メートルを超える【暴巨鬼オーガ(オーガ)】の巨体をいともたやすく浮かび上がらせ、そのまま吹き飛ばした。


 そうしてもう一体の【暴巨鬼オーガ】から距離を取らせることでハウルも動きやすい空間を確保しながら、俺は吹き飛ばした【暴巨鬼オーガ】へと向き直る。


 ──GULLL……!


 俺の蹴りを受けて、倒れていた【暴巨鬼オーガ】はそんな唸り声を上げながら立ち上がり、その手に握りしめた【緑小鬼ゴブリン】のそれよりも圧倒的に大きい棍棒を振り上げ、勢いよくこちらへと突進を仕掛けてくるので、俺はそれをスッと息を吐いて見やる。


 目に魔力を込めた。


 すると、俺の眼球を構成する霊体が揺れ動き、その中に刻まれた回路が駆動する。

 意識の中で撃鉄を起こし、回転弾倉を回すことで俺は自分自身の【眼】を切り替えた。


 ──開眼【膝部虚脱しつぶきょだつの魔眼】


 俺が六つ有する魔眼の一つ。


 相手の両膝に込められた力を消し去り、その体勢を崩すという俺の魔眼が【暴巨鬼オーガ】の姿を確かに穿ち、そしてその通りのことを起こした。


 ……と、格好良く言っているが、要するに膝カックンを起こす魔眼である。


 ──GULUA⁉


 ガクッ、と音を立てて【暴巨鬼オーガ】の膝から力が抜ける。


 そうして膝立ち状態となって動けない【暴巨鬼オーガ】へと向かい、俺は一息で跳躍。


 そのまま空中で【重力制御】を行いながら体を固定して、剣を振るった。


 一刀両断。


 一撃のもとに断たれた【暴巨鬼オーガ】の首が宙を舞い、そして地面に落ちるのと俺が地へ足を付けるのはほぼ同時で。


 堅い金属質の音を立てて鞘へと杖剣を納めた瞬間、俺の背後で黒い靄が霧散する。


 そうして俺がもう一体のほうへ振り向いてみると、そこではハウルが【暴巨鬼オーガ】をなぎ倒しているところであった。


「ハアァァアッッッ‼」


 深く呼気を吸って、全身に魔素を循環させたハウルの一撃はすさまじく重く。


 巨体を誇り、その分だけ膂力も大きいはずの【暴巨鬼オーガ】ですら、ひとたまりもなく吹き飛んで、そのまま地面へと倒れ伏す。


 その胸元は大きな切り傷がつけられており、その深さから言って【暴巨鬼オーガ】が普通の生物であれば、肋骨ごと心臓含めた体内の臓器を損傷させられ即死していただろう。


 事実そうなった。


 黒い靄と化して霧散するもう一体の【暴巨鬼オーガ


『──討伐完了ですね。周囲に他の魔物は存在しません』


「おう、了解!」


 ふう、やれやれ、と伸びをしながら俺がそう告げるとハウルもこちらへ近づいてくる。


「ミコト。終わったか?」


「ああ。高台で索敵をしてくれているディアからも他の魔物はいないって」


 そう告げると、ハウルもようやくその肩から力を抜き、そして感心したように俺のすぐそばで浮かぶ表示枠へと視線を向けた。


「さすが、便利だな。その遠方との間で声をやり取りする魔法……表示枠? と言ったか、それがあるおかげで、ディア嬢が遠くにいても会話ができる」


「俺が元居た場所じゃあ、一般的な通信技術だったけどな」


 なにげなく、そう言いながら俺は表示枠の方──正確にはその向こう側にいるだろうディアの方へと振り向いて声を向ける。


「ディア。そっちはなんともないか?」


『はい。こちらはなんともありませんよ。【緑小鬼ゴブリン】一匹襲ってきません』


「じゃあ、こっちと合流して、昼飯にしよう。そろそろちょうどいい時間だしな」


 俺の言葉に、そうですね、と返答を返してくるディア。


 ハウルの方へと視線を向けると、了解だ、というように彼からも頷きが返ってきた。


「そうだな、そろそろ昼食にしよう」


 言って俺とハウルは、ディアと合流して、程よい場所で食事を広げる。


「……相変わらず、ミコトは精進料理みたいな昼食ですね?」


 草食中心で、味気が薄い教会手製の料理を広げている俺を見て、そんな俺よりはいくらか豪華な肉も挟まった料理を口にするディアがそう呟くので俺は苦笑を浮かべた。


「食べれば結構おいしいぞ」


 というか、


「そもそも俺はその……肉擬きがどうしようもなく食べれないからな」


 イー、と歯を食いしばるような表情をして首を左右に動かす俺にディアは、ああ、と納得の表情を浮かべ、たいしてハウルはその首を傾げた。


「……肉擬きだと? しかしミコト。ディアのそれは、どう見ても本物の肉ではないか」


「ミコト曰く、自分のところで食べられていた肉は培養装置? なるもので培養したもので、こういった天然ものの家畜からとれた肉ではなかったそうです」


「培養肉な。俺が元居た場所ではもうそれが当たり前になっていて、いまディアが食べているような家畜から採れた肉は一部のモノ好き以外には食べられないものになってたんだよ」


 より正確には懐古趣味がすぎる貴族階級の間で、だが。


 この前、ディアに連れられて行った飲食店で、それを食べた時の衝撃と言えばなかった。


 そこそこ洒落た店構えの場所で、実際に他の料理は元の世界の高い水準の料理を食べてきた俺でも舌を巻くほどおいしかったのに、ただ一つだけこの肉擬きナパーネレ・ディーン……家畜産の食肉だけが俺にはどうしようもなく食べれなかった。


 培養肉に慣れた俺の味覚には、どうしても家畜肉は生臭く感じるのだ。


 おかげで、食欲旺盛な成長期の身だというのに教会が出すこの精進料理じみた料理以外ろくに食べれない俺は、結果的に教会へ滞在する時間がのびのびにとなったというオチである。


「ふむ。そういうこともあるのか。我々獣人族からすれば、肉が食べられないのは考えられないことなのだがな」


「そこはそれ、個人の嗜好の範疇ってことで」


 言いながら俺は精進料理じみた昼食をパクつき、ディアも同様に自分の弁当を食する。


 ハウルだけが何も食べていないのは、彼が周囲を警戒しているからだ。


 この後、俺とディアがそれを代わり、ハウルも昼食をとる予定である。


 だが、そうやってハウルが警戒していてくれたからこそ、それに最も早く気付いたのも、またハウルであった。


「……! 誰だ‼」


 叫びハウルが振り返った先。


 そこで茂みが揺れた。


 ビクリ、と驚きを露わにするような揺れ方をした茂みをハウルが鋭く睨み、その背に背負う大剣へと手を伸ばしながら、警告の一声を発する。


「姿を見せぬというのなら、こちらから出向かせてもらうぞ……‼」


 牙をむき出しにして、そう威嚇するハウルに、相手もたまりかねたのだろう。


 ガサガサ、と激しく茂みを揺らしながら、そいつらは現れる。


「あー、待って待って! 怪しいものじゃないです! ただちょっとすぐそばを立ち寄っただけの者でして、決して……! 決してあなた達を襲おうとは……⁉」


「そ、そうだ! 俺達はなにも悪さをしようとしていない! ただただあなた達の姿を見て、チラチラ見ていただけだ‼」


 それは、語るに落ちる、というのではないだろうか?


 そう俺が疑問し、ディアは身にまとうマントのフードを目深までかぶり、ハウルに至ってはまったく彼らの言葉を信じてないという眼差しで犬歯をのぞかせていた。


「……怪しい者ではない、と名乗るのならば、どうして先ほどから茂みの中で我々を観察していた? 少なくとも五分近くはそこにいたな?」


 瞳を細めて、そう告げるハウルに、ギクリと二人組は固まる。


 ちなみに俺もハウルにばかり警戒を任せていられないので、片手間ではあるが【探査術式】を起動して、周囲の精査を行っていた。


 だから、ハウルの言っていることが真実だと知っているし、その上で彼らを無視していたのは、こちらから下手につついて戦闘になった結果正当防衛が成立しないのを恐れたからだ。


 ただ、俺は彼らの容姿を見た瞬間、その顔に見覚えがあることにも気づいた。


「あれ、あんた達。もしかしてこの前グラムの野郎を連行しようとして失敗してた人達か?」


 まだ俺が冒険者になる前、冒険者ギルドへやってきた俺へと絡んだグラムをアイウィック氏が連行するよう頼んで、しかし結局抵抗されて失敗した二人組の冒険者だ。


 それぞれ真面目な雰囲気の青年と少しチャラついた風な青年である。


 俺がそんな二人に見覚えがあることに気づくと、彼らは救われた、というような表情を浮かべて、俺の方へと勢いよく振り回すように首を縦へと振り、


「そうそう! 俺達、あの時の! いやあ、その節はご迷惑をおかけしまして~。グラムの野郎に抵抗されて取り逃がしたばかりに、あんな大事になったのは申し訳ない!」


「あれから、俺達も自分の力不足を痛感してな。それで鍛えた結果、いまやレベル16にまで上がったぞ」


 確か彼らがあの時言っていたレベルが14だったので、それから2は上がったことになる。


 それがすごいのかすごくないのかわからず首をかしげていた俺に、ハウルが体の向きは彼らへ向けたまま、こちらをちらりと見やって、こんな問いかけをしてきた。


「奴らと知り合いか、ミコト?」


「いいや、全然」


 即答でそう答えると、青年二人組は焦ったような声音でこう告げてくる。


「ちょーっ! そこはせめて知り合いって言おうよ! 顔見知りでもいいからさ!」


「いやー、だって。あの時ちらりと見ただけの人間を知り合いとも顔見知りとも言えんでしょ。ましてや、ずっとこちらを監視していたような奴らを」


 呆れた眼差しで俺がそう指摘してやると、うぐっ、と二人組はその場で硬直。


 そうして顔を俯かせた二人組は、その拳を握りしめ、ポツリとこのようなことを言う。


「仕方ない。こうなったら、やるか?」


「おう。もうバレちまったんだ。隠し事なんてできねえ……!」


 二人して顔を見合わせ、そんな怪しいことを言い出すので、お、やるのか? と俺はとりあえず暴徒鎮圧用の術式をいくつか待機状態で演算。


 一発目は【酸素霧散】の術式であいつらの顔の周りの酸素を霧散させて、呼吸困難に陥らせてやろう、と俺が構えるのと、彼らが動くのは同時だった。


「「ハウル一級冒険者‼」」


 二人が声をそろえて、そうハウルの名前を叫ぶ。


 いきなり、自分の名前を呼ばれて、とうとう警戒が限界値に達したハウルが〝魔素呼吸〟を行って、踏み出す姿勢になった、その時。


 バッ、と勢いのいい衣擦れの音を立てて目の前の青年二人が動いた。


 踏み出すハウル。


 術式を起動する俺。


 そして──二人組!


「「ずっとあなたのことを尊け──むごおあ⁉」」


 俺が起動した術式で呼吸困難に陥って、蒼い顔で悶絶する青年二人。


 そこにハウルが襲い掛かって、二人が盛大に宙を舞う。


「「あ」」


 地面に激しく激突する青年達を見て、俺とハウルはやらかしたことに遅れて気づいた。

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