1章第26話 異世界猟兵と仲間たち

「……ひどい目にあいました……」


 ぐったりした表情で、ディアがそんなうめき声にも似た呟きを漏らす。


 場所は、冒険者ギルドの建物──その一角にある酒場となっている区画だ。


 そこに並べられた椅子の一つに俺とハウル、ディアの三人で座り、昨夜の〝黒き森〟における顛末を語っていたところである。


「……ミコト。最後のあれは、なんなんですか。ほんとにもう。いきなり谷を跳ぶなんて」


「いやあ。でも、そのおかげで魔物どもは振り切れただろ?」


「……そのせいで、俺達はずいぶんと苦労させられたがな」


 ディア同様にハウルもそう言うので俺は、たはは、と誤魔化し笑いをする。


 昨日の夜、あの〝黒き森〟にてアウロラ草を採取したのちに大量の魔物どもから追いかけられた俺達一向は、それを振り切るため俺が二人を抱えて谷を飛び越えるという暴挙を行った。


 おかげで魔物どもはそのまま谷へ真っ逆さま。


 俺達も無事、森を抜けられてこうして三人そろって食事をとれているわけである。


 まあ、その間に森の中をさんざん迷って、結局夜になっちゃった、とか。


 せっかく見つけた出口が結界に囲まれていて、それで入り口となる場所まで疲労困憊のまま歩いていく羽目になった、とか、いろいろとあったが、まあ無事なのだからいいだろう!


「「よくない(ですよ)ッッッ‼」」


 と、まあ、二人からお叱りを受けつつ俺は、それで、とディアを見る。


「妹さんのほうはどうなったんだ?」


「おかげさまで、発作は収まりました。しばらく安静にしておかなければならないでしょうが、少なくとも今すぐ危険な状態となるわけではありません」


 そう告げて俺達二人へ深々と頭を下げるディア。


「それもこれも、すべてお二人のおかげです。私の我儘を聞いてあのような危険な場所にまで赴いてくださり、誠に感謝の念も堪えません。二人にはなんとお礼をしたらよいか……」


「あー、そのことなんだが、ディア」


 彼女がなにかを言うよりも前に、俺は体ごと彼女へと振り向きながら言う。


「君、1万コールはもっているか?」


「……? ええ、まあ」


 言いながらディアは法術鞄から取り出した財布より金貨10枚──1万コールに達する額面のそれを出し、俺へと渡す。


 それを受け取った俺は、そのうち金貨5枚をハウルの前に差し出し、


「ほれ、ハウル。昨日ディアから雇われた分の5000コール」


「うむ。確かに受け取った」


「え? はい?」


 俺とハウルの寸劇にディアが目を白黒させる中、俺はニヤリと笑ってこう告げてやる。


「ディア、知っているか? 一級冒険者を一日雇う相場は、5000コールなんだそうだ。俺は二級だが、魔物討伐系の限定解除資格を有しているから実質的に一級と同等の扱いってことで、俺にも5000コール。これでディアは俺達へ報酬を払ったことになる」


「え。で、ですが……!」


「ディア嬢。ミコトの言う通りだ。我々は雇われて相場通りの金額を受け取った……ならば、それでいいではないか。そもそも今回の〝黒き森〟における件で別途我々は騎士団より報酬を賜る予定だからな。これ以上はもらいすぎになってしまう」


 ハウルの方もハウルの方で、ニヤリとした笑みを浮かべるが、根がクソ真面目なせいか、そういう表情がこれっぽっちも似合わない、と俺は思ったが、言わず。


 いずれにせよ、俺達がそれで手打ちにする、というのにディアは、それでも言いたいことがあるという表情だった。


「私は、危険な場所にお二人を連れて行ったんですよ。それなのに……‼」


「んー、じゃあ、さ。ディア、俺達のパーティに入ってくれよ」


「ほう、それはいい。俺とミコトはどちらかと言えば近接寄りの間合いで戦うからな、ディア嬢のような遠距離主体の冒険者がいれば、活動の幅も大きく広がる」


 俺の言葉へ、即座の反応を返して頷くハウル。


 こいつの場合、悪乗りしてきた、というよりは割合マジな考えとしてそう告げてきてそうだが、しかしハウルの掩護射撃を活用しない手はない。


「そういうことだ。別に活動が不定期で、いつでも参加できないってことでもいいからさ──一緒に冒険者やろうぜ、ディア」


「……ミコト、それにハウルさん……」


 グッと何か言葉に詰まったような表情で、そう呟いたディアは、一度顔を伏せ、そしてなにかを考えるような間を置いた後、顔を上げ。


 そして決然とした眼差しを浮かべ、ディアは言う。


「──わかりました。私はあなた達のパーティに参加させていただきます」


「ああ。よろしくな、ディア」


 そう言って俺が手を差し伸べると、彼女からも同様に手が伸びてきて、その白魚のような指と俺の指が絡まって互いにがっしりと握り合った。


 続いてディアが、ハウルとも握手を交わしたあと、そのハウルが、うむ、と頷いて、


「では、パーティのリーダーはミコトだな」


「そうですね、それがよろしいかと」


 二人して頷きあうので、俺は思わずツッコミを入れてしまう。


「いや、なんでだよ⁉ だから一級であるハウルがいるだろ⁉ 知識量でも勝っているんだから、腕っぷししかない俺にリーダー任せるとかねえだろ⁉」


「前にも言ったが、その腕っぷしが重要なのと、私とディア嬢は究極のところお前を介しての知り合いだ。まだ友人とも言えん」


 そうだろ? とハウルが視線を向けると、そうですね、とディアが呼吸を合わせて頷く。


「私とハウルさんの関係では、互いに互いの信頼が置けません。その間を取り持つためにも、ミコトがパーティの代表になるべきかと」


「……ぐっ、この……」


 そういう割には息があっているのだが、それで反論したら二倍で反論を食らうので俺は押し黙るしかなく。


「それにまあ、あの騎士団野営地での対応。あれは見事だった。あのような対応ができるならば、獣人として時に相手から無条件で嫌悪を向けられる俺よりもリーダーに向いているだろ」


「私の方も事情があって、対外的な折衝には顔を出したくないので、なおさらにミコトがリーダーだと嬉しいんですよねえ……」


「……なあ。おい、お前ら。もしかして俺をリーダーに祭り上げて、自分達は面倒だと思っていることを回避しようとしているんじゃねえか……?」


 顔を引きつらせて、そう問いかけると、まあ、なんということでしょう。


 目の前にいる二人が視線をそらして明後日の方向をむくではありませんか。


「お前らなあ……!」


 そう叫び声を向けるも、結局俺はため息をついて肩を落とし、半ばやけっぱちに叫ぶ。


「ああ、わかった! わかったよ! じゃあ、俺がリーダーな! これからは俺の指示に従ってもらうから、そのつもりで‼」


「ええ、よろしくお願いいたします。リーダー・ミコト」


「ああ、よろしく頼む。リーダー・ミコト」


「……ほんと、お前ら! お前らは……‼」


 半眼を向けて、そう叫ぶ俺に、二人は同じような表情でニヤリと笑うので、俺は、はあ、と再度の嘆息を漏らすのだった。



 そうして、俺達の間で一つの事件は終わった。


 平和な、よくある日常として。


 だから、俺は思いもよらなかったのだ。


 俺達を──ひいてはこの国を脅かす悪が、すでに胎動しているなんて。


【──ギヒッ】

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