1章第25話 異世界猟兵と花
また一体、俺は魔物を討伐した。
「うし、いまのはなかなか強かったな」
ズズンッと大地を揺らすようにして倒れ伏すのは全長4リージュほどの巨体を持つ赤く燃え盛るような鬣を有した馬の魔物。
ハウルによると【
「……すさまじいな」
ポツリ、と背後にいたハウルが一言。
その横でディアも顔を引きつらせながら、コクコクと同意するように頷いていた。
「強い、というのはわかっていましたが、これほどとは。いまの【
「およそ42だと記憶している」
「つまり【
なんでもないようにそう俺が言うとしかし二人は微妙な表情をしてこちらを見やり、
「あの、普通はレベルが40も超えれば、あの野営地にいる騎士団でも総力を上げないと倒せないぐらいの強さなんですけど……」
「そうだな。レベル40越えの魔物を討伐するなど我が国で最も強い騎士団長でやっと、というところだろう。それもかなり苦戦してであって、ミコトのように易々とではない」
ハウルの言葉にディアも首肯を返す中、しかしそこで彼女は首を傾げた。
「でも、ミコト。なんだか前より強くなっていませんか? 【
ディアの疑問に俺は、あー、という声を出しながら答える。
「別に強くはなっていねえよ。ただ、俺としては体格の大きな魔物のほうが戦いやすいんだ」
「……? と、言いますと?」
疑問を浮かべるディアとハウルに、俺は肩をすくめながらそれを口にする。
「俺がもともといた場所で戦っていた魔獣──この魔物みたいな存在な? そいつらは基本的に4リージュ……えーと、こっちの単位で言う8メートルとか、だいたい、そのぐらいの大きさをした奴らばかりだったから。同じぐらいの大きさをした魔物とは戦いやすいんだよ」
俺の世界で使われていた単位法であるリージュは、ディアやハウルの話を聞く感じ、だいたい1リージュが2メートルといった塩梅だったので、おおよそのこっちの単位になおせば、このくらいだろう、という俺の言葉にしかし二人はギョッと目を見開いた。
「8メートルが一般的⁉ つまりレベル40とかそこらに達する化け物がうじゃうじゃいる場所から来たとミコトは言いたいんですか⁉」
「あり得ん。そんなの人が生きていられる場所ではない」
顔を引きつらせて、そう告げる二人に、俺はおいおい、とツッコミを入れる。
「普通に生きてたっての。むしろ発展してたぞ。なんならいまのこの〝黒き森〟みたいな場所へと逆に切り込んでいくぐらいの感じだったからな?」
俺の言葉が信じられないのか、嘘だろ? と言いたげな視線を向けてくる二人。
その上でディアが顔を引きつらせながら、こんなつぶやきを漏らす。
「……私、ミコトがどうしてあれほど強いのか、なんとなくわかりましたよ」
「まったくだ。国が一つ滅んでもおかしくないような大量の魔物と日夜戦っていれば、三桁台にも達する強さを得るだろう」
なにか、二人が盛大な勘違いをしているようでならないが、俺はゴホンと咳払いをして二人を見やり、それによってようやく我に帰って慌てたような表情をするディア。
「で、でもっ。そのおかげで想定していたよりも早く〝黒き森〟を進むことができています。この調子なら、もう間もなく花畑へとたどり着けるでしょう」
「ああ。正直私ももう少し苦労するかと思っていた。ミコトがレベル128という規格外の強さを持っているのは知っていたが、それが正直実感を伴ってなかったよ」
苦笑交じりにそう告げるハウルに、俺はそうかい、と頷きながら前を向いて、
「でも、油断はするなよ。ここに来るまでにかなり魔物が強くなってるからな」
「ああ、もちろんだ」
「はい、私もわかっています」
言いながら二人は改めて武器を構え、そして花畑へと向かって進みだす。
花畑へ俺達がたどりつくのはそれから一分後のことだった。
「ここは……」
見覚えがある場所だ。
そう、あのディアと初めて邂逅した場所である。
「ここが、ディアの言っていた花畑だったのか」
俺のその言葉にディアは、ふふ、と微笑を浮かべて頷き返してくる。
「ええ。懐かしいですね。私達が出会ったのもここでした」
言いながらディアは視線を花畑へと向け、それを見やって安堵を一つ。
「ああ、よかった。ここは荒らされていない」
あちらこちらに魔物が跳梁跋扈しているにも関わらず、不思議とこの場所だけは荒らされた様子もなく、唯一傷らしい傷といえば、一部の地面がやたらえぐれていることぐらいか。
「……あれって、俺が着地した時にできた痕か……」
ディアが【
「ここに咲いている花はすべてアウロラ草です。これを採取して持って帰った後、信頼のおける薬師に任せれば妹の発作を止める薬ができます」
そう解説しながら地面へとしゃがみ込むディア。
俺も同様にしゃがみ込みながらその花を見やる。
見る角度によって色合いを変える独特な色彩の花だ。
まるで極光のように色鮮やかなその花からは微妙に魔力が漏れているのに気づいて、俺は首を傾げながらディアへと問いを発した。
「この花はどういう性質のものなんだ?」
「大地を流れる法力──龍脈と呼ばれるそれから魔力を吸い出して咲く花だと、聞きました。ただ大地の龍脈から十分な魔力が供給されていないと、ここまで鮮やかな花として咲かないらしくて、他の場所では名前の通りの草にしか見えないとか」
いいながら必死に花を摘み取るディア。
「このアウロラ草は、地面から根が離れた瞬間から急速に劣化が始まります。薬として使える時間はせいぜい五時間。それ以上は内部の成分が完全に抜けて使い物にならなくなります」
「なるほど。だったら早く持って帰らないとな」
そうしてディアは法術鞄に花を納めるので、俺はそれを見て、ディアへと一つ問いかけた。
「俺もいくつか持って帰っていいか? 二人が持って帰っておけば、いざという時の予備として使えるかもしれないだろ?」
俺の提案に一瞬ディアは奇妙なものを見るような表情を向けてきたが、しかしここからは時間を無駄にはできないと思ったのか、短く「どうぞ」とだけ答えてきた。
なので、俺はさっそくとばかりにディアの見よう見まねで花へと手を伸ばすが、うまく引っこ抜けず、やむなく俺は別の手段をとることに。
「ちょっと魔法を使うか」
俺の加護機には趣味で適当に集めた術式が数多く入っていて、その中にはこういった花を綺麗に採取する術式なんてものも備えている。
意外とこれが、森の中での魔獣討伐時に役立つのだが、それは、さておき。
そうして綺麗に土からアウロラ草をいくつか引っこ抜いた俺は、表示枠を出して、そこから《霊子情報保管庫》に飛び、アウロア草を霊子情報に変換して収納。
ディアもそれを見ていたが、もう俺のとんでもには慣れた、というようにため息をつくだけで何も言わず、その代わり彼女は立ち上がって周囲を警戒してくれていたハウルへと向く。
「ハウルさん。花の摘み取りが終わりました」
「む? そうか。ならば早く離脱しよう」
言って今度は前衛を担うらしいハウルが俺達を先導する形で動き出すので、必然的に俺は殿を務めつつ、見やるディアとハウルの背中。
そんな中で、ディアはハウルへとこんな言葉を投げかけていた。
「ハウルさん。ありがとうございました」
「……? なにがだ?」
前を向きながら、ハウルはディアの唐突なお礼にそう言葉を返す。
「私の我儘を聞いてくださり、こんな場所までついてきてくださって、です」
その言葉にようやくハウルもディアがなにを言いたいのか理解したのだろう。
ああ、と彼は頷くと、おもむろにこんなことを口にした。
「──正直に言うと、私は君があの時、ミコトに乗じて頭を下げていたら断るつもりだった」
「え──?」
予想外の言葉だったのだろう、ディアが目を見開いてそんな声を漏らす中、ハウルはしかし淡々とした声音でディアへこう告げてくる。
「あの場でミコトが頭を下げたのは君のためだ。それは否定しない。だが、あの場面で私へと真っ先に頭を下げるのは君であるべきだった。そうせずにミコトへと頭を下げさせ、その後に自分も、という風に頭を下げるような真似をされたら私は君を信用できなかっただろう」
そう語りながらも、だがしかし、とハウルは言う。
「君は私に頭を下げるのではなく、ミコトの頭を上げさせた。つまり君はわかっていたのだ。ミコトが頭を下げるべきではない。自分こそが頭を下げて希うべきだ、と。だから、私は君を信用できたし、ついて行こうと思えた」
「……私はただ嫌だっただけです。私の我儘で本来頭を下げるべきでない人が頭を下げるのが……それが、ミコトだとなおさらに」
後半の言葉は、しかし少し離れて歩く俺の耳には聞こえなかったが、ハウルの鋭敏な獣耳には十分届いたのだろう、遠目からでもわかるほどに口の端を上げたハウル。
「たとえそれが理由でも、私は家族を守るために小ズルくあろうとするのではなく、己の信念を貫こうとした君を信じた。たとえ獣人に頭を下げることに屈辱を感じていても、それをできた君ならば、いいだろう、と思えたのだよ」
言って笑うハウルに、しかしなぜかディアはその背後へと半眼を向け、
「あの、私が獣人だからという理由であなたを嫌っているなんて思わないでくれます? 私、そういう風に差別することが大っ嫌いなので」
「む……。う、うむ。わかった」
思いのほか強い口調でそう言われてさすがのハウルも口よどむのを見て、俺は思わず喉を鳴らして、笑い声をあげてしまう。
「こりゃあ、一本取られたな、ハウル」
「……言うな、ミコト」
顔を背け、ぶっきらぼうにそう告げるハウルのそれが照れ隠しだとわかって、俺はますます面白いという表情を浮かべながらハウルの背を見やり、
「ハウルよ。いい加減、その口調も戻せよ。なに私なんて格好つけてんだよ。お前の一人称は本来〝俺〟だろ」
「い、いまは重要な任務中だ。〝俺〟だって場を弁えることぐらいはする……!」
とうとう頬を赤くしてそう言い返すハウルに、俺は揶揄い混じりの視線を向けながら、もう二、三言なにかいってやろうか、と口を開こうとして──それを感じた。
「───」
背後へと振り返る。
感じたのは魔力の揺れ。
それも地震が起きる直前の余震のような、そんな不吉な予感を抱かせる揺れだ。
「ハウル、ディア。二人とも全力疾走の準備をしろ」
短く俺が命じた瞬間、二人もまた表情を真面目なものに変え、言われた通りに全力で走る準備を整え──そして、それはきた。
ドッ、という音が最初に聞こえた。
そう思った時には、音はさらに大きくなり。
もはや直近にいる二人と会話もできないほどの大音声になり──
──────────────────────ッッッ‼‼‼
こだまする無数の咆哮。
それが数えきれないほど多くの魔物達から発せられたのだと、察して、そしてそんな無数の魔物達が津波のようになってこちらへと迫ってくるのを前に、俺は二人へ指示を下す。
「走れ! 全力で! 森の出口まで‼」
それだけの指示に、しかし二人は答えてくれた。
走り出す。
俺は【情報強化】による脚力増強で。
ディアは靴底に仕込んだ【
ハウルは大きく吸い込んだ周囲の魔素を全身に巡らせることによる疾走で。
各々が、各々の方法で全力をもって走る。
「あはははは! こりゃあ、やべえ!」
さすがに俺もあんな大量でしかも大きな魔物を相手に戦えるほど自惚れてはいない。
だから、全力で逃げるしかない俺達は、とにかく前へ、前へと向かって走る。
「笑っている場合ですか⁉ なんなんです、あの数⁉」
「ほとんど【
「おう!」「はいっ!」
俺とディアがそう答える最中も、背後には刻一刻と魔物が迫ってきていて、このままではらちが明かないと判断した俺は首だけ背後へと巡らし、一つ魔法を放つ。
──第一種攻性術式【
その名の通り、無差別に雷の雨を降らす広範囲殲滅魔法が、無数の魔物達に突き刺さり、いくらかを魔素の靄に変じさせるが、それでも倒せたのは前方の一部だけ。
残り数千、あるいは数万か。
それほどの数の魔物は、しかしまだまだ俺達を追ってきているところで、その姿にハウルが彼らしくもなく悲鳴のような声をあげた。
「ミコトの魔法でもすべてを殲滅できんというのか⁉」
「ありゃあ、もう第一種攻性術式でどうにかなる相手じゃねえな! あはは!」
「だから笑っている場合ですか⁉ って、キャアッ⁉」
笑う俺にツッコんだのがいけなかったのか、ディアが足をくじいて地面に倒れようとするのを、しかしその直前で気づいたハウルが手を伸ばし、支えて立ち上がらせる。
「ディア嬢、大丈夫か⁉」
「ええ、ありがとうございます!」
「ほらほら、二人とも走れ走れ!」
言って背後から俺がディアとハウルへ促すと二人もさらに走る速度を速めて。
その時、前方に谷が見えた。
下から激流の音が聞こえてくるそこは行く途中に見なかったあたり、どうやら魔物に追い立てられて本来の帰り道から外れてしまっているらしい。
「……っ! 行き止まり⁉」
ディアが顔を青ざめさせる中、しかし俺が浮かべたのは不敵なほどに大胆な笑みだ。
「いや、好機だ!」
言って俺は前を走るディアとハウルへ手を伸ばす。
同時に二人へ【重量軽減】の魔法を施しつつ、断りも入れずに持ち上げた。
「ちょっ⁉」「ミコト──⁉」
ディアとハウルがなにかを叫ぶが、ここは緊急事態なので一度無視。
そうして俺がやったことは。
「うおおおおお!」
裂帛の気勢を上げ、地面を勢いよく蹴る。
あまりの衝撃に地面へと亀裂が走るが、それを無視して俺は上方への加速力を得て──
大跳躍。
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