1章第24話 異世界猟兵と黒き森

「──まず、前提を確認するぞ」


 王都から〝黒き森〟へ向かう道中。


 俺、ハウル、ディアの三人は、それぞれがそれぞれの方法で全力疾走をしながら、そのような形で言葉を交わしあっていた。


「現在〝黒き森〟は一部の冒険者以外は立ち入り禁止。【魔物氾濫スタンピード】の可能性もあるため、騎士団が出向いて封鎖しているとのことだ」


「そのためには一定以上の実力を持ち、冒険者ギルドから託された許可証を持つ俺達しか入ることができないってわけだな」


 俺の言葉にハウルが、そうだ、と頷き返してくる。


「そして、私達の目的はディア嬢の妹君治療のための薬草採取。薬草の種類はアウロラ草でよかったな、ディア嬢?」


「はい。妹が起こした発作はそれでしか治療は叶いません」


 そう表情を硬くして言うディア。


 それを聞いてハウルは前方を見やったまま、走りながら言う。


「ならば強行軍となるな。まだあと数時間は日もあるだろうが、それでもゆっくりと森の中を探索していられるほど余裕はない。最短距離で〝黒き森〟を突っ切り、最低限の薬草を採取したらそのまま即座に帰還──こういう形になるが構わないか?」


「おう、俺は大丈夫だ」


「私も覚悟の上です」


 俺とディアからの応答が返ってきたのを確認して頷いたハウルだが、どういうわけかその視線を俺へと向けてくるではないか。


「では、ミコト。この臨時パーティのリーダーは君だ」


「りーだー?」


 また知らない単語が出てきて首をひねる俺に、ディアが横から「隊長という意味ですよ」と補足してくれるので俺は思わずせき込んでしまう。


「た、隊長⁉ 俺が⁉」


 いやいやいや、と俺は思わず反論を口にしていた。


「待て待て、ハウル。俺には腕っぷししかないぞ⁉ だいたい階級で言っても俺は二級でディアも三級だ! 知識量諸々考えても隊長はハウルがいいんじゃないか……⁉」


 俺の問いかけに、しかしハウルは首を横に振って、


「いいや、まさにその腕っぷしが一番高いからミコトはリーダーにふさわしいんだよ。ミコトはこのパーティの最高戦力だからな」


「……? だから、なんでそれが理由で俺がパーティーのリーダー? になるんだよ???」


 なおさらに疑問符を頭上に浮かべる俺に、まあ落ち着け、というような眼差しをハウルは向けながら、それを説明する。


「ミコトが敵わないと判断した相手は、つまり私達も絶対に敵わない、ということになるだろう? その時にミコトが即座に撤退の判断を下してくれないと、最悪私達のパーティは全滅する恐れがある。それを防ぐためにも、ミコトがリーダーであることが望ましんだ」


「あー、なるほど?」


 つまり形式上でも俺がリーダーを務めることで、いざという時の判断をしやすくするため、とハウルは言いたいのだろう。


「で、でも。俺、部隊長とかの経験ないし……」


「安心しろ、基本的な行動は私が指示する。ただ、いざという時はミコトが判断しろ。私達はパーティとしてそれに従う」


 その言葉に、ディアも異論はないのか、無言でこちらを見やって頷くので、俺は走りながら頭を掻きむしるという器用な真似をしつつ、やけっぱちに叫んだ。


「ああ、わかったよ! じゃあ、俺がパーティのリーダー! ただし、基本的な指示はハウルに一任する! いざという時の撤退以外はお前がちゃんと指揮しろよ⁉」


「相分かった」


 深くハウルが頷いて同意した──その時。


「あ、あれは……!」


 ディアが顔を上げて見やる先、街道上の一角になにやら柵で覆わ、無数の天幕が張られた場所が広がっていた。


「──騎士団臨時野営地! 〝黒き森〟を監視する部隊です」


 ディアの説明に、俺は冒険者ギルドで事前に聞かされていた内容を思い出し、あれがそうなのか、と感慨深げに見やる。


 そうして一度走る足を遅め、騎士団の野営地へと近づいた俺達は、そのまま野営地の入り口に立つと、そこにいた歩哨だろう人物に冒険者ギルドから渡された許可証を差し出す。


「冒険者ギルドより〝黒き森〟の臨時調査を依頼された冒険者です。こちらが許可証。確認のほどよろしくお願いいたします」


 にっこり笑い、そう許可証を見せると、なぜか歩哨は面食らったような表情をしてそれを受け取りつつ「上へ確認を取ってまいります」と踵を返し走り出していった。


 ふと、横へ視線を向けるとディアが身にまとうマントのフードを目深にまでかぶっているのが見えて、俺は思わず首をかしげてしまう。


「ディア?」


「……気にしないでください。それとこれ以上、私は喋りませんのでそういうことで」


 言って本当に黙り込むディアに俺とハウルが疑問を顔に浮かべていると、ザッザッという小気味いい足音が響いてきて、先ほどの歩哨とそのほか二人の人物が近づいてくるのが見えた。


 長身の若者と小柄な老人だ。


 若者の方は怜悧な美貌、とでもいうのだろうか。


 ディアにも負けず劣らず端正な顔立ちを、しかし感情を一切感じさせない無表情に引き締めており、その身にまとう鎧の瀟洒さといい、それでいて揺るがぬ足取りと言い、騎士団でもかなり偉い立場にいる人間だとなんとなしに察せられた。


 対してその若者の隣を歩く老人が身にまとうのは古式ゆかしい灰茶のマントローブと歩行の補助用というにはあまりにも大きな杖。


 装飾が施されたそれを見るに、魔法……いやこっちで言うところの法術の補助具かなにかだろうが? と俺が首をかしげる最中、歩哨に案内された二人組は俺達の前に立つ。


「はじめまして、私は王立騎士団副団長を務めております。スティーブン・アークレイと申します。あなた達が冒険者ギルドから提案のあった臨時調査隊の面々で?」


 やはり無表情なまま、しかし丁寧な口調でそう挨拶してくる若者──アークレイ副団長殿に俺は一度背後の二人を見やって確認を取るが、ハウルもディアも対応は俺に一任するという風に頷き返してくるので、俺は苦笑にも似た笑みを浮かべながら言う。


「ええ。はじめまして、副団長殿。俺は二級冒険者のミコト・ディゼル。こちらの獣人の方が一級冒険者のハウル・ウォーガン。こちらの小柄な令嬢が三級冒険者のディアです。王都冒険者ギルドからの依頼で〝黒き森〟の調査を行うためまいりました」


 俺が二人を紹介するとハウルは無言で頷き、ディアもまた無言で会釈。


 異変の調査隊とは、ディアが薬草を採取するために冒険者ギルド側ででっち上げたものだ。


 単に〝黒き森〟へ薬草を採取しに行きたい、では森を監視する騎士団から拒まれる可能性があるので、騎士団に協力する形で調査を行うという名目を引っ提げてきたわけである。


 そんな俺の自己紹介に、しかし副団長殿は怪訝とこちらを見やって、


「失礼。たった三人で、現在危険な状態にある〝黒き森〟に挑むと?」


「ご安心を。こちらにいるのは現在王都冒険者ギルドに所属する中でも第一位から第三位の実力者たちばかりです。騎士団に代わり、見事森の中を調査してまいりましょうぞ」


 薬草を採取するついでにな、とは口に出さず笑顔を浮かべてそう告げる俺に副団長は、ふむ、という声と共に頷きを返して。


「時にディゼル殿? と言ったかな、貴殿は貴族かなにかか?」


「……? と言いますと」


「いや、なに。貴殿の立ち居振る舞いがどうにも冒険者のそれらしくなくてな」


 ああ、だからさっきの歩哨も面食らっていたわけか。


「いえ、自分は立派な冒険者ですよ。高貴な方と同等などとてもとても」


 遠慮したようにそう首を振って言ってのけると、副団長殿はなおさらに訝し気な表情を向けて、なにか言葉を発しようとしたが、しかし、その隣でいまのいままで黙りこくっていた老人が口を開く方が早かった。


「アークレイ副団長。いつまでお喋りに興じているつもりだ。ギルドからの許可証も確認しただろう。ならば、あとは手続き通りとおせばいいだけではないか」


 ひどく面倒くさそうに、その茶色のひげで覆われた口をもごもご動かして言う老人。


「……それもそうですな。では、冒険者殿。こちらへ」


 言って副団長殿から促されて連れてこられたのは〝黒き森〟の入り口。


 そこは、しかし半透明な光の壁で覆われていた。


「──《完全秩序コスモスの結界》……!」


「……ほう、小娘。その程度の知識はあるのか。さよう、これこそ人類が使う法術の中でも最高峰の結界とされる《完全秩序コスモスの結界》だ。いま現在、この結界を森の外周部に沿うような形で展開し、内部であふれんとしている魔物どもを閉じ込めておる」


 ジロリ、とディアを見やってそう告げる老人に、ディアは首をすくめて黙り込む。


 それを見て、ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした老人はその手に持つ杖を掲げると、ブツブツと何事かを呟きだした。


「──《大地は隠れを取り払う》」


 その一言を老人が告げると同時。


 目の前で森を覆っていた結界の一部が開く。


 そうして数人分は通れるだけの隙間が空いた結界を見やって老人はジロリと俺達を一瞥。


「それ、門は開いてやった。あとは勝手に行け。冒険者ギルドがせっかくよこした偵察役だ。せいぜい、森の中を明らかにして、我々の役に立つのだな」


 露悪的にそう告げてくる老人に、しかし俺は反論するようなことでもないので苦笑を浮かべて、代わりにありがとうございました、と彼らに会釈し結界をくぐる。


 それに俺と同じように副団長と老人へ会釈を返していたディアとハウルもついてきて、そうして俺達は〝黒き森〟の中へ。


「さて、ここからは死地だ。なにが起こってもおかしくない。全員油断するなよ」


「はい、ミコト」


「了解した」


 俺にハウルとどもども頷き返しながらディアはその法術鞄から長杖と呼ばれる銃にも似た武器と、それに装填する用の詠唱符をいくつか取り出す。


 俺とハウルもそれぞれの得物を抜き放ちながら、俺はハウルへと視線を送り、それに気づいたハウルが頷いて、俺とディアへの指示を口にした。


「まず、ディア。君が探す薬草はどのあたりにある?」


「ここから1.5キロほどを行った場所にある花畑です」


 ディアの答えに、心当たりがあるのか「あそこか」と短く呟くハウル。


「承知した。では、ミコトが前衛、私が殿。ディアは中央で対応できるよう待機……とりあえずではあるが、このような陣形で進もう」


「ああ」「はい」


 そうして俺達は走り出すが、しかし十秒と立たずにその足は止まることとなった。


 ──GUOOOOOOOO‼‼‼


 森の中にこだまする咆哮。


 そう思った時には木々が大きく揺れ、そしてその奥より巨大な影が。


「──【暴巨鬼オーガ】……‼」


「それもあれほどの数! 厄介な……‼」


 その姿を見た瞬間、ディアが顔を青ざめさせ、たいしてハウルも十は優に超える数の魔物に表情を硬くする中、俺は目の前に立つ巨大な人型の魔物を見て首を傾げた。


「あれは、なんだ?」


「……【暴巨鬼オーガ】という魔物だ。【黒死暴蛇ブラック・スパイダー】のような特殊能力は有さないが、とにかく力が強い。その上表皮も頑丈でな。生半可な剣や法術は通らないと厄介なんだ。一体でも討伐推奨レベルが25に達するのにそれがあれほどの数──少なくともレベル50は下らんだろう」


 よほどの強敵だからか額に冷や汗をかくハウルに俺はしかし軽い調子で、ふうん、と呟き、


「じゃあ、俺が何とかするから、お前らは後からゆるりとついてこい」


「はい? ミコト、なにを──」


 ディアがなにか言葉を発するのも聞かず、俺はその場で跳躍。

【情報強化】に加えて軽度【跳躍術式】も起動して瞬時の大跳躍を果たした俺は、そのままハウル曰く【暴巨鬼オーガ】なる魔物達のど真ん中へ。


 いきなり飛び込んできた俺の姿に気づいて【暴巨鬼オーガ】どもはいっせいにこちらへとその眼孔を向けてくるが──遅い。


 跳躍時にひっくり返って上下逆さまとなったまま、俺は空中で魔法を使う。


「シィ──‼」


 まるでコマのようにぐるぐると回転した俺は、その遠心力をもって剣を振るい──瞬間、無数の斬撃が【暴巨鬼オーガ】どもを抉った。


 巨人の首が吹き飛び、胴体が叩き割られる。


 第二種攻性術式【断風】の乱舞は、一瞬にして十数体はいた【暴巨鬼オーガ】どもを一刀両断。


 そうして俺が地面に降り立つのと、【暴巨鬼オーガ】どもが黒い靄に変わるのは同時だった。


 そのまま俺は背後へと振り向いて唖然とこちらを見る二人に笑いながら言う。


「さあ、さっさと進もうぜ」

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