1章第21話 異世界猟兵と呼吸使い

 そんなこんなでハウルに指導を受けることとなって三日が立ったある日。


 今日俺とハウルは、共だって王都南の森へとやってきていた。


「──今日は冒険者としての基本的な立ち振る舞いについて伝授しよう」


 真面目な声音で、そう告げるハウルに、俺もまた真面目腐った表情で頷き返す。


「はい! お願いします、ハウル先生‼」


 ビシッと片腕を上げ、そう告げる俺にハウルは苦笑したが、しかし説明は口にしてくれる。


「基本的に冒険者──特に下級冒険者というのは、街の外に出て魔物を狩るのが仕事だ。魔物は日々どこかしらで発生しており、それらを定期的に駆除しなければ【魔物氾濫スタンピード】と呼ばれる災害を引き起こすことになる」


「【魔物氾濫スタンピード】……?」


「大量の魔物が、その住まう領域から溢れかえって人里を襲う現象だ」


 ああ、俺の世界で言うところの大規模魔獣災害のことか。


「へえ、なるほど……? なあ、ハウル。一つ質問だが、どうして冒険者なんて職業にそれを任せているんだ? 国の軍隊? 騎士団? みたいなのはなにもしないのか?」


 この世界の軍事制度がどうなっているのかわからないので、そう曖昧に問いかけた俺に、しかしハウルは理解してくれたのか、そうだな、と頷きを返し、


「国の騎士団は、有事の際の戦力として存在している。そもそも常備軍なんていうのはこの国でも王家以外には大貴族でもなければ備えていない。軍事力は金食い虫だからな。その点、冒険者は依頼を出すとき以外に金はかからないから安上がりなんだよ」


「……なるほど、その点は俺達猟兵とも似た事情なのか」


 しみじみとした俺の呟きはハウルの耳に届かなかったのか、彼はそのまま森の奥へとガサガサ音を立てて入っていき、そして振り向かないままにこんなことを問いかけてきた。


「ちなみにミコトは魔物を探すときはどのようにして探すんだ?」


「ん? 俺の魔法を使ってそれっぽいのを見つける感じかな」


 なにげなく、そう質問に答えたら、返ってきたのはハウルの微妙そうな表情だった。


「……なるほど、これは規格外だ」


「おーい、ハウルく~ん? なぜ俺の言葉を聞いてそんな表情をする?」


 半眼でそう告げる俺に、ため息をつくハウル。


「ミコト。普通の冒険者はまず目当ての魔物を見つけるために、痕跡を探す」


 言いながら、ハウルはこんこん、と居並ぶ木の一つを叩いた。


「これを見ろ。この木の根元あたり、なにかが打ち付けたような傷があるだろ?」


「おー、確かに」


 言われて見てみれば、確かに木の根元を抉るような形で何かが打ち付けられた痕が残っていて、それを見やる俺にハウルはこう告げてくる。


「これは【緑小鬼ゴブリン】がつけた傷だ。【緑小鬼ゴブリン】は憂さ晴らしに手に持つ棍棒などでこうやって木の根元を叩く習性がある。そしてだいたい【緑小鬼ゴブリン】はこのような痕がつけられた木の周辺をうろついていることが多い」


 ハウルが言うのと茂みを割って【緑小鬼ゴブリン】が現れるのは同時だった。

 とりま、ぶん殴っておいた。


「……ミコト」


 頭痛を覚えたような表情で額に手を当てるハウルに、俺はきょとんとした表情で振り向く。


「どうしたんだ、ハウル?」


「いや、なんというか……これがレベル三桁台の実力か、と見せつけられただけだ」


 魔物を拳一発で倒した俺を見てそう告げると、ハウルは、ふと黒い靄となって霧散していく【緑小鬼ゴブリン】を見やってこんなことを呟いた。


「しかし討伐推奨レベル6とはいえ、よく【緑小鬼ゴブリン】を拳一つで倒せるな」


「うーん。なんか、もうクセになっちゃってて。こう、ちょうどいい殴り袋的な? 飛び出して来たらとりあえず一発ぶん殴っとくか、みたいな感じなんだよなあ、【緑小鬼ゴブリン】」


 彼らからしたら不幸だろうが、俺にとって〝緑の人〟こと【緑小鬼ゴブリン】はもはやとりあえず現れたらぶん殴っとけ、的な存在となっている。


 なんたって【緑小鬼ゴブリン】ときたら、真夏の害虫みたく一匹見たらたいがい他にも数匹はいるので、殴っても殴っても数が減らない。


 そんなだから、すっかり【緑小鬼ゴブリン】を見つけたらとりあえず殴る、というのが半ばクセになっている俺にハウルはすさまじく微妙な表情をしたが、しかしなにも言わず。


 そんなハウルから俺は視線をそらし、さて、と森の奥を見やった。


「ハウル。追加の団体さんも来たみたいだぞ?」


 俺がハウルに言うのと同時、茂みが揺れ、そこから数体の【緑小鬼ゴブリン】が飛び出してくる。


【ギャ──‼】


 棍棒を振り上げこちらへと飛びかかってきた【緑小鬼ゴブリン】二体を蹴りと拳で粉砕しつつ、俺が見やった先、ハウルの方へ行った三体ほどの【緑小鬼ゴブリン】をしかしハウルは危なげなくよけながら、その背に背負った大剣の柄へと手を伸ばす。



 柄を握った瞬間、ハウルはその大剣を少しだけ下に傾け、それによってカチッという音と共になにかの絡繰りが動いたらしく、大剣を納めていた鞘の留め具が外れる。

 そうして素早く引き抜いた大剣を構えながら【緑小鬼ゴブリン】三体を見やるハウルは、そのまま大きく、そして深く息を吸った。


「コオォォォォ──‼」


 瞬間、ハウルの体が膨張する。


 いや、正確はそう俺が錯覚するほど膨大な魔力がハウルの体内で駆け巡ったのだ。


「ヤァァアアアアアアアアッッッ‼」


 裂帛の気勢を上げ、駆けだすハウル。


 その速度は、一瞬にして最高速に達した。


 ほとんど砲弾じみた勢いで突進したハウルに、哀れ【緑小鬼ゴブリン】どもは、ひとたまりもなく。


 ハウルが振るった大剣によって粉みじんに粉砕された【緑小鬼ゴブリン】ども。


「おお! すげぇ~!」


 素直に感心してハウルへと拍手を向ける俺に、ハウルは照れたような表情で微苦笑する。


「なに、ミコトに比べたら大したことはない。これぐらい呼吸使いなら誰でもできるさ」


「いやいや、ハウルさんよ。謙遜がすぎるだろそれは。あのグラムなんかよりもよほど洗練された動きだったぞ、いまのは」


 先ほどの走る姿を一目見て、俺はハウルがなかなかの使い手だと確信した。


 その姿勢といい、巨大な鉄の塊を持っているのにこゆるぎもしない体幹といい、振るった剣の重く、しかし鋭い一閃といい、あのグラムが児戯と言っていほどの洗練っぷりだ。


「呼吸使いってことは、いまのがいわゆる〝呼吸〟ってやつか?」


 俺の質問に、そうだ、と頷くハウル。


「呼吸──正確には〝魔素呼吸〟だな。その名の通り特殊な呼吸法で瞬間的に大気中の魔素を吸収し、身体能力を飛躍的に向上させる技法のことだ」


 魔素呼吸……その名称から察するに、大気中に存在するこの世界では〝魔素〟と言う名の魔力性物質を吸収し、それを体内に巡らせることで身体能力を向上させる技法と俺は見た。


 元の世界で見た魔力術に似ているが、あちらは体内魔力に由来するのにたいして、こちらは体外の魔力を吸収している点で異なる。


 魔素、というのは俺の感覚からしたら汚染魔力の類似物質だ。


 汚染魔力とは、その名の通り〝汚い〟魔力である。


 正確には、魔力が持つ固有霊子波動の周波数が濃く、空間中にとどまりやすくて、そのせいで魔力が本来持つ〝事象をあやふやにする〟という性質を無差別に作用させてしまう類の性質を持つ魔力で、魔素もそんな汚染魔力の一種だと俺の魔導師としての感覚が叫ぶ。


 だが、不思議と魔素には汚染魔力特有の嫌悪感がない。


 矛盾するようだが、魔素は〝綺麗な〟汚染魔力なのだ。


 汚染魔力特有の事象の曖昧化がそこまで強く働いていない、とでもいうべきだろうか。


 この世界特有の魔素と言う物質をそう興味深く思いつつ、しかし俺はハウルの説明を聞く。


 そんな俺の視線を受けて、ハウルはそれを説明してくれた。


「この魔素呼吸という技術には、いくつかの系統があるんだ」


「系統?」


「ああ。そうだ、ミコト──主に風林火山の四系統、だな。それぞれ速き風、静けき林、猛き火、動じずの山、という風に呼ばれているな」


「……? ふうむ。その系統ってのは具体的にどういう風な違いがあるんだ?」


「簡単に言うと、肉体に作用する強化の性質だ。それぞれ異なる呼吸法によって吸い込んだ魔素は、体内で独特な動きをするようでな。例えば俺の使う〝火の呼吸〟は早く多くの魔素を吸い込むことで、瞬間的に莫大な力を発揮することができる」


 このようにな、と言ってハウルは大きく息を吸い込むと、その腕で裏拳を放った。


 するとその拳はすぐそばにあった大木に激突し、その胴体を半分近くもえぐり取る。


「おお、すげぇ」


 目を丸くしてえぐられた大木を見やる俺に、ハウルもまた頷き返して、


「──いま見たらわかるように、火の呼吸は力重視の呼吸だ。要するに攻撃的というわけだな。私のような力だけは強い剣士には向いている呼吸ともいえる」


「じゃあさ、俺もその魔素呼吸……? ってのを身に着けたら同じことができるのか?」


 期待に目を輝かせてそう問いかけるもしかしハウルは返ってきたのは否定の反応だ。


「残念だが、ミコトは法術を使うのだろう? 法術師が体内で生成する法力は、魔素と相性が悪いんだ。法力を多く持つ法術師は呼吸を使えない。逆に俺達のような法力の少ない戦士は魔素の影響を受けにくいから、強力な呼吸が使えるんだよ」


 あー、ここら辺は元の世界の魔力術とも同じなのか。


 意思の力による魔力の運用によって身体能力を強化する魔力術も、どちらかと言えば少ない魔力量しか持たない人間向けの技術であった。


 呼吸も形は違えど魔力術と似た性質を持つようなので、そこらへんも同じなのだろう。


「そっかぁ、それが使えたら夢があったんだけどなあ」


 がっくりと、肩を落として呟く俺にハウルは苦笑を浮かべながら言う。


「しかしミコトは独自の法術? のようなもので身体能力を強化しているのだろう? 俺だって呼吸をしなければ、あれほどの力は使えん。それを常時使えているミコトのほうが俺にはすごいように見えるんだが」


 褒めてくれるのは嬉しいが、実を言うと【情報強化】にも弱点がないわけではない。


「……俺が使う【情報強化】は常駐式だからな。常に魔力を消費し続けているから、高威力の魔法とかぶっぱなすと、わりと魔力切れになりやすいんだよ」


 そこらの魔導師よりも膨大な魔力を持っている俺でも、常駐式を何時間も維持できるほど魔力量に余裕があるわけではない。


 そのため最近では王都内でほとんど【情報強化】はかけていないし、外でもいまいる南の森のような魔物徘徊地帯でもなければ最低限の身体強化分しか魔力を注いでいなかったりする。


「まあ、そういう事情もあるからさ。別途身体能力を強化する方法があったらよかったなあ、と思ったけどそ……っか、魔導師は使えねえか」


 パリポリ、と頭を掻いて苦笑する俺に、ハウルは肩をすくめて見せて、


「まあ、各々得意不得意はある。その上で自分にできることを最大限やるのが優れた冒険者たる資格だと私は──」


 と、ハウルがなにかを言いかけたその時。


 がさり、と音を立てて茂みが揺らいだ。


 同時にその間から姿を見せたのは、やたらと大きな影。


 ぬらぬら、と光るその表面はおそらく鱗の類だろう。


 だが、その生物が一瞬なんの生物なのか、俺は判別するのに時間がかかった。


 なぜなら、あまりにもその生物が巨大すぎたからだ。


「……【黒死暴蛇ブラック・スパイダー】だな」


 一目見て、その生物──いや魔物の種類を言い当てるハウル。


「【黒死暴蛇ブラック・スパイダー】?」


「巨大な蛇型の魔物だ。本来なら森のもっと奥深くに現れるのだが……ここ最近〝黒き森〟といい、ここと言い、どうにも強い魔物が浅瀬に出ることが多くなっている」


「ほう? 〝黒き森〟ねえ」


 俺が最初に目覚めた洞窟があった場所だ。


 そういえばディアと出会ってそのまま王都に来てしまったが、俺はあの洞窟をきちんと調べていたわけではない。


 女神から連れられてここに来たのは事実だが、しかしなぜ街中ではなく洞窟の中だったのか、というのも疑問するところで。


 今度行ってみるかねえ、と内心で思いながら俺は杖剣の柄に手をかける。


「やるか、ハウル?」


「……討伐推奨レベル36の魔物だぞ? 大丈夫なのか?」


 同じく大剣の柄に手をかけながら、視線だけこちらに向けて問うハウルに、しかし俺は不敵な笑みを浮かべて、そちらを見返す。


「おいおい、ハウル。俺のレベルを覚えていないのか?」


 依頼を受けてもらうことになった時にきちんと俺のレベルがいくつかは彼に教えたはずなのだが、どうも忘れているらしいハウルは俺の言葉でそれを思い出して苦笑を浮かべる。


「そうだったな、いまのは愚問だった」


「ああ、そういうわけだから、ちゃっちゃとあの魔物を狩るぞ!」


 言って俺とハウルは駆けだす。


 それから十分後、俺とハウルの猛攻を受け【黒死暴蛇ブラック・スパイダー】は地に伏した。

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