1章第20話 異世界猟兵と家

「──ミコトは、本当に俺でよかったのか?」


 冒険者ギルドの建物を出るなり、ハウルがそんなことを聞いてきた。


 眉根を下げてそう告げるハウルに、俺は、あ? という視線をそちらへ向ける。


「よかったかって……依頼はもう成立しているんだからいいもなにもないと思うけど?」


 ハウルは幸いにして〝俺に常識を教える〟という依頼を受けてくれた。


 正確には十日ほどの間、俺とハウルは共に行動し、その過程で明らかに常識はずれな行動などを取った時はハウルが指摘する、というのがクエストの具体的な内容だ。


「まあ、そうなのだが。俺は獣人だ」


 言われて、俺はようやくハウルがなにを気にしているのか察する。


「冒険者ギルドでも行ったろ。俺は別に獣人でも気にしていないって。まあ言葉で信じられないっていうんだったら行動で示すけど。それでも今すぐハウルをどうこう言うつもりないよ」


「だが、獣人と行動すれば周りからとやかく言われるぞ」


 その心配はありがたいが、俺には余計なお世話だ。


「勝手に言わせておけ」


 そう俺が興味もなさそうに告げると、なぜかハウルの方が面食らったような表情をする。


「……勝手に。ミコト、君は周囲の人間からなにを言われてもいい、と?」


「俺の迷惑にならなかったらな。だいたいそういう差別的な発言をするやつは外からなにかを言ったところで変わりやしないんだ。だったらこっちからは耳を貸さず無視するに限る」


 経験則からそう告げる俺に、ハウルもそれで納得を得たのだろう、こちらへ頷きを返し、


「わかった。俺はミコトを信じよう──さて、とりあえず我々はパーティを組んだわけだが」


「あー、ハウル。さっそく質問が一つ。〝パーティ〟ってなんだ?」


 俺の言葉にハウルは、ふむ、と神妙な表情をした。


「なるほど、そこからミコトは知らないのだな。パーティというのは冒険者同士が組む集団、とでも覚えておけばいい。共同でクエストをこなすことで、一人ではこなせない依頼も達成できるようになる制度、とでも覚えておくといい」


「なるほど。つまり冒険者の部隊ってわけか」


「俺とハウルは、そのパーティ? ってやつを組んだわけだけど、これからどうする?」


 ハウルを見返して問いかけると、しかしハウルはその前に、と話の腰を追った。


「ミコト。君はあの〈妖精の射手エルフィン・スナイパー〉と仲が良いと聞いた。今日彼女はいないのか?」


妖精の射手エルフィン・スナイパー〉……? と一瞬首を傾げかけて、それがディアのことだと遅れて気づく。


「ああ、ディアなら彼女の活動は不定期らしくてな。まあ、今後も一緒に仕事をしようとは約束しているから、その時は連絡が来る手はずになっている」


 なんでもディアは私生活が忙しいらしくて、毎日冒険者として活動しているわけではないそうなので、今日は彼女と一緒にいるわけではなかった。


 一応、あの加護機の予備機を渡したままになっているので、都合がつくときは向こうから連絡が来て、一緒に冒険者として活動しよう、とは約束している。


 そういう事情を俺が語ると、ハウルはなるほど、と頷いて。


「そういうことならば、今日はいい。しかし彼女と共に冒険者の活動をするときは言ってくれ、その日は報酬もいらないから距離を置こう」


「あー。もしかして、ハウルはディアが嫌がるんじゃないかって言いたいのか?」


 ハウルの懸念をなんとなく察して問いかけると、ハウルは眉尻を下げた。


 決して何かを言ったわけじゃないが、しかし彼の態度が、雄弁に彼が受けてきた扱いを語っていて、俺は嘆息と共に頭を掻く。


「……まあ、俺もディアのすべてを知っているわけじゃないから、断言はできん。だからもし彼女が嫌がったら、すまないがハウルとのパーティは一時解散ということでお願いする」


 申し訳なさに眉根を寄せる俺に、しかし、むしろハウルのほうが申し訳なさを覚えているかのような顔をして頷く。


 そうしてお互いの間に落ちた気まずい沈黙を払うようにゴホンと咳払いするハウル。


「承知した。その時はそういう形で行こう。さて、ミコトは俺に常識を教えてほしい、ということだったな? 具体的にはなにを教えればいい?」


 言われて、俺はしかしこの依頼を出した時から決めていたその一言を口にする。


「ああ、まず教えてほしいのは──この国で〝家を買う〟方法だ」


 満面の笑顔を浮かべてそう告げる俺に、ハウルはしかし疑問に首を傾げた。


「……ミコトは家が欲しいのか?」


「ああ。いまは教会暮らしだからな。あそこも悪くはないんだが、やっぱり自分の家があったほうが嬉しい」


 俺のこの世界における最終目的は、のんびりだらだらした生活を手に入れることにある。


 とりあえず、ではあるが冒険者となったことでお金を稼ぐことはできるようになった。


 ここ数日冒険者として働いた感じ、だらだらした生活を手に入れられるほどの金銭を稼ぐのもたいして難しくないだろう、という触感を俺は得つつある。


 ならば、のんびりだらだらした生活を手に入れるために一番手に入れるべきはなにか?


 それが〝家〟だ。


 いま現在下宿させてもらっている教会では、集団生活が前提となっていて、とてもではないが、のんびりだらだらした生活など望みようもない。


 だから自分だけの〝家〟ほしい。


 一日中のんびりして、だらだら寝っ転がって過ごしても誰にも文句の言われない場所が。


 そう思ってハウルにその家を手に入れる方法を聞くべく期待の眼差しを向けた俺に、しかしハウルは困ったような表情で眉根を下げる。


「……すまないが、ミコト。家を買うというのは、この国で──特に王都では難しい」


「なん、だと……⁉」


 心底から衝撃を受けた、というように愕然とその場で固まる俺に、ハウルは追い打ちをかけるようにしてそれを説明する。


「土地は基本的に貴族のものだ。この王都とてそれは例外じゃない。よほどの大商会か、あるいは都市のギルド連合に所属する各専業ギルドでもなければ、基本的に土地の取得なんていうのは不可能なのだ。それはその上に立つ家屋とて変わらん」


「だ、だったら貸家は? この際それでもいいから俺個人で家を借りることは可能か……⁉」


 お願いだから可能であってくれ、と必死の眼差しで問う俺に幸いにもハウルは、幸いにもハウルは、それならば、という風に頷いてくれた。


「貸家ならば、王都の市民権さえ持っていれば可能だろう」


「市民権?」


 首をかしげて問いかけた俺にハウルは、ああ、と頷いて、


「王都の住民である、という証明書のようなものだ。外部から来た冒険者でも、五年ほど活動し、魔物などに対する討伐実績などを積めば手に入れられる」


 なんでもないことのようにハウルは言うが、しかし俺はその言葉に顔面から表情を消す。


「……五年……」


 違う、違うのだよ、ハウル君。


 俺は、いますぐに自分の居場所となる〝家〟が欲しいんだ。


「一つ聞くが、市民権って五年も冒険者として活動する以外で手に入れる方法はあるか?」


「そうだな。はっきり言って難しいと言わざるを得ない。災害級の魔物か、あるいは渡ってきた〝角持ち〟の魔族でも倒せば話は変わるだろうが」


「……? 〝角持ち〟の魔族???」


 なんだ、それ? と疑問する俺にハウルはしかし怪訝な眼差しを俺へと向けてきた。


「なにを疑問している、ミコト。魔族ぐらいは知っているだろ?」


 本気で俺が知っていると思っているのか、そう聞いてくるハウルに、どうやらこれはこの世界の住民には誰に教えられるまでもないほど、あまりにも当たり前なことらしい、と察して俺は額に冷や汗をかきながら視線を逸らす。


「……シ、知ラナイデス……」


 小声で呟いた声は、しかしハウルの鋭敏な獣耳には届いたのだろう。


 愕然と目を見開いて、こちらを見やるハウルにますます俺は気まずい表情を浮かべる。


 そうして眉間を指でもみながらハウルは、なるほど、と息を吐き出すように呟いて、


「アイウィック氏より常識知らずと教えられていたが、相当だな、これは」


「いや。ほんと、すまん」


 消え入りそうな声でそう俺が謝罪すると、ハウルもさすがに言いすぎたと思ったのか、気まずげな表情を浮かべながら、いや、と口にして、


「……勘違いしないでくれ。これは、なぜ依頼が〝常識を教えろ〟という抽象的な内容だったのかを考えなかった俺が悪い。うむ。そうだな、まずは〝角持ち〟の魔族からだな」


 言って、少し言葉を考えるような間を置いた後、ポツポツとハウルは語りだす。


「まず魔族というのはわかるか」


 ブンブン、と首を横に振ると、それにそうか、と眉尻を下げたハウル。


「魔族というのは、ここブレストファリア王国がある人類圏及びその土地たる〝神聖大陸〟と西側で隣接する魔族圏という領域に住まう者だ」


「領域に住まう者ってことは、そこに住んでいる奴らは、全員魔族って扱いなのか?」


「そうではあるが、そうではない」


 まるでトンチのような言い回しをしたハウルに、俺が首をかしげて彼を見やるとハウルは、わかっている、というように頷いて、説明を口にしだす。


「魔族とは、古の時代に存在した【魔神】という神を信仰していた者達の末裔なのだ」


 ハウルが告げた言葉に、俺はなるほど、と頷く。


「つまり、その【魔神】? の末裔とやらが魔族って扱いなんだな?」


「ああ。そうなる。そして、強力な魔族が頭に角をはやした〝角持ち〟の魔族なのだ」


 ハウルの言葉に俺は、は? と目を見開く。


「頭に角って……えーと、こういう風に」


 俺は両の人差し指を立て、頭の横で角を表すように構えるとハウルはそれに首肯する。


「ああ、そういう感じだ。俺も詳しくは知らないのだが、ある種強力な魔族は古の【魔神】の加護を受けて額より角をもって生まれるらしい」


 そうハウルは言うが、その抽象的な表現と言い、自身なさげな表情と言い、本当に詳しく知っているわけではないのだろう。


 ただ、だからこそ俺は、おや? と内心で疑問を抱いていた。


 ──こういう時、ディアって結構すらすらと言葉が出てきていたもんだけどな。


 あのディアに聞けば、いろいろと子細に話してくれたので、ハウルがそういう風に口ごもることに俺は意外感を覚える。


 別にハウルの説明に不満があるわけではなく、純粋にどうしてディアはあれほどまでに博識だったのか、という疑問が頭をもたげたが、それはしかし内心で飲み下して代わりにハウルへへと視線を向ける。


「なるほど、そういう存在がいるのか。いや、助かった」


「いや、こちらもこれぐらいの説明はいくらでも受け付ける。なんと言ってもミコトが俺へ出したクエストは〝常識を教える〟だからな」


 ニヤリと、笑ってそう冗談を口にするハウルに、俺も、こいつ、という視線を向けながら、そのまま王都の街並みを見やって、


「んじゃ、遠慮なく教えてもらうぞ。とりあえず、こっちの世界の貨幣概念とその物価、それと単位法も知りたいな。メートル? とかいう単位を使っているのは知っているが、それが具体的にどういうものか知りたい。あとは宿がどこにあるのか、その使い方も一緒に──」


「待て待て、ミコト。そんなにいっきに言われてもすべてをすぐに説明はできない。とりあえず、貨幣からか? なら、市場を見て回ろう。実物を見て行った方が、学びやすい」


 もっともなハウルの提案に、俺も同意するよう頷いて彼の背中へとついていく。


 ──と、その時。


「………?」


 ふと、なにかに見られた気がして俺は視線を周囲に向けた。


 しかし、雑踏にあふれる王都の街中には俺へ視線を向けている人などおらず。


「……気のせい、か……?」


 首をかしげて、そう呟く俺の首筋に。


 どこか、ねばつくような感覚の視線が向けられているような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る