1章幕間1 少年猟兵とおやっさん

「──どっせぇぇぇええいいッッッ‼」


 そんな叫び声と共に空中に放り投げられたのは見上げるほどに大きな魔獣。


 全長5リージュを超えるその巨体は、もはや乗り物に例えるよりも建造物の類で表した方が適切なほどの巨体であるにもかかわらず、それをおやっさんはぶん投げた。


「……うっそぉ……」


 唖然と俺が見やる先で、轟音を立てて魔獣が地面に落ちる。


 さすがにあの巨体では高所落下の衝撃もすさまじいのか、即座に動けないらしい魔獣へ、同僚の猟兵三人が吶喊していった。


 出遅れた形になった俺は同僚達の後続として杖剣を中段に構えていつでも即応できるようにしつつ、同時に【探査術式】によって周辺も精査することで追加の魔獣が現れないかも確認。


 幸いにして、目の前にいる魔獣以外存在しない、と俺が【探査】したのと、俺の頭がすさまじく大きな手で叩かれるのは同時だった。


「がははは! いやあ、感心、感心! キチンと働いているじゃねえか、ミコト‼」


 呵々大笑しながら、こちらの頭をバシバシッと盛大な音を立てて叩くのはおやっさんの手。


 それ自体が俺の頭を丸ごと鷲掴みにして果実をそうするように握りつぶせそうなその大きな手に叩かれて、俺は涙目になる。


「ちょっ、痛っ! 痛いですって、おやっさん⁉」


「ああっ? いやお前【情報強化】を纏ってんだから、これぐらい別に痛くはねえだろ?」


「あんたも【情報強化】を纏っているから、それと俺の【情報強化】が干渉して、その手のバカ力がもろに伝わるんですよ⁉」


 魔導師が身にまとう【情報強化】を破るには同じ【情報強化】をぶつけるのが最適解だ。


 だからこそ魔導師は銃が全盛期のこの時代でいまだに剣なんて前時代的な武装を身に着けているわけだし、ましてやその【情報強化】を直接まとったおやっさんの手で叩かれれば、俺の【情報強化】を貫通してその衝撃が伝わってしまうのはある種の必然であった。


「おぉ? それもそうか、がはは! すまねえ、すまねえ!」


 俺の説明にようやっとそんな魔導師にとっては基本中の基本ともいえることを思い出したのか、そう笑って謝罪するおやっさんに、痛む頭をさすりながら俺はそちらを見上げる。


「まったく。そういうおやっさんのほうこそ大丈夫なんですか、あんな大きな魔獣からの突進を受けてましたけど」


 おやっさんは、先ほどの魔獣に真正面から突進を受けて、あろうことかそれを全身で受け止めた挙句、そのままぶん投げるという暴挙に出たのだ。


 いくら魔導師が怪力を誇るからと言っても限度がある。


 そんな常識はずれな剛力を見せたおやっさんは、しかしいまも地面でひっくり返ったままじたばたもがく魔獣を見やりながら、ニカッと笑う。


「おう! 安心しろ、ちょっと肋骨が数本折れただけだ!」


「十分重傷じゃねえか⁉」


 よく立っているな、この人⁉


 たまらず叫び返した俺に、がはは、となんでもないことのように笑うおやっさん。


「なあに、ガキが心配するんじゃねえよ。これぐらい猟兵である俺にはたいしたことねえ!」


「魔導師でも耐えがたきものがあると思うんですけどねえ⁉ 【情報強化】貫通して骨折れるってよっぽどの怪我じゃないですか⁉ あとガキ扱いしないでくださいます⁉」


 俺が、そう反論を口にすると、しかしおやっさんはその言葉を聞きはせずに、代わりに俺の頭へとその大きな手を差し伸ばして、ほとんど振り回すような勢いで頭を掻き交ぜてきた。


「まだ14になったばかりのガキがいっちょ前の口きいてんじゃねえよ。そんなだから身長が伸びないんじゃねえの?」


「……地味に人が気にしていること……‼」


 暁都人の血を半分は引いているせいか、周囲の同年代に比べて頭半分ほど背が低いことはひそかに俺が気にしていることであった。


 加えてこの童顔なので、実年齢より低くみられることもなんどあったことか。


 そう不満顔を浮かべる俺に、しかしおやっさんは優しい笑みを浮かべて、ポンポン、と俺の頭をやわらかく叩いてくる。


「テメェは、まだ未成年こどもなんだ。子供の内はおとなしく子供扱いされてろ。才能あろうが、強かろうが、それがいまのテメェに許された特権なんだからな」


 優しく笑って、そう告げるおやっさんは、その、正直ズルいと思う。


「早く大人になりてェ」


「だったら身長をあと5クレーロは伸ばさねえとな?」


「だから人が地味に気にしていることを……⁉」


 そう俺が叫んでいると、目の前でようやっと魔獣が起き上がる。


「おっ。魔獣の野郎も起き上がったか、んじゃ、ここは俺が……」


「おやっさんは後ろにいてくださいよ。重傷者なんですから──ここは俺がやります」


 おやっさんが見やる先で起き上がった魔獣を前に慌てて逃げていく同僚達を遠目にみやりながら、俺はスッと目を細めて剣を構えた。


 そんな俺に、おやっさんは面白いと言ったような表情を浮かべ、そのままなにも言わず下がるので、俺はほかの同僚も下がっていくのを見やりながら身に紫電を纏う。


【属性強化】によって雷を帯びたその全身で巨大な魔獣を見やりながら、ポツリと一言。


「来いよ、クソ魔獣。全身を雷で焼き払ってやる──!」


 そう告げると同時に俺は魔獣へと向かって駆け出した。



 これは、まだ俺が幸福で暖かな時間を過ごしていた時の話。


 ここから少し先の未来に、破滅が待っているなんて夢にも思わなかった頃の。


 そんな宝物のような過去おもいでだ。

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