1章第15話 異世界猟兵と銀の少女の口喧嘩(じゃれあい)
そうして俺がディアへと連れてこられたのは、冒険者ギルドの一階奥。
居並ぶ受付の隅にあった区画だった。
「すみません、魔石の換金をお願いいただけますか?」
ディアが告げると、そこで待機していた職員の女性が顔を上げ、その顔にこれまたアイウィック氏と似たような愛想笑いを浮かべ、俺達を迎える。
「はい。魔石の換金ですね。承ります」
言うとディアは自分の法術鞄を受付の上に置いた。
そこからアイウィック氏にも見せた【
そんな真紅の魔石を見て、女性職員は驚きに目を見張る。
「……これは……!」
「こちらは【
おい、こら待て、補助って何だ補助って⁉
……と、いいたくなったが、しかしそれを寸前で俺はグッとこらえる。
補助とは誇張が過ぎるが、しかし俺が駆け付ける直前までディアが【
「なるほど、そのようなことが……」
そんなことを言っている間に女性職員はまじまじと魔石を見やったのち、机の下から真っ白な新品の手袋を取り出して、それを身に着けると恐る恐ると言った感じに魔石を持ち上げた。
「……確かに、これは討伐推奨レベル40越えの魔物から算出される一等級の魔石……! 内包魔力量、質ともに尋常ではありません……!」
かちゃり、と片眼鏡……というのだろうか? そういう感じの器具を自分の顔にはめ込みながら女性は魔石を見やる。
おそらく、あの眼鏡はなんらかの魔道具で、それによって魔石の状態を確認しているのだろう、と察しつつ俺が推移を見守っていると、
「失礼ですが、三級冒険者ディアまたは、えーと……」
俺の方を見やって口ごもる女性職員に俺は、ああ、と頷いて懐にしまっていた冒険者タグを取り出し、それを職員に見せた。
「ミコト・ディゼルです。二級冒険者……ってことになってると思います」
「ああ、なるほど。あなたが」
どうやら先ほどの訓練場における騒ぎは職員の間でも周知されているようで、納得したような表情を浮かべながら、改めて俺達へと振り返って、愛想笑いを浮かべた女性職員。
「では、お二方のどちらでもよろしいので冒険者タグの認証をお願いいたします」
「では、私の方で。ミコトは【
「………? 確認……?」
どういう意味だろうか、と俺が疑問していると、俺と同じように冒険者タグを懐から取り出したディアが職員の差し出してきた魔道具にピッと音を立てて金属片の一つを認証させた。
すると職員の手元であのレベル測定器と似たような感じにギリギリと音を立てて紙が出されるので、職員はそれをちらりと確認し、そこにある文字を読み取ると、
「確かに【
どうやら冒険者タグには討伐した魔物の情報を記録する機能か何かがあるようで、それを使ってディアが確かに【
「正直運が良かったとしか言いようがありません。いつも通り浅瀬で薬草採取に励んでいたら急に襲われまして。もしミコトが現れなければ私はこの場にいなかったでしょうね」
自嘲めいた表情を浮かべそう告げるディアに、女性職員も深刻な表情だ。
「ここ最近〝黒の森〟では通常は見られない強力な魔物の目撃例が相次いでいます。現在王都ギルドでは調査を急いでいますが原因ははっきりせず。ディアさんも、しばらくは〝黒の森〟に近づかない方がいいかと」
「……そうですね、できればそうしたのですが……」
一瞬ディアは苦悩を浮かべるような表情をしたのち、しかしそれもその顔の奥に飲み込んでしまい、代わりに薄く微笑をたたえた表情で女性職員にこう問いかける。
「それで、査定額のほうはどうでしょうか?」
「そうですね、詳細額は上の者に確認をとってからとなりますが、最低でも10万コールは下らないと約束いたしましょう」
「10万コール……‼」
途端に目を輝かせて金額を叫ぶディアに、現金な奴だ、と文字通り現金を前にして態度を豹変させたディアへ後ろから半眼を向けていると、その視線に気づきでもしたのだろうか、バッと音を立てるような勢いでディアがこちらへと振り返ってきた。
「ミコト。半分でどうですか⁉」
いきなりディアが呟いた言葉の意味が分からず俺は、は? と目を瞬く。
「半分ってなにが?」
「私とあなたの分け前です。私は魔石をここまで運んできましたので、いくらか運搬代を貰う権利があります。ですので、半額の5万コール! これで手を打ちましょう‼」
ああ、なるほど、そういうことか。
「わかった、じゃあ三分の一の3万コールで借金帳消し。これで、どうだ?」
「それは、もちろんミコトの方が、ですよね?」
「いや、君が三分の一だぞ、ディア」
半眼を向けて、そう告げてやると途端にディアは舌打ちを漏らした。
「チッ。なかなか手ごわい……!」
「淑女が舌打ちをするな、淑女が。三分の一でもかなり譲歩しただろうが」
ディアがやろうとしたのは、要するに交渉の常套手段だ。
最初にふっかけて相手の反応を探り、絞れそうな絞る、そうじゃないなら落としどころを探る、という牽制目的での要求。
俺がこちらの貨幣概念を理解していないことをいいことに、そのような明らか無茶な額を要求してきたのだろうが、さすがにそれに乗ってやるほど俺も甘くない。
なので最低限の譲歩として三分の一という額を提示してやったら、ディアはその端正な顔の眉をしかめてこちらを見やり、
「借金帳消しはなし。10万コールよりも大きく出たら差額分は私がもらう……これでなら手を打ちますがどうでしょうか?」
「その場合は、10万コールを除く金額で、という意味だよな? さすがに借金も帳消しもなしでそんだけの金額を持っていくのはないだろ、ディア」
「グッ。しかし借金は借金です。それと魔石の換金によって得たお金を同一視するのはどうかと思われます……!」
「なるほど? わかった。じゃあ、三分の一の金額及び10万コールよりも上になったらその額の半分を君に渡す。そのうえで借金も帳消し。これが俺にできる最低限の譲歩だ」
ジロリと彼女を一睨みし、そう告げるとディアもこれ以上の交渉は難しいと判断したのか、今まで彼女が浮かべたことがないほどの苦渋をその表情に浮かべながら頷いてくる。
「わかりました。その条件で飲みましょう」
ようやっと交渉が終わり、俺達が手打ちにすると、それを表面上はニコニコと、しかしその実うっすら呆れをにじませた表情で女性職員がポツリと一言。
「お二人様。今後もお付き合いされていくのでしたら、あまり金銭のことで争いあうのは感心いたしません。特にディアさん。親しき仲にも礼儀あり、といいますし、あなたはただでさえソロでの活躍が多いのですから、せっかく仲がよくなった方に迷惑をかけるのはどうかと」
どうやら職員からみてもディアの金銭にたいするがめつさは度を越しているらしく、そう思わずと言った調子で苦言を呈してきた職員にディアは憮然とした表情ながら頷き返す。
そんなディアの表情を見て俺と共々苦笑を浮かべていた職員はパンッと手を打ち、
「それでは査定を済ませてしまいますね」
そうして俺が受け取った金額は三分の二の7万コールに査定の結果もう7万コール多くなったので、その半額の3万5千コールを合わせた10万5千コールと相成った。
残りをディアに渡すと、それを受け取った彼女はなぜか微妙な表情をしてきて、
「ミコト。さっきの女性職員から向けられた目、気づいてましたか?」
「……? 気づいてましたかって、なにが?」
首をかしげてそう俺が問いかけるとディアはあからさま不機嫌となってこう告げてくる。
「さっきの女性職員は私達が付き合っている、と勘違いしてましたよ?」
「付き合っている???」
一瞬理解が及ばず言葉をそのまんま返してしまった俺に、ですから、とディアは苛立ったような声音を出しながら、それを口にした。
「私達が男女の仲だと思っていた! ということです‼」
その言葉に、俺は思わずブッ吐息を吐き出してしまった。
「は、はあ⁉ なんでそんな……⁉」
何をどうなったら彼女とそのような関係であると勘違いするのかわからず、そんな要領の得ない発言をしたのだが、それでもディアは理解したらしく憮然とした表情ながらも頷き、
「私は基本ソロ──えーと、一人でいることが多いので、他人を、それも男性であるあなたを連れていることからそういう勘違いをされたのでしょう」
「あー、なるほど? だとしても、飛躍が過ぎるような気がするけど……」
「それはあんたの立ち居振る舞いが冒険者らしくないのもあるでしょうね。一般的な冒険者と比べてあまり筋肉がついているようにも見えませんし、物腰も丁寧で、どことなく高度な教育を受けた雰囲気がありますから、高い身分の人間であると勘違いしたのでは?」
確かにディアの言う通り、周囲にいる冒険者達は筋骨隆々で、それに比べたら俺の肉体の貧弱なさまには俺自身目を覆いたくなってくる。
「……一つ言い訳させてもらうが、別に俺も鍛えていないわけじゃないからな? それと魔導師ってのは元来膨大な魔力を持つせいで筋肉がつきにくいし」
「……? どういう意味ですか?」
怪訝にそう問いかけてくるディアに俺は、ああ、と頷いて解説を口にした。
「魔力ってのは基本的に〝物体の状態を一定に保つ〟って性質を持つんだ。そのせいで魔導師である俺は周りの人達みたいに筋肉がつきにくくてな」
魔力は肉体の霊体──情報世界上で肉体を表す情報構造を一定の形に保とうとする性質を持つがために、そこから大きく離れる変化が肉体に起こりにくくなる。
ものすごく簡単に言えば、鍛えまくってガタイのいい肉体を手に入れようとしても、魔力が持つ性質のせいで筋肉がほとんどつかないのだ。
と、言ってもまったくつかないわけではなく鍛えた筋肉は体形の変化ではなく筋密度の増強という形で肉体に作用する。
そのため見た目に比べると俺も実はかなりの力持ちなのだが、それがなまじ見た目にでないのでなよっちく見えるらしい。
「特に俺の体内魔力は膨大だからな。おかげで
言いながら俺は自分の黒髪をいじった。
暁都人であった母親から受け継いだ黄色人種特有の髪質をした黒髪。
母の濡羽色には遠く及ばないが、それでも艶やかな色合いをみせるそれを指先でいじりながら俺は、はあ、と嘆息して見せる。
そんな俺をしばし無言で見やっていたディアは、しかし疑問した風に首をかしげると、
「あの、ミコト。一つ聞いていいですか?」
「ん? なんだ??」
こちらを見て怪訝な眼差しをするディアを俺が見返すと、彼女はこんなことを聞いてくる。
「いま、あなたが高貴な生まれであるということは否定しませんでしたよね。それっていったいどういう……」
「……黙秘権を行使する」
ほとんど正解を言っているようなものだが、それでも口をつぐんだ俺を彼女は呆れた半眼で見やったが、でも、それ以上追及する気はないようで、やれやれ、と首を振るディア。
「まあ、そういうことで、あなたと私が同じ身分の人間だと勘違いしたのではないか、という話ですよ。あの女性職員からは私達が許嫁かなにかにでも見えたのでしょう」
「ほう、なるほど」
一応の納得を浮かべながらも、しかし俺はディアへと無言で視線を向ける。
彼女は気づいているだろうか?
いまの彼女の言葉は、自分もまた高貴な生まれの人間である、と白状したようなものだと。
──妹さんのことと言い、なあんか、事情があるっぽいんだよなあ……。
彼女には恩義がある。
だからそれを返すためにも、できれば力になりたい。
恋愛感情とかを抜きにして、純粋に手助けしたいと願っている身としてはそう思うのだが、同時に俺と彼女はまだ出会って二日ほどの関係だ。
いまここでズカズカと事情に踏み込んで嫌われたくもないので、俺はいったん様子見をすることにして、代わりに再度の嘆息を漏らすのだった。
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